第74話 やはり女神は浮いている方が女神らしくなる場合(1)
とりあえず、おれたちしかいなくなったので、「神聖魔法・回復」をキュウエンにかける。
一桁だった生命力が、一気に回復する。
まあ、精神力と忍耐力は回復していないから、まだ目覚めないけれど。
これで、命を落とすってことは、まあ、ないよね。
今まで回復させなかったのは、おれの能力値で回復させると、キュウエンの生命力はほぼ全快ってことになってしまうから。効果を抑えることができないんだ、これ。今の見た目、ただ寝ているだけって顔色になってますから、はい。どこが重傷なんだって感じで。
ぐっすり寝ているから、明日、目覚めた時には、精神力とかも回復しているだろう。すぐに起き上ってしまえるくらいに。
逆に、ここに閉じ込めておくことが難しいかもしれない。
キュウエンはそういうタイプだろうしね。
とりあえず、キュウエンの死体は運び出した、という偽装はできた。なんか、こっちに来てから、偽装ばっかりしてる気がしてきたな。やれやれ。
明日以降は、どう動いたものか。
夜のうちに、フィナスンが服を届けてくれた。
おれの服も、クレアの服も、キュウエンの服も、どれも血まみれだったからだ。
同時にピザも届いた。
さすがだ。今日のおれたちに、食事を準備する余裕はゼロだった。
気配りができるフィナスン。
やはり、大した奴だと思う。
「兄貴、犯人の目星は・・・」
「あのな、フィナスン。目の前で見た護衛が思い出せないっていう相手を、どうしておれたちが知ってると思う?」
「・・・そうっすよね。でも、なんか、兄貴だったらって、思っちまうっす」
フィナスンの第六感、恐るべし。
翌朝、目覚めたキュウエンは、一瞬、ここがどこだか、分からなかったようで、寝台の横に座るクレアをじっと見つめた。
そして、クレアがいることで、ここは神殿だと結論づけた。寝台がある神殿の奥にまで入ったことがなかったのだから、分からなかったのも無理はない。
それから、クレアに水を与えられ、うがいを繰り返していた。口やのどをすすいだ水を吐くと、血が混じっているのだが、うがいを繰り返すたびに口腔内がすっきりするらしく、勧められるままにうがいをした。
さらに、血だらけになった服を脱ぎ、身体についていた血を濡らした布でふいた。
もちろん、それをおれは見ていない。クレアが近くにいただけだ。
フィナスンが昨夜、届けてくれた服にキュウエンが着替えると、クレアはおれを呼んだ。
奥に入ると、キュウエンは寝台に腰掛け、考え込むような表情をしていた。クレアはその隣に腰掛けて、キュウエンの手を握っている。
「気分はどうだ?」
「・・・それが、落ち着かない気分なのです」
「どうした?」
「・・・誰かに刺された、ような、夢でも見たのでしょうか」
「夢見がずいぶんと悪いな・・・」
「いえ、起きたら、口の中も、身体も、血がたくさんで・・・」
「今はもう大丈夫か?」
「はあ、そうですが、その、服も血に染まっていたので・・・」
「昨日のことは、どこまで、覚えている?」
キュウエンは首をかしげた。
「確か、神殿に向かう途中で、ナイフを・・・いえ、でも・・・」
「刺されたことは、覚えているのか」
「え・・・はい。確かに、刺されたと」
「そうだな。いつもの護衛が、神殿に抱きかかえて入ってきた。覚えてるか?」
「・・・それは、覚えていません。ですが、あの、刺されたはずなのですが、その・・・」
キュウエンはクレアとつないでいない方の手で、自分のおなかをさすった。
そのしぐさに、おれは妊娠中のクマラを思い出してしまった。そういえば、大森林を飛び立って、もう70日以上、経っている。クマラのおなかも、大きくなり始めているだろうか。
「・・・刺されたはずのところに、傷ひとつ、ないんです」
「夢だったのかもな」
「あれだけ血にそまった服を着ていたというのに? まさか、そんな夢は・・・でも、いえ、どうなのでしょうか・・・」
「オーバ・・・キュウエンが混乱するじゃない」
クレアはすっかりキュウエンと仲良くなっていて、既に呼び捨てである。
竜族のくせにコミュ力が高い・・・竜族のコミュ力なんて、赤竜王と青竜王とクレアしか知らないけれど・・・。
「クレアさん・・・」
キュウエンはクレアとつないだ右手に力を込める。
クレアもそっと握り返す。
美少女がベッドに腰掛けて手をつなぐ光景って、なんか、いいよな。
あ、いや。
仲がいいよなって、ことで。
「・・・ふう。まあいいさ。昨日、ここに来る途中、ナイフで刺されたのは間違いない。血だらけになったのはそのせいだ。夢なんかじゃない。この近くだったらしく、護衛が慌ててここまで運んできた。正直なところ、かなり危険な状態だった」
「・・・そうですか。では、クレアさんたちが薬で・・・」
「ちがうわ、キュウエン。とても、薬では、治せなかったのよ」
「では、どうやって、その・・・本当に、傷ひとつ、残っていないのです・・・」
「薬では間に合わないから、女神の力を借りた」
「女神の、力・・・?」
「信じる、信じないは、そっちに任せる。瀕死の状態から、クレアがナイフを抜くと同時に、女神の癒しの力で傷をふさいだ。跡が残らなかったのも、女神の力だ。ただ、意識が戻らなかったので、ここの寝台で寝かせていた」
「・・・信じ、ます。信じる、しか、ありません。そうでなければ、説明が、できません」
「そうか、そりゃ助かる。じゃ、セントラエス」
「はい」
クレアとキュウエンの前方、天井付近が光輝き、ふわり、とセントラエスが現れ、美しい金髪が揺れる。
そのまま、浮いた姿で、セントラエスはキュウエンを見下ろした。
神姿顕現のスキルで、見せているのは成人セントラエスの姿。
何回見ても、美人だよなあ、と思う。
まぶしい光が収まってからも、淡い光の波は続いているので、とても神々しい。
「・・・」
キュウエンが、口を小さく開けたまま、言葉を失った。
信じる、と言っていたが、実際に見ると、まあ、驚くだろう。
ぼろぼろに放置された神殿。
誰も近づかない廃墟。
忘れられた神の名。
そんな辺境都市で、突然現れた女神。
「女神、セントラ、だ。本物だぞ」
「・・・め、女神、さま」
キュウエンがクレアの手を離し、寝台をおりて、床に両膝をついた。
待て待て。
ここでも、それがくるか?
そのまま、キュウエンは両手を床について、頭を深々と下げていく。
「このたびは、命を、救っていただき、ありがとうございます」
女神に土下座するキュウエン。
見下ろすセントラエス。
絵に描いて残すと、いいかもなあ。信仰拡大のためには。どっかに上手な絵師でもいたらいいなあ。
「私は、スグルの願いを聞き届けただけです」
「・・・スグル?」
「オーバのことよ」
クレアが付け足す。「この駄女神は、オーバのこと、自分だけスグルって呼んでるの。勝手に人の名前を変えるんだから、女神ってわがままよね」
別に、セントラエスはおれの名前を変えたわけではない。
おれの名前はオオバスグルなのだから。
まあ、クレアは放っておこう。
「まあ、姫さんも、これからは、気が向いたら、女神に祈りを捧げてくれると助かる」
「いえ、もちろん、毎日、祈ります。お目通りでき、光栄です、女神、セントラさま」
「これからも、神殿を、頼みますね」
「はい。この命、ある限り」
キュウエンの目は、恍惚としていた。
輝きが増して、セントラエスが消えていく。
セントラエスから届く光には、暖かさがある。
女神が消えた後も、キュウエンは天井を見上げていた。
ひょっとしたら、と思い、急いで対人評価でキュウエンを確認。
キュウエンは、ひとつレベルアップしてレベル9になり、信仰スキルを獲得していた。しかも、職業が女神の巫女に。ステータス補正が入ってる・・・。
この世界の人たちって、だまされやすいのだろうか?
そんなことを考えていたら。
キュウエンやクレアからは見えなくなったものの、実はそのままおれの後ろに立っているセントラエスに、ぽかぽかと背中を叩かれた。
セントラエスのやつ、心を読めるようになったのか?
それから、キュウエンには、いろいろと説明を加えた。
昨日の夜に、男爵が来て、話し合ったこと。
犯人が捕まっていないこと。
このままだと、続けて命を狙われる可能性が高いので、キュウエンは死んだことになっていること。
神殿の奥から、しばらく出てはいけないこと。
などなど。
活動的な性格だから、納得できない部分もあったようだが、女神の指示だと言えば、すぐに従う姿勢を見せた。まあ、賢明な姫さんだから、十分、状況は理解できたのだろう。
それでも、辺境都市のために役に立ちたいものだから、じっとしていられない、ということらしい。
それをあっさり我慢させてしまうとは、セントラエス、恐ろしい子。
そういう訳で、神殿の奥は見えないようにして、キュウエンを保護。
いつものように、治療院活動が始まった。
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