第42話 女神が女性関係に寛容だった場合(3)
しかも、ほら、大草原で言うちょうどよい年頃ってのは、確か、シエラとか、ヨルとかみたいな十歳ぐらいのことだろう?
それは、あり得ないから。
「モイムだったっけ? 嫁入りはまだ?」
「ああ、モイムは、先程、火を持ってきた娘です」
「ああ」
あの子がモイムか。
「嫁入りは春になります。今は、頂いた布で、いろいろと作っておりますよ」
「嫁入り道具を?」
「はい。嫁入り道具を自分で作って、嫁入りをするのです」
「それじゃ、うちの村の娘たちは、大草原には嫁に出せないよなあ」
「おや、裁縫が得意な者はおらんので?」
「いるけど、おれの婚約者だから」
「ああ、そうでございましたか」
「そういえば・・・」
おれはかばんから「本地布」を取り出した。「これ、「荒目布」よりも、少し上等なやつ。ニイムが見てみたいって、前に言ってたような気がして、持ってきたよ」
「おおお・・・」
おれから手渡された布を手に取って、感触を確かめるニイム。
そこに女の子三人と、誰かの母親らしい三人のおばさまたちが集まってくる。
氏族の女衆は、これで全部らしい。
クマラの作る、布の破壊力はすごい。
女性陣から、感嘆の声しか出てこない。
「すごい布・・・」
はっきりとそう言ったのは、出戻り娘。確か、ライムと呼ばれていた。
「本当に。今、花嫁衣装にしている布よりも、きれいで、丈夫だとおもう」
こっちはモイム。
モイムは嫁入り予定で、実際に「荒目布」を使って、裁縫をしているのだから、その言葉の重みはちがう。
ニイムの表情が、さっきまでの交渉中とは全くちがう。
これも油断、というものだろうか。
「オオバどの、これが、以前、話してくださった「極目布」でしょうか?」
「いや、これは、「本地布」だね。「極目布」は持ち出せる在庫がなかったから、すまない」
「これほどの布の、さらに上質なものまであると・・・」
「いったい、大森林の村とは、どれほど豊かな・・・」
あー。
女性陣が混乱中です。
クマラ、グッジョブ。
この布は、おれたちのかけがえのない武器になるよ。
男性陣が、かなり引いている。
「オオバどの、この布を売っていただくとしたら、羊は・・・」
「ダメ。売らないものだから」
「そうおっしゃらずに!」
「ダメだよ。「荒目布」の何倍も苦労して作るんだ。羊の数の問題じゃないさ。さて、そろそろ返してもらうよ」
おれはさらっと、「本地布」を取り上げて、すばやくかばんの中に入れた。
「ああ・・・」
という残念な声をもらしたのは出戻り娘のライム。
やれやれ。
こんな騒ぎになるとは思わなかった。
これからは気をつけよう。
出来上がったネアコンイモのスープは、大好評だった。ヨモギと胡椒を最後にちょっと加えたけれど、基本はネアコンイモの味だ。
食べ物に関しては、女性陣だけでなく、男性陣も騒然となった。
まあ、そうなるとは思っていた。
こっちの世界は、食に対して、あまり力を入れていないから。というか、この辺りでは、そこまでの余裕が、おそらくないのだろうと思う。
生きていくのに精一杯。生き抜いていくのに全力で。そんな中で、料理にまでこだわる余裕はないだろうと思う。
それに、そもそも素材自体の味はとても美味しい。だから、料理にこだわる必要がない、ということもあるだろう。そういうことも含めて、ネアコンイモのスープは大好評だった。
族長くん、つまりドウラが、黙り込んでしまうほどに。
国力・・・村力か、とにかく、その差に呆然としてしまうくらいに。衣食・・・そして、おそらく住においても、ナルカン氏族と、アコンの村には大きな差がある。ちなみに、武力においても、その差は隔絶していると思う。
そもそも、大草原の天才剣士がうちの村にいるし、それと同格が三人、それ以上が二人、いるのだから。
さて、もうからかう必要は、ないよな。
「では、族長のドウラに問う。このイモは、必要か?」
「・・・くやしいが、必要だ。ここで断れば、うちの氏族はバラバラになりかねん。それで、代償は何だ? 羊か、馬か、女か?」
「いや、しばらくの間、ここにおれを泊めてくれるなら、それでいい。イモはいくつほしいかな?」
「なっ・・・どういうことだ?」
「だから、イモの代償なんて、いらないよ。ただし、しばらく、ここに泊めてくれってこと」
「そんなことでいいのか?」
「それで十分なんだ、今回は。で、イモはいくついる?」
ドウラは答えずに、ニイムを見た。
ほらほら。
そういうところだよ。
なめられちゃうよ、それじゃ。
おばあちゃんっ子じゃあるまいし。
「オオバどの、代償は必要ないのですかな、本当に?」
ニイムが念を押す。
「泊めてくれれば、それが代償だよ」
おれも、はっきりと宣言する。
「では、イモは二十個、くださいますか」
「二十、ね」
おれはかばんから、ひとつずつ、ネアコンイモを取り出していく。
あり得ないサイズのかばんから、あり得ない数のイモがどんどん取り出されていく。
ネアコンイモ、四十個。
ずらりと整列させてみた。
「・・・オオバどの、数が多いのですが?」
「ああ、二十個は、約束通り、泊めてもらう代償として。残りの二十個は、とりあえず、預かっていてもらいたいんだ、いいかな?」
「預かる、とは?」
「そのうち、分かるよ」
おれはそう言って、英傑ニイムを含めて、ナルカン氏族を圧倒した。「あ、このイモ、単純に焼いただけでも、おいしいから」
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