第74話 やはり女神は浮いている方が女神らしくなる場合(2)
しかし、この日。
いつもよりも、届けられる麦、いも、果物、干し肉などの、お礼の品が多くなっていた。
昨日、治療を受けた人たちは、もちろん。
これまでに治療を受けた人や、その家族。
まだ、治療を受けたことのない人たちまで。
いろいろと差し入れてくれる。
これ、姫さんが匿われていると知っているからか。それとも、昨日の神聖魔法の噂が、もうすでに広まっているからか。
治療は受けなくても、祈りだけを捧げに来る人まで。
もう、いっそ、と思い、「女神に祈りを捧げなさい」なんて、仰々しく言ってみたり。
神姿顕現で姿を見せましょうか、と言うセントラエスを止めてみたり。
いろいろと忙しく、1日中、神殿を離れられなかった。
とにかく、ここに来てから、今までで一番来場者が多い1日だった。数えていたわけではないけれど、一番多かったのは間違いない。
なぜなら、昨日までと比べて、圧倒的に多かったから。
差し入れを持ってきてくれた人は200人以上。とにかく差し入れとかはないけど、神殿に入って女神に祈った人は100人以上。
届いた食べ物は、おれとクレアとキュウエンの三人で食べ切れる量ではなくて。
アコンの村の人口では感じることのなかった、信仰の力の別の意味でのすごさが実感できた。
考えてみると、本来、神殿というのは、町の人々の心の拠り所であって、こういう風に町の人が集まる方が普通なのだろう。
政庁となる男爵の屋敷は、住民が集まるようなところじゃないしね。こういう状態が、信仰の厚い町の、当たり前の光景なのかもしれない。
次の日も、たくさんの人が来て、忙しく過ごした。
フィナスンを呼びつけて、フィナスンの手下たちに、貧民区での炊き出しをしてもらうように依頼した。おれたちが、動けないから、しょうがない。
炊き出しの材料をどっさり預けると、「神殿って本当はもうかるっすね」なんて、信仰のかけらもない一言を言いやがったフィナスンのケツを蹴り上げておいた。
もちろん、手加減・・・いや、足加減はした。それでもフィナスンは飛び上がったけれど。
セントラエスによると、奥の見えないところでは、キュウエンが熱心に祈りを捧げているらしい。
祈りを捧げる先は、昨日、セントラエスが消えた天井だというから、思わず笑ってしまった。セントラエスは、熱心な信者ができて嬉しそうだ。
そういや、イズタの日本語での一言、確か「聖女気取りか」みたいな感じだったけれど、本当にキュウエンは聖女さまになってしまいそうだ。教えたら、神聖魔法はたぶん、使えるようになる。
アコンの村でも、多くの使い手がいるのだから。ステータス的にも、キュウエンなら問題はない。
一日十回くらいは余裕で発動できるだろう。むしろ、職業が女神の巫女なのに、使えない方がダメな気がする。
そうなると、キュウエンのレベルが、想定以上に高くなってしまうかも、しれない。まあ、それは本人の信仰心なのだから、努力とも言えるし、仕方がないか。
夜に、クレアが、「現地妻が増えた」と言って、ぷりぷり怒っていたが・・・。
とりあえず、クレアは怒りながらも楽しそうだったので放置した。
もちろん、おれとキュウエンにいかがわしい関係など、ない。
その次の日もまた、たくさんの人が来た。その中にはイズタもいて、神殿の中をきょろきょろと探っている感じだった。肩の上のソリスエルがおれを見て頭を下げていた。
三日連続の大量訪問で、神殿はパンク寸前。
お布施のような物品は山積みだが、薬の在庫の方は足りなくなりそう、ということで、明日、神殿は門を閉ざすと決めた。
夜に、フィナスンが手下を連れてやってきた。その手下は男爵にそっくりな手下だった。
「キュウエン・・・」
男爵にそっくりなフィナスンの手下は、キュウエンを抱きしめている。
「手下が姫さんを抱きしめるってのは、親分としてどうなんだ?」
「兄貴、そういうことを言わねえでほしいっす」
フィナスンは涙ぐんでいる。
キュウエンの無事が嬉しいのだろう。
「お父様、恥ずかしいので、離して」
キュウエンは照れている。
かわいいじゃないか。
いやいや、そうじゃない。そうじゃなくて。
「子離れしろよな」
「何か言ったか?」
「言ったとも」
男爵は、キュウエンを解放して、おれに向き合った。
「娘の無事を確認したなら帰れ。これ以上、神殿は目立ちたくない」
「・・・そなたが目立たないなど、無理だと思うが」
そんなことは言われなくても、分かっていますよ、はい。
そもそも、同行者にクレアが必須、という時点で、おれは目立つことはあきらめていたくらいだ。
それでも、ここまでのことになったのは、辺境都市で、キュウエンが姫さまとして愛されているからだろう。
竜姫と男爵令嬢のお姫さまダブル。目立つのは当然とも言える。
