第75話 女神が利用できるものは利用する方針だった場合(1)



 スィフトゥ男爵は、行動を始めると、早かった。


 さすがは優秀な領主である。


 それに、使えるものは何でも使う。もったいない精神が強過ぎる。


 直属である兵士たちはもちろん、神殿を訪れる住民たちには女神をダシに手伝わせ、貧民区の者たちには食事を提供することで働かせ、麻服の者たちにはキュウエンの敵討ちだと訴えて協力させて、どんどん籠城の準備を進めた。


 辺境伯が攻め寄せるであろう東の外壁の高さは3メートル程度だったが、その外側に幅3メートル、深さ5メートルの空堀が掘られた結果、実質的な城壁は8メートルもの高さと同じになっていた。

 もともとの予定は深さ3メートルだったが、辺境都市で暮らす者たちは、都市を守るために懸命に働き、深さが予定以上になったのだ。


 空堀は門の前にも掘り下げられたので、そこには数本の丸太を束ねた橋がかけられていた。


 また、空堀の底にはいくつもの逆茂木が仕掛けられており、不用意に堀に落ちると重症、もしくは戦死、ということになることは明白だった。


 東の外壁の内側には大量の土が積まれた。その土は外壁の上に運ばれ、矢避けとなるように、ところどころに遮蔽用の土壁として固められていた。

 それに加えて、外壁の上には大量の石が並んでいた。石を集めたら麦がもらえるというので、辺境都市の子どもたちは夢中で石を集めていた。


 辺境都市は断崖絶壁をともなう危険な渓谷の通り道をふさぐように造られた城塞都市である。北は絶壁、南は断崖であり、南北の守備には気を配る必要がない。しかも、辺境伯が攻め寄せるのは東と決まっている。なぜなら、西に広がるのは大草原であり、そこは既にスレイン王国の版図ではないのだ。


 だから、東の外壁の防衛を強化するのは当然の選択であり、強化前と比べて、何倍も強固な防壁として機能することは間違いがなかった。






 神殿は相変わらず、多くの人々が訪れた。


 しかし、開放するのは午前中のみとすることで、午後からの時間をおれとクレアは生み出した。


 キュウエンの存在は秘匿しなければならず、その護衛としてクレアが神殿に残った。

 クレアは、ケーナやライムのように、一度仲良くなった相手となら、ずっと一緒にいることをのんびり楽しむことができる。竜族の寿命が長いからだろうか?


 それに、クレアには仲良くなった相手のために役立とうとするところがある。これも竜族の習性なのか?


 ケーナのために自生している麦を手に入れてきたり、ライムのためにナルカン氏族のテントを守ったりしたのがそれだ。


 ライムのためにクレアが戦闘行為をしたと聞いて、ドラゴンタクシーを戦いに使ってはならないという青竜王との約束を思い出して、かなりまずいと思ったのだが、特に問題は起こらなかった。

 見逃してもらえたのか、それとも、クレアはおれが召喚した竜ではないからか、はたまた、クレアの意志で戦ったからなのか、青竜王が介入してこない理由はよく分からない。


 まあ、クレアがいてくれれば、神殿のことは何の心配もいらない。


 おれは工事が進められている東の外壁の門を出て、山地の森へ入る。男爵と面識を得たせいか、尾行してくる見張りは付けられなくなっていた。


 森の中では、高学年セントラエスにくわしく教えてもらいながら、薬草を採集する。


 なぜ、くわしく教わるのかというと、神殿に戻ってから、キュウエンに教えるためだ。キュウエンには薬草と製薬、それに投薬にも、精通してもらわなければならない。

 セントラエスの教えだと言えば、陶酔した目でキュウエンが薬作りに没頭するので、実はちょっと怖い。


 薬草を中心にさまざまな素材を集めたおれが森から神殿に戻ると、クレアと、キュウエンと、おれの三人で薬をひたすら作る。

 籠城戦が始まったら、必ず、大量の薬が必要だ。それに、外壁の改修などで、怪我人は増えている。


 薬はあればあるだけ、とにかくたくさん必要だった。


 防衛のための作業で食事が得られる状況になったため、貧民区での炊き出しはとりあえず必要がなくなってしまい、できることが薬作りくらいだったというのも本当のところだ。


 キュウエンはとにかく一生懸命、薬について学んでいる。

 イズタに刺されたあの日以降、神殿から外に出ていないのは不憫に思うが、死んだとされている以上、勝手なこともできない。


 一方、神殿はスィフトゥ男爵からは都合のよい場所と考えられているようで、夜中に、麦の入った大きな袋がたくさん運び込まれた。兵糧置き場にするつもりらしい。

 まあ、使っていない部屋は倉庫代わりになっても問題はないし、そもそも、おれたちは男爵から借りている立場だから、文句も言えない。






 ある日の午後、締め切った神殿に一人の男が入ってきた。


 製薬作業の途中だったが、クレアが立ち上がってキュウエンを隠し、キュウエンは慌てて男に背を向ける。死んだことになっているキュウエンを見られるのはまずい。


 おれも、男とクレアたちの間に立った。


「すまないが、お祈りや治療は午前中だけにしてるんだ」

「・・・話が、ある」


 なんだ?

 何か、おかしい。


 これまでにない、タイプの対応だ。


 会うのは初めてのはずなのだけれど、向こうは、おれのことをまるでよく知っているかのような、短い一言で話す。

 いや、すでに辺境都市ではかなり有名になってしまったので、おれが相手を知らなくても、あっちがおれを知っているということは当然あるだろう。

 でも、この感じは・・・どちらかというと、仲間に話しかけるような・・・。


「・・・神殿に用があるのか、おれに用があるのか?」

「おまえだ」

「・・・分かった」


 おれは、男から目を離さないようにしながら、倉庫代わりにされた部屋を指した。


「あの部屋だ」


 男はうなずいて、そっちへ移動する。


 とりあえず対人評価で、確認。

 ステータスの職業欄が見えた。


 なるほど、そういうことか。

 相手が隠していることが分かる力ってのは、やっぱり便利過ぎる。


 しかし、姫さんや男爵、フィナスンたちが探し求めていた相手が、わざわざ、おれをご指名とは。

 おそらく、こんな状況になってしまって、混乱しているのだろう。


 獣脂の入った小皿に火をつけてから、おれは男に続いて倉庫代わりにされた部屋に入る。


 男から見えない位置になったことで、クレアは、キュウエンを奥の部屋に行かせて、そのまま警戒態勢だ。





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