第75話 女神が利用できるものは利用する方針だった場合(2)
番犬・・・というか、最強の番竜になっている。あれなら、三代目の大怪盗がやってきても、キュウエン姫は救い出せないに違いない。
「その扉、開けたまま」
男は冷静に言葉を選んでいるように感じる。短く、とにかく短く、ほとんど言葉を発しない。声色や口調など、特徴を掴ませないようにしているのだろうか。
「・・・分かった。なら、立ち位置はこのままだ。おれにも、守りたい者がいるからな」
「かまわん」
「それで、何の話だ?」
「方針変更で、いいんだな?」
さて。
この男が言っている方針変更とは何か。
この場合、方針が何か分かっていないと、それが変更なのかどうかも、もちろん分からない。
聞き返したとしても、さっきからこいつは最低限の言葉しか、発していない。
でも、まあ、思考加速スキルのおかげで、考える時間はある。
こいつは、おれに向かって、方針変更でいいのか、確認している。
それは、おれの行動が、こいつが知っている方針とは違う動きだ、ということになるはず。
今のおれは、完全に男爵の協力者で、辺境都市の防衛を固めるために協力している。
そのことについて、それが方針変更という言葉につながるとすれば、男爵に敵対する方針の変更か、もしくは男爵や辺境伯に対する中立の方針の変更か、どちらかだろうか。
おれにわざわざ確認する、ということは、おれに変更だと言われたら、それに合わせて行動するつもりがある、ということか。
でも、そもそも、全てがこの男の罠だという可能性も捨て切れない。
そうすると、不用意な言葉は、危険かもしれない。
これまで通りのやり方が結局一番かな。
あとは、まねをする訳じゃないけれど、言葉は短く、情報は少なく、がいい。
「いいか、よく聞け」
おれは、そう切り出した。
「おれたちは、王都とは、何の関係も、ない」
男は、黙って、おれを見つめている。
「だから、おれは、おれが、やりたいように、やる」
嘘は、ひとかけらも、必要ない。
「その結果、男爵や、辺境伯が、どうなろうと、かまわない」
ただ、真実のみを、ぶつける。
「おまえに、言えることは、それだけだ」
方針変更だとか、知らないことは言わない。
おれの言葉を勝手に受け止めたらいい。
おれはまっすぐに男を見据えた。
男もまっすぐにおれを見続けた。
キュウエンのいる奥への入口に、不動の姿勢で立っているクレアから、咬みついてきそうなくらいの威圧が押し寄せてくる。
敵に回る者は、容赦しない、というクレアの意志表示だろう。
沈黙は、男の吐いた息で途切れた。
「分かった」
男はおれから目を反らす。
おれは、部屋から出て、男に道を譲った。
男はおれの前を横切る一瞬だけ、ちらりとおれに目をやったが、何も言わずに、そのまま出口へ向かった。
本物の王都の密偵である、スレイン王国の巡察使は、それ以降は振り返ることもなく、神殿を出ていった。
おれの言葉を、どういう風に誤解したのかは、分からない。
方針変更だと受け止めたのか、受け止めなかったのか。
おれたちの意味を、おれとクレアと理解したのか、自分とおれと理解したのか。
どんな解釈をされたとしても、嘘ひとつない内容で、おれは、おれの真実だけを伝えた。
「じゃ、セントラエス、頼んだ」
「・・・分かりました。では、『分身分隊』」
セントラエスが分身を生み出す。
「どこで、誰と、何を話すか、確認を頼む」
無言でうなずいたセントラエスの分身は、神殿の壁を抜けていった。
幸運だったと思いたい。
一度、その存在を個別に確認したら。
おれのスキル構成だと、居場所と能力の特定は簡単にできる。
いるかどうかも分からなかった、いたとしても、どこにいるかも分からなかった王都の密偵が、自分の居場所を自ら教えてくれたのだ。この機会を逃す必要はない。
「周りの連中が勘違いを続けたら、まさか、本物が釣れるとはね。しっかし・・・どいつもこいつも、おれの言うことを信じないってのは、いいんだか、わるいんだか、悩むところだよ・・・」
「結果として、利用できるのですから、いいのではないでしょうか」
セントラエスの方が冷静で、狡猾なような気がして、おれは少しだけ複雑な気分になった。
最強の間諜であるセントラエスの働きによって、王都からの密偵は、巡察使の男以外にも、あと二人いることが分かった。
辺境伯と男爵の争いは、王都からすると、けっこう重要な案件なのかもしれない。
夕方には、また別の事件が起こった。
兄貴、という声が聞こえて、キュウエンを奥に隠し、おれたちは神殿の扉を開く。
フィナスンが手下と一緒に入ってくる。
フィナスンの後ろに続いて入ってきた手下たちは、二人がかりで一人の男を捕まえていた。
千客万来とは、こういうことなのかもしれない。
王都の密偵の次は、辺境伯の間者。
両腕を掴まれ、押さえつけられるように捕まっている男の背後には、ぷかぷか浮いているソリスエルがいた。なんとなく、ソリスエルは気まずそうな顔をしている気がする。
「こいつが、神殿の周りをうろうろして、中に入ろうとしてたっす」
ああ、やりそうだな、確かに。
イズタは、辺境伯の密偵なんだから。
しかも、キュウエン暗殺未遂事件の真犯人だ。
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