「キュウエン、宵闇にまぎれて、屋敷へ戻れ」
「いいえ、お父様」
キュウエンは男爵の命令に、はっきりと拒絶の意思を示した。
「私は、ここで、神殿で、女神セントラさまに、お仕えいたします」
「女神、セントラ・・・さま、か」
男爵はおれと向き合いながら、顔だけをキュウエンに向けていた。「この男に、仕えるというのではないのだな?」
「おい、この男って、失礼だな、まったく」
「お父様。オーバさまは、女神セントラさまの守護を受け、その力をお借りできるお方。もちろん、オーバさまにお仕えするというのは、女神セントラさまにお仕えすることと同じです」
「なにを・・・」
「夫に、勝手に仕えてほしくはないけど、キュウエンなら、ま、いっか」
男爵の言葉を遮って、クレアが笑った。「これから、よろしくね、キュウエン!」
「はい、クレアさま! よろしくお願いします」
クレアとキュウエンは手を取り合って、微笑んでいる。
そういえば、今回、おれとクレアは夫婦設定だったっけ。
言葉を奪われた男爵がおれをにらむ。
いや、奪われたのは、言葉だけじゃないな、娘も、か。
「にらむなよ」
「にらんでなどおらん」
男爵がおれから視線を外す。「まったく、あんな美人を侍らせた上に、うちの娘まで・・・」
「そう言うなら、連れて帰れよ」
「あれは、一度言い出したら、こっちの言うことなど、聞かんのだ」
「あ、そうなんだ」
「若造、もう少し、言葉遣いはどうにかならんか」
「何を今さら」
「くっ・・・話がある。あちらへ」
男爵があごをしゃくって、礼拝堂へと移動する。クレアとキュウエンは奥に残り、フィナスンは外の見張りに立った。
おれは小皿の獣脂に火を移し、礼拝堂を照らした。空間が広いので、明かりの周辺だけが浮かび上がっているかのようだ。
「どうすれば、この町を守れる?」
「そんなことは知らん、と言いたいところだけれど。おれたちとしても、居場所を奪われるのは、好ましくはないしな。まあ、最近、持ち上げられて居心地が悪いから、とっとと出て行きたいところではあるが・・・。守るってのは、攻められないようにするって意味なのか、攻められてもいいようにって意味か、どっちだ?」
「今さら、攻められないようにするというのは難しい。せめて、銅の鉱脈の話が、あの使者が来る前に分かっておればな・・・」
「ま、この町はこの国の最前線で、そもそも、こっち側から攻められることを想定していない町だからな。急がないと、攻められたらすぐにやられるだろうし、人手がいるな」
「人手は、兵士をかき集めて、200人というところか」
「なら、神殿に来る人たちに声をかけるんだな。女神の町を守れ、とか言えば、その倍くらいは集まるだろう」
「・・・最近の神殿の賑わいは聞いている。人手が増えるのは助かる。それで、何をさせる?」
「外壁が低い。あれじゃ、跳べる奴がいたら、すぐに乗り越えられる。だから、外壁の外を掘る。幅3メートル、深さ3メートルくらいがいいか。幅が3メートルあれば、外壁の上までは跳べないだろうしな。掘った土は外壁の内側に。相手が攻め寄せたら、あの薄い門扉じゃ、すぐに破られる。辺境伯が来たら、門のところは土で埋めて固める方がいいだろうな」
「・・・やはり、そなた、この町を攻めることや、守ることについて、考えていたのだな」
「なんだ? 敵に回ってほしいのか?」
「フィナスンに言われて、そなたらに神殿を使わせてよかったと、心から思っている」
「・・・あいつ、いい奴だよな」
「わしに仕えるように言うのだが、なかなか従わん。そなたのことは、慕っているようだな」
「そうか? 割と痛い目に合わせてきたんだけれど?」
「そうだとしても、だ。まあいい。それで、あとはどうする?」
「質問ばっかりだな、おい」
「仕方がなかろう。実際に戦をしたことなど、わしもないのだ。知らないのなら、知っていそうな者に尋ねるのが早い」
「やれやれ。おれが知っている前提ってのは、どうなんだろうね。まあいいか。掘ったときに出た石は外壁の上だ。投石は高低差があると効果的だからな。どこかから、大量に石を集めておけばいいだろう。麦粉一袋と拳大の石十個を交換するとか、効果的だと思うぞ。それに、誰が、何を得意としているのか、分かるんだろ?」
「ふん、気づいておったか」
「まあな。いっそ、門の前も掘ってしまって、丸太橋でもかけとくといいかもな。やりは、通常の物だけじゃなくて、穂先が二股になっている物も用意しとけよ。麦わらを束にした矢避けが大量にいるぞ。それと古着やぼろ布を集めるんだ・・・」
おれと男爵の密談は、深夜まで続いた。
辺境伯の軍勢は、まだ、動いてはいなかった。
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