第73話 女神が薬はダメと叫んだ場合(2)
夕方、荷車とともに現れたのは、フィナスンだった。
特に、指示を出さなかったが、荷車を覆うように、麻布がかけられている。
こちらの意図が伝わっているようで、ありがたい。
やはり、ここの男爵は、優秀なのだろう。
フィナスンが一人だけ手下を連れて、神殿の中に入る。残りの手下はそのまま外だ。
手下が扉を閉めた。
夕方の神殿の中は、扉を閉めるとかなり暗くなる。
「・・・フィナスン。今日のおまえの手下は、初めて見る顔だな」
「・・・さすがは、兄貴っすね」
「・・・驚いたな、そういうことか」
どうやら、男爵本人が手下のふりをしてここまで来たらしい。
「おれは、顔を知らないからな。フィナスン、おまえが、その人が本物だと、証明するんだな?」
「信じるかどうかは、兄貴に任せるっす。でも、そうっす、本物っす、としか・・・」
「分かった」
「兄貴・・・」
おれがすぐに「分かった」と言ったことで、フィナスンはちょっとばかし、感動したらしい。兄貴が信じてくれた、みたいな感じだろうか。あえて言う。フィナスンの方が絶対に年上だけれど。
まあ、男爵のような手下だろうが、手下のような男爵だろうが、どっちでもいい。
すまないな、フィナスン、とおれは心の中で詫びておく。
そして、おれは遠慮なく、対人評価を使う。
一瞬の出来事だ。
間違いなく、職業欄で男爵だと分かる。
ステータスを偽装できるという可能性を除けば、本人としか言えない。
しかし、レベル11か。
アコンの村以外で、初めて二桁のレベルの人間を見たな。
やはり、支配者層は、レベルが高くなるような幼少期を過ごすのだろうと思う。支配者層は、この世界では数少ない、教育を与えられる存在だ。
そういう点でも、偽物ではなさそうだ。このレベルなら、ね。
「領主に・・・」
手下のような男爵が口を開いた。「・・・しろ、だの、させろ、だの、命令するような無礼者かと思ったが、自分の弟分を無条件に信じる、そんな男気があるとは、意外、だな」
ん?
領主に命令だって・・・?
ああ、あいつか。
「・・・あの護衛、おれが言ったまんま、あんたに伝えたのか。やれやれ、それは失礼をした。あいつに分かりやすく説明するには、できるだけ短く伝えないといけなかったもので」
「・・・予想以上の切れ者のようだな」
「・・・そっちこそ」
「娘は、奥か?」
「ああ。まだ、意識は戻っていない。血を失い過ぎたからな」
正確に言えば、まだ意識を戻していない、のだけれど。
「そうか」
手下のような男爵は、おれをまっすぐに見つめた。
こいつ、鑑定系のスキルを使ったな。そういえば、さっき見たステータス、対人評価がスキル欄にあった。どうりで優秀なはずだ。見えないはずのものが見えるのだから。
部下の能力も、スキルも、把握できるのであれば。
上に立つ者として、うまく使えることは間違いない。
ま、たかがレベル11では、おれのステータスは見えないとは思うけれど。
「・・・いろいろと聞いてはいたが、相当な使い手のようだな」
ステータスが見えないことに、かなり驚いているだろうに、その驚きを抑え込めるとはね。
これだけの都市の支配者ともなると、これはなかなか。
まあ、この時代でこの規模の都市なら、一国の元首みたいなもんか。
それくらいの度量はあるんだろうね。
「いろいろ、ね。フィナスンと、キュウエン、それにあの護衛か・・・」
「・・・ふん。それで、娘には会えるのか?」
「こっちだ」
おれは手下のような男爵に背中を向けて奥へ進む。
フィナスンはその場に残り、男爵だけがついてきた。
奥では、寝台で眠るキュウエンの手をいすに座って握るクレアがいた。
「キュウエン・・・」
娘の名をつぶやき、眠る娘を見下ろす手下のような男爵。
思ったよりも、情に厚い、のか。
声の調子に、優しさがある。
じっとキュウエンを見つめる手下のような男爵。
そんなに心配なら、自由にさせなければいいだろうに。
娘を守りたいなら、辺境伯に従えばいいだろうに。
たかが、レベル11。
中途半端な力では、できることも中途半端になるのかもしれない。
