第39話 女神が実体化して触れる場合(3)



 おれは、走り出した瞬間のセントラエムを掴んでいた。


 本体の能力値ならともかく。

 十分の一の分身がおれから逃げられる訳がないだろうに。


「ちょっと、スグル! 後ろから掴むと、今度は指が胸を触っています! 離してください! ダメです! こんなのはダメです! ああ、指を動かすなんて! ダメです!」

「じゃあ、さっきみたいに足を掴んで、逆さ吊りにしようか」

「それもダメです!」


 ・・・すみません、スグル。実体化したのが、かなり嬉しかったようで、スキル解除を必死でレジストしているようです。それと、私の分身をもてあそぶのは、少し、遠慮してほしいのですが。


 あ、いやいや、ごめん・・・。


 ちょっとだよ。

 ちょっとだけ、だから。


 触ってみたいと思う男心は、許してください。

 かわいいんだもの。


 ・・・どのみち、実体化していられる神力もそう長くはありません。スグルから離れないと約束してくれれば、そのまま、時間まで実体のままでいさせてあげましょう。


 まあ、本体がそう言うのなら、そうしよう。


「セントラエム、おれの肩に乗って、そのまま、逃げずにそこにいるって、約束できるのなら、手を離してもいい」

「むぅ。もう少し、もう少しだけ、自由に動くことはできませんか?」


「そういうわがままを言うなら・・・」

「あ、ダメです、ダメです! 指は動かさないでください! あ、ちょっと、どこ、触ろうとしているんですか! ダメです! 両手でなんて! ああっ、ダメですよ! そのまま逆さにしたら、あーっ、ダメです! 見えてしまうじゃないですか! 手が、手が動かせないです! ああ・・・」


 ・・・スグル。さっきも言いましたが・・・。


 あ、ごめんなさい。

 分身があんまり言うことを聞かないもんだから。


 つい、ね。

 ちょっとした、出来心。

 うん。


 反動形成ってやつだ。

 好きな女の子をいじめる的な。


 悪気はない。

 ないのだ。


「いいから、もう、おれの肩の上で我慢すること。逃げようとしたって、無理だろ?」

「むぅ。分かりましたから、肩にのせてください」


 残念。

 素直だ。


 もうちょっと触っていたかったのに。


「・・・素直に従おうとしているのに、どうして離さないのですか?」

「・・・離した瞬間、逃げるかもしれないだろ」

「それでも捕まえられるじゃないですか。もう分かっていますから、肩にのせてください」


 残念。

 最後にちょっとだけ、指を動かそう。


「ああ! わざと、わざとですよね?」

「偶然だって」


 おれは自分の肩に、セントラエムを乗せた。

 セントラエムは肩に座るのではなく、仁王立ちになったらしい。


 すぐ横なので、よく見えない。


 死角から、ぽかすかと叩いてくる。

 そんなに痛くないから、手加減しての抗議行動だろう。


「もうちょっと、女神を大切にする気持ちをもってください」

「・・・もうちょっと、女神らしい威厳を発揮してください」

「そ、それを言いますか・・・」


 いつの間にか、周囲に人が増えている。

 まあ、結構、騒いでいたと、今さらながら、気付く。


 ウルとアイラだけでなく、ジルやノイハも近づいてきていた。


 ジルが、おれの前にひざまずいた。


「女神さま。ようこそ、アコンの村へ、おいでくださいました」

「ジル、元気なようですね。いつも、あなたの祈りが届いています。あなたのまっすぐな祈りはわたしの力になっていますよ」

「ありがとうございます、女神さま」


 そうか。


 セントラエムがウルとか、アイラとか、ジルと話すときは、普通に南方諸部族語で話ができるんだ。

 でも、おれと話すときは、日本語になる。


 言語は、意識的に切り替えることが難しいってことか?


 いや、草原遊牧民族語には、すぐに切り替えられた。

 神族が特別なのかもしれない。


「女神さま、ずいぶんちっさくなっちまったけど、大丈夫かい?」


 ノイハが、心配そうにそう言って、ひざまずいた。

 みんな、セントラエムに、とても低姿勢だ。


「大丈夫です、ノイハ。ただ、この姿を保つことは、長い時間は難しいのです。もうすぐ、消えてしまいますが、それは形だけのこと。そんなに心配しなくても大丈夫です。いつも、あなたたちを見守っていますよ」


 なんとなく、女神っぽいことを言っている気がする。


 こうしていると、確かに女神だ。


 まあ、確かに、セントラエムが、この、実体化のスキルが使えるようになって、みんなと普通に接することができるなんて、今までは考えもしなかったしなあ。


 そりゃ、楽しいだろうな。

 ずっと、たった一人で、おれを見守るだけだったんだから。


 おれが守護神だったら、孤独でメンタルをやられるかもしれない。


 うん。

 ごめんなさい。

 いたずらし過ぎでした。


「ジル。ウル。アイラ。ノイハ。いつも、スグルを助けてくれて、ありがとうございます。今、ここにはいないけれど、クマラもです。本当に、スグルのことを大切に思っていることを知っています。わたしはスグルの守護神ですが、同時に、みなさんのことも必ず守ります。これからも、スグルのことをよろしくお願いします」


「はい、女神さま」

「もちろんです、女神さま。大切な、夫ですから」

「ウル、がんばる」

「へへっ、任されちまったら、しょうがねえよな」


 なんだ、それ?

 守護神って、あれか?


 母親か?

 母親代わりなのか?


「さあ、それぞれの役目に戻るように。それと、シエラを呼んでください」


 ジルとウルがさっと立ち上がって駆け出す。


 アイラはおれのすぐ横に腰を下ろした。


 ノイハは解体作業に戻る。


 遠巻きに見ていた者も、自分の作業に戻っていく。


 ジルとウルが、シエラを連れて戻ってくる。


 シエラがおれの前に進み出て、セントラエムに対して、ひざまずいた。


「女神さま。シエラです。お呼びになったと聞きました」

「シエラ。女神を信じる力を身に付けたようですね。今はまだ、弱い力かもしれませんが、できると信じ続けなさい。あなたには、人を優しく包み、勇気付け、励ます元気があります。必ず、神力が使えるようになるはずです。誰かを支え、勇気を与えようとする心をもち、女神への祈りを捧げるようにしなさい。いいですか」


「はい、女神さま。必ず、誰かに勇気を与えられる、そういう人になりたいです」

「きっと、なれます。では、仕事に戻りなさい」

「はい」


 そういえば、シエラも『信仰』スキルを身に付けたっけ。

 いずれ、『神聖魔法』の何かを使えるようになるんだろうな。

 どの『神聖魔法』だったとしても、癒やし手が増えるのは、村の戦力強化だ。


 考えてみたら、うちの村に逆らうって、とんでもないことなんじゃないか、という気がしてくる。


 おれがナルカン氏族のところでやったことは、実は、ジルにもできる。

 ジッドだって、クマラやノイハと協力すればできるはずだ。


 それが、レベル制、スキル制の、この世界における、レベル差の力。


 よく考えておかないと、力の使い方を間違えることになる。

 おれたちは、その気になれば、大草原を蹂躙できる。


 忘れずに、よく考えて、行動しよう。





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