第42話 女神が女性関係に寛容だった場合(4)



 陽が沈む直前に、ナルカン氏族のテントがひとつ、おれのために用意された。


 そのせいで、ひと家族、どこかのテントに詰め込まれてしまったらしい。ちょっと申し訳ないと思うけれど、しばらくここに滞在する必要がある。


 予定通りなら、五日、くらいか。


 ・・・順調ですか、スグル?


「ん、どうかな。セントラエムの見立てはどう?」


 ・・・順調だと思っていますが、何か不安でもありましたか?


「不安っていうか・・・」


 不安、といえば、不安なのか。

 そうでもないのか。


 期待、なのか。

 予想、なのか。


 答えはしばらくすれば、出るはず。


 そう思っていたら、テントの入り口が揺れた。


 出戻り娘のライムだ。


「オオバさま・・・」


 まあ、前回、ここに泊らなかったのは。

 こういうことを予想していたからで。


 今回、ここに泊ることも作戦のうちだから、覚悟はしていたっていうか。


「今夜は、わたしがお世話をいたします・・・」

「いや、別に、無理はしなくていいよ、ライム」

「オオバさま?」


「おれは、自分の都合で、ここに泊めてほしいと言っただけで、女が欲しいなんて、一言も言わなかったはずだ。ライムをここに来させたのは、ニイムか、ドウラか、どっちだ?」

「・・・わたしが、自分の意思でここに来ました」


 あ、これは。

 できる女だ。


 この問いに対する、この答え。

 ニイムにも、ドウラにも、このことの責任を負わせないという配慮。


 本当は、おそらくドウラに命じられたのだろうけれど・・・。


 ニイムなら、もう一人の、未婚の女の子を送り込むだろうからね。


 しかし、とっさのやり取りで、この答えが出せる、有能な嫁さんを送り返すとは。大草原の諸氏族ってのは、いったいどこを見てんだろうねえ。


「ドウラの命令か・・・。ま、ドウラが族長じゃ、不安だよなあ。ライムは、ドウラの姉かな? それとも従姉妹かな?」

「姉、ですが・・・わたしと族長は、双子なのです」


「ああ、そうなんだ」

「オオバさま、どうか、お情けを」


「・・・誰かに命じられて、男に抱かれて幸せなのか?」

「・・・それが、氏族の女の務めですから。意地の悪いことを言わずに、女を楽しんではもらえませんでしょうか? それとも、もう一人の生娘がお望みで?」


 ライムの口調に、挑発が混じった。まあ、先に挑発したのは、おれだけれど。


「そっちはなおさらお断りだね」

「では、やはり、出戻り女では、お気に召しませんか?」


「ひとつ、質問に答えてくれ。その答え次第で、考えるよ」

「何がお聞きになりたいのですか?」


「・・・剣術に自信はあるか?」

「わたしが、ですか?」


「そう。ライムが、だ」

「・・・試したことは、ないですが、一通りの技は、おばあさま仕込みです」


 おれは、ライムの腕をつかんで、ぐいっと抱き寄せた。


 スレンダーな身体つきで、筋肉の付き方もいい。

 頭脳だけでなく、運動もできそうなタイプだ。


「明日から、おれの剣術の稽古にライムが付き合うことと、明日以降も、ライムがここに来ること。間違っても、もう一人の生娘をニイムに送り込ませるなよ? いいな?」

「はい・・・」


 ライムはそう返事をすると、力を抜いた。


 どこか、あきらめを感じる。


 かわいそうに。

 男社会で。

 男の暴力にさらされて。


 ずっと苦しんできたのだろう。


 こんなにも賢く、強い女性なのに。


 おれは、ライムの身体に、とにかく優しく、触れた。

 髪、頬、あご、肩、腕、脇、腰、ふともも。

 そして、胸、それから・・・。


 とにかく、ひとつひとつ、優しく、優しく、触れていく。

 手はもちろん、唇でも。

 優しく、優しく。


 時間をかけて。

 気が遠くなるほど、時間をかけて。


 ゆっくりと、ひたすらゆっくりと、時間をかけて、肌を重ねた。






 夜中まで、徹底的に時間をかけて、ゆっくりとナニしてたせいだろう。


 ライムから、とてもおだやかな寝息が聞こえる。


 これまで、男に、いいようにされてきたライム。

 いいようにされるしかなかったライム。


 おれも、そんな男の一人でしか、ないのだろうけれど。

 せめて、優しく、抱きしめてあげたかった。


 そして、おれは『対人評価』スキルをライムに使った。






 名前:ライム 種族:人間(大草原:ナルカン氏族) 職業:覇王の側女

 レベル7 生命力92/100、精神力87/100、忍耐力65/100

 筋力49、知力65、敏捷51、巧緻59、魔力39、幸運20

 一般スキル・基礎スキル(3)裁縫、運動、説得、応用スキル(1)羊料理、発展スキル(1)剣術、特殊スキル(1)、固有スキル(1)






 ナルカン氏族には、ニイム以外は、レベル4以下しか、いなかった。

 ニイムだけが、レベル6で、それが最大だった。


 ところが。


 今のライムは、ニイムを上回るレベル7だ・・・。

 しかも、職業が、覇王の側女って、何? 職業欄なの、そこ、本当に?


 生命力などが、人間の基準値+30というのも、気になる。


 そして・・・。


 ・・・スグル。


「なんだよ、セントラエム」


 ・・・この娘にも、固有スキルが、あります。


 あ、それはおれも言おうと思っていたところ・・・というか、セントラエムから、アイラの妊娠中の浮気を責められるのかと思いました、はい。


 いや、言い訳というか、言い訳できないというか。

 まあ、こういう事態は予想していたというか。

 はい、浮気と言われれば、それは浮気です、はい。


 面目ありません。


 ・・・スグルと、そういう関係になることで、この世界の者が、本来あり得ないはずの、固有スキルを保有するようになる、ということでしょうか。初めての処女でも、そうでなくても、関係がないということも・・・いや、まだ、事例が少な過ぎます。結論は出せません・・・。


 あ、うん。


 セントラエムには、これが浮気かどうかとか、関係ナカッタデスネー。

 ソウデシタネー。


 そもそも、積極的に複数の女性に手を出すようにと、言っていました。

 おれの守護神は、そういう人でした。いや、神でした。


 ・・・身体を重ねた相手に、固有スキルを生み出すスキル・・・そんな、まさか・・・。


 セントラエムの独り言が、おれに聞こえるように続く。


 そんな、複雑な夜。


 おれの隣では、ただ、ひたすらに、ライムからのおだやかな寝息が聞こえていた。





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