第40話 小さな女神に限界があった場合(2)



 あ、エイムが先に復活したらしい。

 リイムはまだみたいだ。


「あ、あの、ジッド、と名乗られましたか?」

「ああ。おれはジッドだ」


「大草原の出身ですよね?」

「そうだ」


「氏族は・・・」

「・・・エレカン氏族のジッド?」


 復活したリイムがエイムの会話に割って入って、そう言った。


「ああ、そうだ。かつてはそう呼ばれた。大草原も、氏族の名も、もう捨てたが、な」

「・・・大草原の天才剣士?」


「・・・そうやって、言われていたこともあったが、世の中にはもっとすごいのがたくさんいる」

「・・・十人を一瞬で倒した?」


「一瞬・・・ではないけれど、人数もはっきりとは覚えていないな。とにかく、逃げのびるのに必死だったから、かかってきた奴は全部倒したが?」


 こうして、集中して、言語を意識してみると、さっきアイラに言われたことが分かった。

 今、ジッドは草原遊牧民族語でしゃべっている。


 ただ、聞き流しているだけだと、確かにどの言語を受け止めているのか、判断できない。

 これは、盲点だった。


 話している意味は、分かる。しかし、どの言語かは、意識していないと判別できない。スキルとして身につけていることの弊害なのだろうか。頭の中では、全てが日本語として機能している?


「天才剣士ジッドが、ここにいたなんて・・・」

「オオバさま、知ってて、黙っていたんですね?」


 エイムがさま付きなので、何も答えない。


「・・・すまないが、ナルカン氏族の二人には、天才剣士って言うのはやめてもらいたいな。ここでは、おれと互角に戦う者や、おれより強い者もいる。おれはもう、自分が天才だなどと恥ずかしくて思えんのだ。そもそも、周りが勝手に言い出したことだしな」

「ジッドと互角か、ジッドより強い? オオバさまですか?」


 エイムが食い付いた。


「・・・オオバが嫌がってるから、「さま」を付けるのもやめるんだ。オオバは、確かにおれよりも強い。オオバだけじゃない。アイラとは勝ったり負けたりだし、最近はクマラに一本取られる。それに、ジルにもおれはかなわんからな」

「アイラさま、クマラさまに・・・あの小さなジル? 本当ですか?」


「すぐに分かるさ。それに、そういうことにも慣れる。ここはそういう村だ。それに、戦い方によっては、ノイハもおれより強いからな」

「ノイハさんまで?」


 ノイハがジッドに持ち上げられている。

 食いしん坊の友情だろうか。


 確かに、三本の矢を同時に射るスキルを手にしてから、ノイハは自信にあふれている気はする。おれに挑んできたくらいだし・・・。


 ああ、そうだ。

 ノイハとセイハを呼んで紹介しとこう。


「ノイハ! セイハ!」


 肉に夢中だったノイハと、ヨルとサーラの三人で話しこんでいたセイハがおれを振り返り、立ち上がってやってきた。


「どうした、オーバ」

「なんだなんだ、いい肉でもあんの?」


 ノイハはもうちょっと、いいところを見せてほしいかな。

 セイハは大丈夫そうだ。


「この二人は、大草原のナルカン氏族から連れてきた、リイムとエイムだ」


 おれは、南方諸部族語を意識して、ノイハとセイハに、リイムとエイムを紹介する。


 それからリイムたちを向き直る。

 意識するのは草原遊牧民族語だ。


「リイム、エイム、この二人はノイハとセイハだ。ノイハは弓術が得意で、狩りの名人だ。セイハは土器づくりが得意で、うちの村の器は全部セイハが作ってくれている」


 四人が向き合う。

 ノイハとセイハが、息をのむ。

 クマラがそれを見て微笑む。


「リイム、です」

「エイム、です」


「あ、ああ。ノイハだ。これから、よろしく」

「セイハだ。クマラの兄だ。何か必要な器があれば、言ってくれ」


 ・・・。

 それ以上の会話は続かない。

 言語の壁がある。


 南方諸部族語と草原遊牧民族語は、どっちかというと近い言語だから、それなりに通じるところもあるみたいだけれど・・・。


「ジッド、どうやって大森林の言葉を覚えた?」

「・・・ん、いや、そのうち覚えてたな、そういえば。特に何かをしたということはないかな」


 そんなもんか。

 時間はかかりそうだけれど・・・。


「オーバに、教えてもらえば、いい」

「そうそう」


 ジルとウルが、おれにかけよって、膝の上にのった。


「リイムたちが?」

「ちがう」


 ジルが、首を振る。


「みんなが、オーバから、女神と話すときの言葉、教えてもらえばいい」


 ・・・そこか。


 ジルとウルには、少しだけ教えていたのだけれど。

 日本語文化圏にしてしまおう、ということか。


 ナルカン氏族の子たちが、南方諸部族語に慣れるよりも、はるかに時間がかかることだけれど。


 それも、悪くない。

 今後の、学習と訓練の計画を練っておこう。






 いろいろあって、修業、開始。


 二人での対戦の型をはじめは見ているだけだったナルカン氏族の男の子たちも、しばらくすると引っ張り出されて一緒にやっていた。まあ、それでいいか。


 クマラはリイムとエイムを呼んで、ケーナと一緒に教えている。


 大草原に行く前とちがって、大人組も参加している。


 いい傾向だが・・・。


 ジッドのレベルがすでに高いからかもしれないけれど、大人組は、アイラやクマラのようにはレベルが上がりそうにないんだよな。


 スキルにも、レベルにも、成長期ってものがあるんじゃないだろうか。


 それでも、やっておいて、損はない。

 何か、危機が迫ったときに、後悔しないためにも。


 スキル獲得とレベル上げだけが目的ではないのだから。


 フィギュアサイズのセントラエムは、アイラのふとももに腰かけて、ふくらんできているお腹に耳を寄せている。アイラも、女神のそんなようすに嬉しそうだ。


 実体化できるスキルは、十分の一の分身で実体化すると、だいたい十日が限度らしい。


 大草原に出かけるとき、十日以上かかる場合は、実体化せずに、分身だけしてもらって、村とおれとに分かれてついてもらう方がいいだろう。


 なぜか、ノイハのレベルが上がっているようだったので、確認してみると、『毒耐性』スキルがあった。

 話を聞くと、毒蛇に噛まれたということだった。それで、セントラエムが神術を使って毒を消してくれたそうだ。


 姿を見せずに、村人の危機に現われて、光に包んで守る。

 かっこいいセントラエムが、そこにいた。


 おれん中では、ドジ女神の印象が強過ぎるんだけれど。


 それとは別に、思いついたのは、耐性関連のスキルについて。

 これは、レベル上げがしやすいのではないか、と。


 うちの村は、修業で『苦痛耐性』スキルを身につけた者がいるし、今回の『毒耐性』スキルだって、セントラエムが神術で治療してくれるのだから、大きな問題にならない。


 それどころか、耐性はあった方が生存確率を高めるはずだ。

 サディスティックではあるが、検討の余地がある。


 しかし、毒蛇かあ・・・。

 噛まれて、スキルが身に付かなかったら、トラウマものだよな。


 それでも、やるべきだし、やる価値は大きいのだと、言える。

 それと、虹池の馬たちのところで、乗馬スキルを磨きたい。


 馬が使えると、『高速長駆』がなくても、かなり速く移動できるようになる。

 いつかは、大森林を抜ける道をつくって・・・。


 村を大きくしていく夢はふくらむ。

 まあ、今から何年もかかる話だけれど。





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