第42話 女神が女性関係に寛容だった場合(2)
族長くんは、ぷるぷるとふるえている。「今、食べ物が足りぬなどとは言えないと言ったばかりなのだが、オオバどのは、話を聞いているのか?」
「聞いてるさ。まあ、族長くんは年齢が近くて、話しやすいんだ」
わざと、だけれど。
怒らせてみたくなるよね、未熟者は、さ。
「食べ物は足りていたとしても、多くなるのは別に困らないだろう?」
「困らないとしても、それがどうだと言うのだ」
「怒りっぽいなあ。それで、前回、失敗したんじゃなかったか」
周りの他の者たちは、ドウラをどう止めようか、迷っているらしい。
ドウラからしてみても、おれは年齢が近くて、というか年下なので、丁寧に接して、下手に出るということ自体が難しいようだ。
そのまんまでは、この先、困る。
大草原を統べる、主たる氏族の長として。
その程度の度量では、本当に困る。
結局、テントから、二人の女の子に支えられたニイムが出てくることになった。
前回、介助役だった二人は、アコンの村に送られたので、今回の少女は、もう少し年上の子と、もっと年下の子の二人だ。年上の子は出戻りの娘なのかもしれない。
運命次第では、この子がうちの村に来ていたのかもね。
「オオバどの、ずいぶんと、お早いお越しで。一年後に来てくださるものだと、思っておりましたが」
「やあ、ニイム。お早いお出ましだね。もうちょっとで、族長くんを怒らせて、さらに何かをもらえそうだったんだけれど、ね」
「・・・相変わらず、未熟者で申し訳ありません。鍛え直そうにも、あれからまだひと月も経ってはおらんので」
「族長くん以外の、周りの人たちが冷静だったからね。うまくいかないもんだ」
「それは、助かりました。支える者まで、愚かではなくて、少し安心しました」
「冷静だったのか、前に武器を奪われてたからどうすることもできなかったのか、まあ、どっちでもいいけれど、族長としての力はまだまだ磨かないと、これから先、他の氏族とのやりとりに困るんじゃないかな」
おれの一言に、ドウラは怒気をふくらませた。
おお、怖い、怖い。
そういうところだと思うよ、族長くん。
ニイムが手にした杖で、ドウラを強打する。
「っ・・・」
かろうじて、ドウラは悲鳴を抑え込んだ。
族長の意地って奴だろうか。
祖母に打ち据えられる時点で、そんなものは、ねえ・・・。
「ところで、食べ物、ということでしたが?」
「・・・そうそう。ナルカン氏族の六人が、頑張って収穫してくれた、うちの村の特産品なんだけれど、どうだろう、必要ないかな? 族長くんは、いらないって言っていたけれど?」
「族長としての誇り、というものでしょうか。まだまだこの子は、分かっておらぬようですね。族長の役割は、氏族を食わせ、生かすこと。冬支度前に、羊をあれだけ手放して、その対策をできる機会が、こうしてわざわざ、目の前にまで来ているというのに・・・」
「・・・おばあさま」
ドウラは、きっ、とニイムをにらんだ。「リイムやガウラ、それにエイムたちも、大森林でこき使われていることでしょう。それは、族長として未熟な、このおれの責任。だが、だからこそ、この男には、負けたくないのです!」
まあ、そういう考え方も、あるよね。
実際には、どうだということは抜きにして。
奴隷扱いで連れて行かれたのだから。
・・・まあ、実際には、満足そうな生活をしていると、おれは思っているけれど。
「・・・それが、愚かというもの。ドウラや。おまえにはまだ、オオバどのと自分との間の力の差が分からないらしいねえ。リイムたちは、おだやかに暮らしておると思うよ。そうでなければ、ここにオオバどのがやってくるはずがないだろうに」
ニイムはおだやかに、そう言った。「前回の交渉で、ナルカン氏族には、ひとつの損もない。それどころか、大きな利益があった。それだけ大森林の村は豊かなものなのさ。それだけのゆとりがある、ということ。それが分からないのかい? その村との十年間の友誼をせっかく結んだというのに、それをたった一日のこの話で、潰してしまう気かい?」
「おばあさま・・・」
ドウラは、それ以上、言葉にならないようだ。
ニイムの読みは、正確だろう。
まあ、こき使ってはいないけれど、へとへとになるまで走らせたり、血が出るまで殴り合ったりは、しているけれど、ね。
それは、それ。
「さて、オオバどの。その、食べ物とやらについて、教えてくださいますか」
「まあ、リイムやガウラが大変な目に合っているという誤解をとくためにも、ここで食べてもらってもいいだろうか?」
「ここで?」
「ああ。今から、ここで料理するから、見ておいて、後は覚えればいい。美味しいと思うよ?」
おれはそう言うと、かばんから煮込み用の大きな土器といくつかの石を出し、石の上に土器を置いた。安定させるのに、少しだけ動かして調整する。
さらに、薪を並べて、土器に水を入れた。
「火、ないかな」
ニイムが目を動かすと、小さな女の子が一人、テントの中に入って、火のついた木の棒を持って戻った。
「ありがとう」
おれは獣脂のついた薪に着火した。
それから、ネアコンイモを二つ、取り出して、銅のナイフで切り始めた。
ほどよいサイズにして、皮をむく。
それから、干し肉も刻んでおく。
岩塩を削って、土器の中へ。
豆を取り出して、皮をむいていく。
沸騰し始めた土器鍋に、食材を投入し、竹皿を三つ、ふた代わりにしておく。
「あとは、しばらく待つだけだよ」
ごくり、とつばを飲み込む音が、どこからか、聞こえてきた。
一人や二人ではない。
二度、薪を追加した。
出来上がるまで、時間はかかる。
煮込んでいる間に、いろいろとニイムと話した。
ニイムを支えていた年上の娘はやはり出戻り娘だったらしい。
いやな習慣だと、心から思う。
「ドウラは、嫁取りがまだでして。大森林の村には、ちょうどよい年頃の娘はおらぬでしょうか」
却下。
認められません。
大草原への嫁入り、ダメ絶対。
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