第42話 女神が女性関係に寛容だった場合(1)
転生してから百七十日目。
おれは馬上の人だった。
「荒くれ」改め「イチ」と名付けた名馬の・・・迷馬の?
うーん。
まあ、とにかく、馬上の人だった。
群れの牡馬が十頭、同行している。
風が冷たい。
大草原は、大森林よりもかなり寒い。おそらく緯度としては温帯域なんだろうけれど、基本は乾燥帯だ。草原だからな。
冬支度も大変だろうと思う。
アコンの村はジル、アイラ、クマラに任せている。
稲刈りも、もうやり方はクマラがきっちり把握している。
とりあえず、しばらく大草原をうろうろしていても、アコンの村に心配はない。
今回、セントラエムは分身だけで実体化はしていない。村に残した方が分身だというが、村の方が能力値は高いという、またしても本体はどっちだ疑惑が生じている。
セントラエムを実体化させると、十分の一サイズで十日間しか、実体を維持できないので、今回は実体化しない方向で話をまとめた。
今回の目的は、ナルカン氏族に、冬用の食糧を提供すること。
リイムやエイムの話から、口減らしをしなければならないほど、大草原の諸氏族は、食糧難に苦しんでいる。
ナルカン氏族は、この冬は大丈夫だろうと、思うけれど。
六人も口減らしをしたし、ね。
・・・というか、その口減らしに氏族から追い出されたメンバーが、「アコンの村に来て良かった」と口をそろえて言うのも、どうかと思う。
自慢じゃないが、うちの村は食が充実している。
一番はっきりとそう言うのは実はリイムだ。
『あの兄が族長なんだからいつ滅びてもおかしくないってところに、こんな豊かな村に口減らしで送り込まれるなんて、どれだけ運がいいの、わたしたちって、心の奥底から本気で思う』
という発言に、さすがに従姉妹のエイムはため息をついていた。
リイムの弟のガウラは力強くうなずいていたけれど。
ナルカン氏族の族長くんは、どれだけ信頼がないんだろうか。
他人のことだが、心配になってくる。
という訳で、ナルカン氏族の冬支度を少しだけ助けようと、馬上の人になったのだ。
もちろん、運んでいるのはネアコンイモ。
うちの村では、食べ切れないほど、収穫できている。
稲作がまだ不十分な状態では、ネアコンイモがわれわれの主食だと言える。
植え付けから収穫までおよそ一か月という、恐るべき生産効率。気温が下がってきたからか、少し大きくなるまで時間がかかるようだけれど、それも誤差の範囲。
甘い物好きが多いこの世界で、多くの者が絶賛する甘さ。
生産効率も、サイズも、味も、最高な一品です、はい。
ただし、アコンの木がなければ、大きく育つことはないので、他の場所には栽培をおすすめできない、ということにしている。
実は、別の目的なら、全く問題ないんだけれどね。季節を選べば。
我が村の特産品事情に関わるので、これは秘密で。
まあ、運んでいるとはいっても、馬にのせて運んでいる訳ではない。
全部、かばんの中だ。
それなのに、なぜ牡馬が十頭、いるのだろうかって・・・。
これは、まあ、あれだ。
極秘作戦だ。
六日後。
ナルカン氏族のテントがはっきりと判別できたところで、イチをとめて、下りる。
ぶるるん、とイチがうなるので、何度か首をなでてやる。
「虹池に戻れ。いろいろと気をつけるんだぞ」
ぶるるん、とイチが何度もうなずく。
十五頭の馬が、遠くへと駆けていった。
おれは、走って、ナルカン氏族のテントを目指した。
前回と同じように、誰かが来たと、気づいた者が周りに知らせ、女性はテントの中へ、男性はテントの前に並ぶ。
こういうときは女性を守るのに、基本的な扱いはひどいというのはどうしてだろうか。
いや、財産だからテントに隠す、という考えが正しいのかもしれない。
まあ、今回は・・・。
「っ・・・大森林のっ」
「おっ、オオバどの、か」
もうすでに知り合いなので、対決路線ではない。
覚えていてくれているようで助かった。
「やあ、久しぶりだね、確か、族長の・・・」
あれ、なんて名前だったっけ。
えっと・・・。
「・・・馬鹿兄貴、ダメ兄、役立たず、弱腰、言いなり、あれ、リイムがあとは何て言ってたっけかな?」
「・・・そんなことを聞かせるためにわざわざここまで?」
「・・・あ、すまない。声に出てしまったらしい」
「リイムめ・・・」
「あ、そうそう、リイムは元気だから心配いらない」
「あいつの心配など、二度としないがな」
族長くんはそう言って、ため息をついた。「族長のドウラだ。名前くらいは、覚えてもらえないだろうか。一応、われわれはあなたの庇護下にあるんだから」
「そうそう、ドウラ。そうだ、ドウラだ。久しぶり、と言っても、だいたいひと月くらいか」
「・・・他の者たちは、元気だろうか?」
「ん、そっちも大丈夫だ。食べ物がおいしいって、喜んでるから」
おれは、リイムに、エイム、ガウラ、バイズ、リイズ、マイルの六人を思い浮かべた。
幸せそうに食べている姿しか、思い浮かばないが、まあ、その瞬間の笑顔がとても素敵だということだろう。
「ナルカン氏族は、冬の食べ物の心配はいらないのかな?」
「・・・六人も口減らしで送り出しておいて、食べ物が足りぬなどと言えるはずがない。心配など、不要だ」
「そう? まあ、後でニイムとも話すけれど、今日は、食糧を持ってきたんだ」
「なっ・・・」
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