第39話 女神が実体化して触れる場合(1)



「オーバ、男の子たちを、滝へ」


 クマラがいつも通りの小さな声でそう言った。


 滝? と思ったが、先に滝シャワーを浴びてこい、ということらしい。

 そう言われてみれば、大草原ではろくに体を拭いたこともない。


 ジルとウルが、ジッドやノイハに指示を出して、イノシシの解体を進めている。


 羊はロープを木に結んで、そのまま放置。その辺の草を食べているから、あまり問題はなさそうだ。


 おれは、ナルカン氏族の男の子たちを連れて、上流へ進み、滝を目指した。

 途中、実験水田が目に入る。現在、実験水田は八面ある。四面一組で、最初の実験水田から順に、左回りで少しずつ、低くしてある。まさに田の字のように、実験水田は配置されていた。

 八面あるので、田の字を2回分、水田はある。最初に田植えをした第一部分は、もう収穫できそうな気がする。


 おれは第一実験水田と第二実験水田の仕切りを取り除いて、第一実験水田の水を流した。ここまで育った状態なら、もう水はいらないはずだ。二、三日したら稲刈りを始めると決意した。


 おれを待っていた少年たちが、不思議そうに見ていた。


 大草原のナルカン氏族では、農耕は行われていなかった。何をしているのか、全く分からなかったのだろう。

 そもそも、大草原では水田による稲作は不可能だと思う。いや、かんがい設備を整えたら、穀倉地帯になるのだろうか。


 滝を見た少年たちは歓声を上げた。


 水が流れ落ちてくる光景は、生まれて初めて見たのだろう。

 すっごく感動しているらしい。

 目がきらきらしている。

 こんなに生き生きした目をするとは、予想外だ。


 早く、アコンの村に慣れて、生き生きした目で毎日を過ごしてほしいと思う。


 おれは少年たちに服を脱ぐように伝え、おれが一番に服を脱いだ。

 そのまま、滝に向かって水の中を進み、滝シャワーで全身を洗い流す。特に、頭は念入りに洗った。


 久しぶりの滝シャワーは最高だった。


 こうすると、前世で入っていた風呂が懐かしい。こっちでは、まだ一度も湯につかったことがない。いつか、実現させるとしよう。


 少年たちも、おそるおそる、滝へと近づいてきたので、一人ずつ、滝シャワーを教えながら、手伝ってやる。冷たさや気持ちよさで歓声が続く。


 すっごい笑顔。


 どうして、今まで見せてくれなかったのか、って、まあ、そうだよな。


 買われてきた、売られてきたのだ。

 笑っていられるもんじゃない。


 できるだけ、この子たちをいたわってやろう。


 滝シャワーを終えて、水から出ると、ムッドとセイハが待っていた。


 少年たちに、おしりが隠れるくらいの短めの貫頭衣と、膝より少し長めのハーフパンツが渡されていく。ハーフパンツは腰紐を結んで、上の部分を折り返す。その上に貫頭衣を着る。


 この生地は「荒目布」だ。大草原では羊二十頭で取り引きされた高価な布が、実は奴隷扱いの少年たちに、無償で配られている。


 これも全て、クマラの作戦なのだろう。ジッドやアイラとも、よく相談したに違いない。


 少年たちは、新しい服に感動している。いつかはこれが当たり前になっていくのかもしれないが、今、この村に来た瞬間に、この服を着たことは忘れないだろう。

 大草原よりも暑い大森林では、これまでの羊毛の服では、少し暑いというのも、気にしていたからとても助かる。


 少年たちが全員着替えると、今度は交代でリイムとエイムがケーナに連れられてやって来た。


 おれたちは、滝を離れて、イノシシを解体しているところへ移動する。


 おそらく、リイムとエイムにも、「荒目布」での新しい服が用意されているのだろう。

 あの二人は、ナルカン氏族のテントで、「荒目布」に感動していたから、きっと喜ぶに違いない。クマラの新しい村人掌握作戦は、成功間違いなし、だ。


 クマラの知謀、おそるべし。


 良かった、婚約者で。

 良かった、敵じゃなくて味方で。






 リイムとエイムの滝シャワーは長かった。最初はケーナだけが付き添っていたようだが、途中からはクマラも滝へと移動していた。


 少年たちと、年少組が、言葉を交わす。どちらもカタコトだが、意思の疎通はできるようだ。この世代はとにかくこういう交流があれば、言語の壁はすぐに越えられるだろう。


 おれは、アイラのところに行って、隣に座り、何も言わずに、そっとアイラのお腹に触れた。


 アイラも、何も言わずに、自分の手をおれの手に重ねる。


 あ、この服は・・・。


「これ、「極目布」の服だな・・・」

「クマラが、作ってくれたのよ。まだ、わたしだけってところは、ちょっと申し訳ないわよね」


「そっか」

「昨日、クマラは、ジッドから一本取ったわよ」

「ええっ?」


 さすがにそれは、驚いた。


「剣術? 棒術?」

「剣術は無理でしょ、いくらなんでも。棒術でもなくて、無手。拳法で一本取ったの」


「ジッドは・・・」

「すごく落ち込んでたわね」


 くすくす、とアイラは笑った。


「ところで、さっきから、何をきょろきょろしてるのよ?」

「女神を探してるんだ」


「女神さまを?」

「さっき、滝で服を脱いだとき、どっかに行ったんだけれど」


「どっかに行った? よく分からないけれど、オーバが服を脱いだからじゃないの?」

「そんなことで動揺する女神じゃないからな。さてと、どこに逃げたか?」


「逃げる? オーバから? 女神さまが?」

「あの女神は、そういうところがあるんだ」


「まさか!」

「あるんだ。アイラたちはまだ知らないだけだ」

「ふーん・・・」


 おれは、どこかに怪しい行動をしている者がいないか、探した。


 ジルは・・・いつも通り。ノイハは、いつも変だから、いつも通り。クマラは、こういう隠しごとはしない。アイラは今話して、対象外だ。シエラは・・・まあ、まだ信仰スキルが身について間がないから、そこまでセントラエムが甘えることもないし・・・。


 ・・・あ、怪しい人がいた。





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