されど、レベル11。
辺境都市とその周辺で、もっとも高いレベルの人物。支配者として、人々から求められるだけのものを返していかなければならない、重い責任。そして、本人の、なんらかの野心。
それでも、娘を傷つけられて、どうすることもできず。
今さら、立ち止まることも、できない。
領主ってのも、大変だよね。
「・・・伝え聞く、神聖魔法を使ったと、聞いた」
男爵がキュウエンを見つめたまま、口を開いた。
まあ、伝わるよな。
それはもう、仕方がない。
だが、釘は刺す。
「・・・そのことを広めたり、おれを利用したりするようであれば、その時点で、おまえが、どこで、何をしていたとしても、殺すぞ」
威圧スキルを全開でのせて、小さな声で。
レベル差が分かるんだから、考えろよ、と。
「分かった・・・」
よろしい。
正解にしよう。
「娘は、助かるのか?」
「かなり血を失ったと言ったはずだ。二、三日、待て。心配なら・・・」
「心配なら?」
「・・・女神に祈るといい」
「・・・女神」
「女神への信仰が本物なら、助かるかもしれないな」
「女神に、祈る・・・」
まあ、セントラエスへの新たな信者獲得の機会だ。
セントラエスは、信者が多いと力が増すらしい。
どうせ、禁じ手のひとつだった神聖魔法を使ってしまったのだから、この状況は、できるだけ利用した方がいい。
「王都は・・・」
「ん?」
こいつも、やっぱり勘違いかい?
カスタの町から来たっていう偽装が効き過ぎだよ。
まあ、誰も、大森林から、大草原と辺境都市を飛び越えてカスタに行ったとは思わないのも無理はないか。そんな発想は、しないだろうから。
「王都は、辺境伯を止めようと思ってないのか?」
「・・・王都のことなど、おれたちには分からないね」
「・・・そうか」
「はっきり言っておく。おれたちは、王都なんかと何も関係ないからな」
「・・・分かった」
こいつ、分かってないって、顔してやがる。
「ただし、ひとつだけ」
「何?」
「・・・数年前のことだが、辺境伯は銅の鉱脈を見つけたらしい」
「銅の鉱脈だと?」
金属鉱床の発見なんて、完全な軍事機密で国家機密だ。
支配下の男爵とはいえ、辺境伯がいちいち教える訳がない。
まあ、おれが知ったのは偶然だけれど? 何か、問題でも?
そういう情報は手札のひとつとして、利用させてもらう。
「それが麦の要求が増えた時期と重なるんだろうよ」
「・・・っ! そう、か。そういう、こと、か」
「どういうことだろうね」
「王都は・・・武具、防具、兵員を増強した辺境伯の軍勢が、王都とは反対の、この辺境都市に向かうことを喜ぶって訳だな・・・」
怒りを押し殺した、静かな声が。
逆に男爵の大きな怒りを感じさせた。
切れ者ってのは、あんたみたいな人のことを言うんだと思うよ、男爵。
辺境伯は、必ず攻め寄せてくる。
なぜなら、既に、こうやって辺境都市を混乱させようとしているのだから。
そして、王都とか、そこの王族とかは。
自分たちの方に向くかもしれない、辺境伯の軍勢が、自分たちの反対側で消耗するのであれば、それを止めるはずがないってことだ。
王都による仲裁?
銅の鉱脈の情報があれば、そんな幻想はないよ。消えてなくなるね。
辺境伯は軍事行動一択だ。この段階まで攻めてこなかったのは、準備を整えていた、それだけのことだろう。
「あんたは、そうとは知らずに、娘に、こんなに痛い思いをさせたんだ」
「くっ・・・」
「急いで準備するといいさ」
「・・・分かっているともっ」
そう言い捨てて、手下のような男爵は、娘に背を向けた。
「どうなるかは分からないけれど、姫さんを助けるために全力は尽くすと約束する」
「感謝、するっ」
男爵は背筋を伸ばし、立ち止まらずに神殿を出た。
神殿から、何かを積んだ荷車が男爵の屋敷へと向かった。
何を積んでいたのかは、麻布で覆われていたので分からないが、荷車を動かしていた男たちの表情はみな暗かったという。
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