第41話 女神の助言で心配事を確認した場合(4)



 ずっと、やっておきたかったことのひとつとして、大角鹿に会いに行った。


 セントラエムからのアドバイスでもある。


 人間を超える力をもつ可能性がある、あの鹿をそのままにしておくのは、得策ではない。

 友好を結びたいが、場合によっては、戦うこともあり得る。


 そういうことだ。


 いつもの河原からさらに東へ森を旅する。


 イノシシの群れを横目に走り、新しく見つけた小川を越えて、黒い土が目立つところに、大角鹿の群れはいた。


 アコンの村から『高速長駆』で二時間半くらいか。

 まあ、『鳥瞰図』と『範囲探索』のスキルがなければ、到底、たどり着けないところだろう。


 おれの姿を見ても、大角鹿の群れは、慌てたりはしなかった。


「おまえたちの、ん、なんだ、長か。長に、会いたいんだけれど、いるのか?」


 返事はない。


 でも、大角鹿たちは逃げたりしない。

 まっすぐな瞳がこっちに向けられている。


「ここにはいないのかな」


 おれは、目的のしゃべる大角鹿はここにはいないのかもしれない、と考えた。


 まあ、いい。


 おれはかばんから、ひとつの土器を取り出して、その中身をぶちまけた。


 どんぐりが、ばらばらっと、黒い土の上に広がる。


「これ、食べるのなら、食べてくれ。おれたちも、食べられるものなんだけど、どうも、おれには馴染めなくてさ。どんぐりを食べるってのは、知ってたんだけれどね」


 少しサイズの小さい大角鹿が一頭、どんぐりに近づく。

 親っぽい大角鹿が止めようと動くが、間に合わなかったようだ。


 ひょいっと、どんぐりをくわえて、がじっ、がじっ、と噛み砕いていく。


 ・・・けっこう、時間がかかるみたいだな、どんぐりを食うのって。


 まあ、堅いしな。


 それを見ていた他の大角鹿も、一頭、また一頭と、どんぐりをくわえ始めた。


 『対人評価』スキルを使ってみるが、この群れには五十頭以上はいる。一気に忍耐力が100以上も減少したのは初めてだった。


 スクリーンに映し出された大角鹿のレベルは最大でレベル9だった。それでも、大草原の馬の群れやライオンの群れより、高い数値だ。


 あの、話しかけてきた大角鹿なら、二桁レベルはありそうな気がする。


 あきらめて、おれが帰ろうとすると、どんぐりを咀嚼していた大角鹿たちが、一斉におれを振り返った。


 びっくりした。

 それぐらい、ぴったりと一致した動きだった。


 そして、その首が、全て同じ方向を指し示す。

 これにもびっくりした。


 熟練のダンサーたちのように、完璧に動きが重なる。

 ちょっと不気味なくらいだ。


 どうやら、あっちの方へ行け、ということらしい。


 スクリーンの地図でその方向を確認すると、黄色い点滅がある。


 少し離れているが『対人評価』で確認してみる。


 ・・・いた、こいつだ。


 レベル14の大角鹿。


 鹿の化け物、みたいなものか。

 人間と敵対する気がないようで助かった。


 おれは、スクリーンが示す場所へと走った。






 ひときわ大きいサイズの大角鹿が、そこにいた。


 身体も大きいが、何よりも角が、すばらしい。

 写真を撮ることができれば、インスタ映えすること間違いなし。

 勇壮な感じがする。


 しかも、話しかけてくる。

 この大森林で、もっとも怖れるべき存在のひとつ。


 そいつが、おれを振り返った。


「久しぶり、でいいのか、な」


『森の王よ、わざわざこんなところまで、何用か』


 まちがいない。

 こいつだ。


『たかが鹿というのに、我の力を怖れておるのか、森の王よ』


「・・・知らないことを知りたいと思うのが、人間の本質なんだ」


『何を知りたい、森の王』


「・・・その前に、お礼からだな。この前は、助けてくれてありがとう」


『何、遠慮はいらん。もう、そのことに関しては、ひとつ約束をしてもらったではないか』


「大牙虎との戦いは終わった。今は花咲池で、大牙虎は静かにしている」


『花咲池? 森の西の果てにあるあの池か。あそこに住んでおった人間は、死に絶えたか』


「いや、何人かは生き残って、おれたちと暮らしているよ」


『そうか、それは良かった。大牙虎とのいさかい、見事におさめられたようだな、祝いを述べよう、森の王よ』


「それで、他の動物たちとも、できれば仲良くしたいんだが、どうかな」


『土兎や森小猪は、あれで仲良くと、言えるのだろうか、森の王よ』


 ああ、そこ、突いてきますか。


 まあねえ。

 そこを言われたらねえ。


『猪たちも、たまに狩っておるのではないか、森の王よ』


「・・・じゃあ、おれたちとやり合うってことか」


『そうではないと、話したはずだ、森の王よ。我らは戦うことは望まぬが、避けられぬ場合は戦うと申しただけ。滅ぼさぬということを約束してもらったではないか、森の王よ』


「そうだった。じゃあ、少し、知りたいことがあるんだ」


『我に答えられることなら、答えよう、森の王よ』


「なんで、あんたはおれたちと話せるんだ?」


『それは分からぬよ、森の王よ。いつの間にか、人間とも話せるようになっておった。それだけだ。なぜ話せるようになったのかなど、我が知るはずもないこと』


「それじゃあ、他にもおれたちと話せる動物はいるのか?」


『それは、いるだろうさ、森の王よ。我にできること、他の者にできても何の不思議もない。そういうことではないか、森の王よ』


「あんたが知っている動物には、いるのか?」


『それを聞いてどうするつもりだ、森の王よ』


「知っていれば、話し合うように努力するよ」


『・・・話し合いができるかどうかは責任が持てぬが、熊には一頭、人間と話ができる者がいる。気をつけるがいい、森の王よ』


 そう言い捨てて、大角鹿はぱっと飛ぶように駆け去った。


 おれは、一歩も動けずに、それを見送った。





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