第39話 女神が実体化して触れる場合(2)



 ウルが、不自然に、両手でお腹を押さえるようにして、うろうろしている。


 あそこだ。

 間違いない。


 うろうろしていたウルが、こっちをちらり、と見た。


 そして、おれがじぃーっと見つめていることに気づいた。

 慌ててウルは反対側を向く。


 うん。

 もう確定だ。


 セントラエムは、ウルの服の中、お腹のあたりに隠れています、はい。


 なぜだかセントラエムは、実体のままでいたがっているようだ。


 分身と合流して、実体のない状態に戻ればいいのに。


「ウル、こっちにきなさい」

「・・・」


 ウルが顔だけ、ちらりとこちらを向ける。


「いいから。全部分かってるから」

「・・・はい」


 ウルが、しぶしぶ、という感じで、ゆっくりこっちに来る。両手は、おなかをかばうようにしている。それがバレバレになっている原因なんだが・・・。


 さて、と。


「まず、言っておくけれど、ウルは何も悪くない。いいか、ウルは悪くない」

「ウル、叱られない?」


「ああ、大丈夫だ、心配するな。ウルは悪くない」

「ウル、悪くない?」


「そうだ。悪いのは、女神さまだ」

「・・・女神さまは悪くない」


 ・・・かばうなあ。


 セントラエムめ。純真なウルを困らせやがって。

 ウルの優しさに甘えるなよ、もう。


 おれは、ウルの貫頭衣の下から腕を入れて、ウルのお腹に隠れているセントラエムの実体、フィギュアサイズを掴んだ。


「あ、だめです、スグル! だめです、そこ、触らないでください! だめですってば!」


 うるさい。

 問答無用だ。


 アイラが目を丸くしている。


「うるさい、セントラエム。純真なウルをたぶらかして、どうするつもりだ。もうちょっと、女神らしい行動をしろよ」

「ああ、ひどいです・・・」


 おれは、ウルのお腹から、セントラエムを引っ張り出して、ぶらさげた。


 左足の足首をおれに掴まれて、セントラエム、フィギュアサイズ、体長十五センチモデルは、逆さ吊りになっていた。

 セントラエムは右手で前の大切なところ、左手でおしりを押さえて、服がめくれないように頑張っている。


「スグル、離してください、ひどいです・・・。こんなの、ひどいです・・・」


 いやいや、ちょっと待て。


 そもそも、セントラエムがこそこそ逃げて、本体と分身を合流させないから、こういうことになったんじゃないのか?


 まあ、かわいいから、ちょっといじわるをしたくなったという点について、否定はしない。


 ちょっとだ。

 ちょっとだけだから。


 でも、必死で服がめくれないように耐えているのも、かわいい。


「・・・オーバ、その、小さい生き物は、本当に、女神さまなのよね?」


 あ、そうか。アイラは実体化したセントラエムを見るのは初めてなのか。


 いや、アイラだけじゃないな。

 他のみんなも、実体化した、フィギュアサイズのセントラエムを見るのは、初めてだ。


「女神だけど、まあ、なんて言うか・・・」

「・・・スグル、あやまります。あやまりますから、もう下ろしてください。せめて、普通に立たせてください!」


「本当に反省してるのか?」

「してます、してます。反省していますから、地面に立たせてください~」


 まったく。

 どういう感覚で、ウルに匿ってもらおうとしたのやら。


 おれはがっつりと、親指と人差指をセントラエムの脇の下に差し込み、上半身をがばっと掴んだ。


「スグル! スグル! 掴んでます! 胸を掴んでます! ダメです! そういうのはダメです!」

「うるさい。胸をつかんでるんじゃない。上半身を握ってるだけだ。ごちゃごちゃ言わない」


 くるり、とセントラエムを回転させて、正しい上下にする。

 そのまま、地面にとん、と下ろして、立たせる。


 ようやく、セントラエムは服を押さえていた両手を離した。


「オーバ、本当に、女神さま・・・なのよ、ね?」


 アイラは視線をおれとセントラエムの間で行き来させながら、疑いの言葉を発した。

 おれが答えるよりも早く、セントラエムが話しかけた。


「アイラ。身体の調子はどうですか? お腹の子どもはとても順調に成長していますね。元気なスグルの子を産みなさい。待っていますよ」

「・・・あ、はい。女神さま、ですよ、ね?」


 アイラは、セントラエムが女神かどうか、まだ半信半疑になっているらしい。


 セントラエムも、疑われていることに気づいた。ちょっと遅い。

 少し、不満そうな表情だ。


 いやいや、そこは自分の責任ですよ、セントラエム!


「・・・アイラ。三日前に、こっそり棒術の練習をして、それがクマラにばれて、ものすごく叱られていましたよね?」

「そ、それは、オーバに聞かせちゃ、ダメです!」


「あと、オーバが大草原に出発する前日、シエラとオーバと三人で寝ていたときに、シエラにやきもちを焼いて、寝ているシエラとオーバの間に割って入りましたよね? その後、落ち着いて考えて、シエラの頭をなでてから、元の位置に戻りましたが・・・」

「どうしてそれを!」


「・・・それは、私が女神で、この村を見守っているからです。アイラが私のことを女神だと認めないので、今のことをスグルに聞かせようとしたまでのことです。まだまだ他にもいろいろと、知っていることはありますが・・・」

「し、信じます! 信じています! 女神さまで、間違いありません!」


 アイラがセントラエムに屈服した。


 まだまだ、何があるんだろうか。

 気になる。

 気になり過ぎる。


 あんまりアイラを動揺させないでほしい。

 お腹の子に何かあったらどうしてくれる・・・。


「分かってくれればよいのです。それから、今後、わたしがスグルにいじめられているときは、助けるようにしてください」

「は、はい。そのようにいたします」


 アイラ、そこまで下手に出なくてもいいと思うぞ・・・。

 どんな弱みを握られているんだ?


「・・・女神さま、ごめんなさい、オーバに・・・」

「ウル。小さなウルには、仕方がありません。悪いのは全てスグルです」


「待て待て、悪いのは全てセントラエム、おまえだろ?」

「どうしてわたしが悪いのですか?」


「隠れて逃げようとしたじゃないか」

「逃げようとしたのではありません。隠れただけです」

「同じだよ」


「むぅ。隠れただけだというのは事実です。ウルと一緒にいただけで、どこかに行こうとした訳ではありませんから」

「いいから、もう実体化を解いて、本体と合流しろよ」

「そんな、ひどいです、スグル。せっかく、みんなと一緒にいられる状態なのに」


 首をかしげていたアイラが、おれの肩をそっと叩いた。


「オーバ、女神さまと話すとき、みんなに分かる言葉で話せないの?」

「ん?」


 あれ?

 どういうことだ?


「アイラ、どういう意味?」

「そのままの意味よ? だってオーバ、女神さまと話すときは、わたしたちにはよく分からない言葉で話してるわよ?」


 えっと・・・。

 意識してなかったが、何語を話していたんだ?


 ・・・言語設定は、転生時のままですから、私との対話はスグルの現地語である日本語になっています。


 お、セントラエム本体か。


 見えない方が話しかけてきてくれた。


 ・・・とりあえず、スグル。今すぐ私の分身を捕まえてください。


 了解。


 あ、逃げる・・・。


 危機を察知したフィギュアサイズ手乗りセントラエムがくるっと反転して走り出した。


 ・・・残念でした。





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