第40話 小さな女神に限界があった場合(1)



 やられた、と思った。


 滝シャワーから戻った、二人の女の子。

 完全に雰囲気がちがう。


 以前も、こういうので困ったことが何度もあった。

 女子生徒と、ばったり休日に、私服姿で出会うと、髪型から服装から、何もかもちがうのに、先生とか言われても、誰だかよく分からん、という感じだ。

 祭りの夜間巡視とかのとき、まさにそういう感じ。浴衣で和装とか、誰だか分からん。


 リイムとエイムは、美しい少女だと、思ってはいた。

 だから、せまってこられたとき、あせるくらいドキドキしてしまった。


 しかし、これほどとは、思っていなかった。


 水を浴びて、汚れを落として。

 髪を洗って、梳かして。

 髪を編んで、結んで、まとめて。


 本物のお姫様のように。


 雑多な感じの、毛糸の服から。

 純白の「荒目布」の貫頭衣に着替えているのも、やられた、と思うところ。


 双子のように、そっくりな従姉妹。

 並んで、驚きの美しさが、二倍。


 アイラも美人だけれど、血筋的な、族長の血筋、みたいなところはなくて。

 クマラもかわいいんだけれど、そういう愛らしさとはちがうもので。


 以前、読んだことがある、古代中国を舞台にした、直木賞の作品。

 性表現がたくさんあるので、学級文庫には加えられなかったけれど、ラストシーンで、主人公とその付き人がどちらも美しく描かれていたのを思い出した。


 なんで、そんな小説のイメージを思い出したのか・・・。


 今、あのときのように、二人に迫られたとしたら、拒む自信がない。


 情けない話だが、人を見た目で決めてしまっている自分を恥じたい。


 それでも、欲望に身を任せたくなるような、ぐっとくる、清楚さと気品。それをかき乱したいと思う自分自身の、内なる荒々しさとの葛藤。


 後ろにいるクマラが、満足そうに笑っているのを見て。

 この子は、誰かを輝かせていくことで、自分も輝こうとする子なんだな、と。


 クマラのおかげでおれは自分を取り戻した。


「オオバさま、これ以上はない、と思える、最高のもてなしを、ありがとうございます」


 リイムには言えそうにないあいさつを、エイムが代わって言う。


「・・・ありがとうございます」


 リイムは短く一言で。

 でも、その短さに、本心だと分かる、何かがあった。


「さま付け、禁止」

「・・・そう言われましても、みなさまの前で、庇護下の氏族の者がオオバさまを呼び捨てる訳にはいきません」


 やれやれ。

 まだ分かっていない。


「クマラ、いいか?」

「はい」


「よその子に、着せてあげるために、この服を作ったんじゃないよな?」

「うん、そう。新しく来てくれた、村人になる人たちのために作ったもの」


「だってさ。よそ者みたいなあいさつしてると、その服ひんむいて、大森林に中身の方を捨ててくるけど、それでもさま付けするか、エイム?」

「・・・もう、言ってる意味がよくわかりません。わたしたちは、この布で買われてここに来ました。それなのに・・・」


「確かに、売買とか、物々交換の形だったかもしれないけれど、本当は誰かに村に来てほしかっただけだからな。遠慮しないで、楽にしてほしい」


 エイムは、口を閉じて、じっとおれを見ている。


 よく見ると、リイムは泣いている。

 しゃべるのをエイムに任せているのは、堅苦しく話すためだけではないようだ。


「なんで泣くんだ?」

「だ、だって、すっごく、優しくしてくれて・・・。きれいな服は着せてくれるし、髪はきれいに結んでくれるし・・・。ううー・・・妹みたいな年下の子なのに、お姉さんみたいに優しくて・・・」

「クマラ、おまえさ、何したの?」


 クマラは首をかしげただけで、何も言わなかった。


「・・・知らないとこ、来て、ほんとは、怖かったけど・・・。こんなに親切にしてくれるなんて、思ってなかった、から・・・」


 ん、そうか。

 明るくふるまってたけれど、不安がいっぱいだったんだな。


 とにかく、大森林に来ても、おれに守ってもらえるように、しっかりアピールして、存在を示して、女の部分も使って、必死で生き抜こうとしてたんだな。


 こんな、優しくしてもらえるとは、思ってもいなかった、びっくりした、感動したって、ことか。


 ・・・明日の朝から、地獄の訓練もあるけれど、大丈夫かな。


 まあ、それは、いいとしよう。


 とりあえず、場の空気を変えようと、ジッドを手招きして呼ぶ。

 ジッドも、呼ばれた理由は想像がついているらしい。自然におれのところまでやってくる。


「紹介するよ、ジッドだ。大草原の出身だから、いろいろ助けてもらったらいい」

「ジッドだ。よろしく」


 ジッドはにっこり笑う。


 エイムが、がばっと立ち上がる。

 リイムが泣き止む。


 二人の時間が、止まったかのように、動かなくなる。


 こいつら、フリーズしやがった。

 もう、ほうっておこう。


 セントラエムがクマラを呼んだ。

 クマラは、あんまり驚いていないようだ。


「オーバの肩の上の居心地はどうですか、女神さま」

「手の平よりは安定しています。高さも、ちょうどいいですね」

「それで、極目布のことなんですが・・・」


 二人は主に布と服の話。


 女神とその信者なのに、事務的で、商業的な感じになるのは、クマラがアコンの村では、まるでおれの秘書みたいなポジションとか、農業大臣みたいなポジションにいるからだろうか。


 どうして、みんな、女神が小さいのに気にならないんだろうか。


 アイラとノイハ以外は、セントラエムが体長十五センチってところに何もひっかかりはなかったらしい。


 なんでだ?

 普通、そこが気になるよな?


 あとで聞いてみようと思う。





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