第40話 小さな女神に限界があった場合(3)
立合いが始まったら、始めての少年少女は、後ろで見学。
・・・というか、リイムとエイムはジッドを食い入るように見ている。
相手は・・・クマラか。
剣を相手に、無手でかまえるクマラ。
力の抜けた、いい姿勢だ。
剣先の動きを見切り、ぎりぎりで避けて、応戦する。
クマラの拳をジッドも余裕で躱す。
体を入れ替えて、再び向き合う。
クマラの足運びは落ち着いている。ジルは強いけれど、すぐに跳び蹴りを使いたがる。身長差がある相手が多いせいだけれど、それでも、ローキック中心で組み立てるような戦いも覚えてほしい。
その点、クマラはばっちりだ。いつの間にこんなにいい雰囲気で戦えるようになったのだろうか。
ジッドと何度か、互いにかわして、かわして、立ち位置を変えていく。
ジッドの剣をかわす、ということ自体が、リイムやエイムにしてみれば、すごいことなのだろうと思う。
この二人には、ジッドの剣筋なんて、見えていないだろう。
クマラが踏み込み・・・のふりで一度止まって、ジッドが応じた剣を振ってしまう。
振り下ろされた剣の奥に飛び込み、ジッドのふところに入るクマラ。
ジッドも跳ぶように下がるが、剣をかまえ直せない。
しかし、左右の連打も、回し蹴りも、ジッドをとらえきれない。
最後、クマラは、ジッドの木剣に右腕をしたたかに打ち込まれて、負けを認めた。
これは、折れた。
おれは立ち上がろうとするが、アイラに制され、えっ、とアイラを見つめる。
アイラはセントラエムを右手に抱いて立ち上がると、クマラに歩み寄り、神聖魔法を使う。光が、アイラとクマラを包む。
あれ?
アイラは、骨折をどうにかできたんだったっけ?
おれの心配に関係なく、クマラの腕は完治していた。
・・・スキルレベルが上がったのか?
クマラの戦いといい、アイラの神聖魔法といい、うちのお后さま方は、成長著しいようだ。ま、クマラはまだ婚約者なんだけれど。
ちょっと見ないうちに、驚くような成長がある。
この村の可能性に、胸を張りたい。
リイムとエイムは、声もない。
確かに、ジッドは強い。
しかし、クマラがそれに負けていないことも、分かる。
驚きだろう。
アイラが神聖魔法を使ったことも、だ。
ナルカン氏族での大草原でのくらしでは目にしなかったものが、ここにはある。
まあ、おれたちからしてみれば、ナルカン氏族のくらしがそうなんだろうけれど。
おれたちがナルカン氏族のところで生きていくのではなく、ナルカン氏族を出たこの子たちがアコンの村で生きていくのだ。
驚きを積み重ねて、成長してほしい。
そんなことを考えていると、ジッドに呼ばれた。
「オーバ、久しぶりに、頼む」
お、立合いのお誘いだ。
おれはすっと立ち上がった。
隣では、クマラがジルと向き合っている。
アイラが少しだけ、うらやましそうに見ていた。
リイムとエイムは、やはりジッドを食い入るように見ている。
ジッドは木剣、おれは無手。
エイムが、あれ? という顔をしていた。
おれの無手を見るのは始めてだったかもしれない。
ジッドが音もなく動き、木剣が振り下ろされる。
次の瞬間、木剣は宙を舞い、おれはジッドの左耳を引っ張って、上半身を下げさせていた。
「痛い、痛い、痛い。まいった、負けた」
ジッドの言葉に、手を離す。
木剣が、からん、と地面に落ちた。
リイムがぽかんと口を開けていた。
おれとジッドの横では、ジルにあしらわれたクマラが、後ろから胸をもまれて、きゃっ、というかわいい悲鳴を上げていた。
別にうらやましくはない、ぞ。
ちなみに、おれがクマラをあしらうときに、そういうことをしたことはない。
ないったら、ない。アイラにもしていない。
絶対にしない。クマラやアイラに嫌われたくはないからな。
ジルだから許されている、というだけだ。
エイムの視線が、ジッドではなく、おれの方を見ていたことは、少し気になった。
ほんの少し、だけれど。
翌朝から、ナルカン氏族組も、同じように行動していく。
朝の女神への祈り。残念ながら、今朝はもう、セントラエムのフィギュアサイズはスキル解除で消えていた。少し、さみしい気がした。
腕を前からあげて背伸びをすることで始まるあの体操。ジルの動きが美しい。
拳法の型。パンチアンドキック。ナルカン氏族の少年たちが楽しそうにやっている。
ランニングと水やり。リイムが、頑張っていた。エイム・・・しっかり、な。
ナルカン氏族組は慣れていないため、ランニング3往復のところを2往復で終えた。リイムだけが3往復、頑張った。
それから、クマラの指示に従って、ネアコンイモ関係の農作業。ちょっと、いろいろな考えがあるので、ネアコンイモは増産体制に入る。種芋を確認したら、クマラが大丈夫だと言うので、迷わず実施する。しばらくは重点作物だ。
さらに、ジルが『神楽舞』スキルで発見した、小川の東にある竹林へ移動する。これまでの竹林はもう少しで全滅させそうだったので、発見できたことに感謝したい。それに、ここの竹林はかなりの密林なので、しばらくは竹には困らないだろう。
しかし、すごいな、『神楽舞』スキル。以前、セントラエムのアドバイスで稲を発見したのも、セントラエムがこのスキルで得た神託からだった。
ナルカン氏族から受け取って連れてきた羊は、木に結んで放牧。いや、放牧とは言えないか。でも、木の周りの草をもぐもぐと黙って食べ続けている。世話がいらないようで、楽だ。
冬に向けて、アコンの木の中に居住空間を開発中。今のところ、西階のバンブーデッキに面する3本のアコンの木には、もう穴は開いた。中に、竹の床が張れたら、冬の夜は過ごしやすくなるはず。暗闇での作業はおれとノイハで担当した。
河原での食事準備と、先に滝シャワー。本当は、修業の後にしたいのだけれど、夕方だと、ちょっと冷たいと感じるので、シャワーはこの時間に。
学習面は、十日でひとつのローテーションを組む。一日目、南方諸部族語。二日目、文字。三日目、草原遊牧民族語。四日目、計算。五日目、日本語。六日目、文字。七日目、南方諸部族語。八日目、計算。九日目、草原遊牧民族語。十日目、文字。
すでに文字や計算は、個人差があるので、上位者が教える側になればいい。
言語関係も同じで、大森林の者が南方諸部族語を、ナルカン氏族の者が草原遊牧民族語を教えればいい。
日本語は、おれが教えるけれど、ジルやウル、それにセントラエムにも手伝ってもらえるよう、工夫をする。そうでないと、おれが遠出できないからだ。
戦闘面は三日でひとつのローテーションを組む。
そもそも無手、すなわち拳法は毎日の必須としている。そこに、一日目は剣術、二日目は棒術、三日目は弓術を行う。
立合いは、もちろん行うが、ナルカン氏族の新メンバーたちは、来月から。それ以外のメンバーは、神聖魔法が使えるアイラ、ジル、おれが見守る中、全力で戦う。
レベルが高いほど、即死の危険は低いが、レベルの低い者ほど、よく見ておかないと危ない。
強さには理由があるものですね、とエイムが独り言のように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます