第38話 女神が二人同時でも熱心に勧めてくる場合(3)



 次の日も同じ。


 女神に祈り、体操をして、川沿いを走って、途中から馬に乗って、ひたすら南下。

 ようやく、大森林の濃厚な緑が、遠くに見えてきた。


 羊のスピードに合わせての移動だったが、虹池に到着。


 馬たちは、虹池が気に入ったらしい。

 首の動きで、ここに棲んでもいいか、と聞かれている気がする。


 んー、どうなんだろうか。


 いつかは、ここにも人が住むようにはしたいのだけれど。

 今は、誰も使わないところではある。


 ま、いいか。


 森へは入らないように言い聞かせて、この近辺で棲むのを認めた。ということが伝わったと思う。


 適齢期乙女は、小川に入りっぱなし。

 目的は、色川石。


 あるところには、ある。だから、大森林では、色川石に価値はほとんどない。


 しかし、大草原からやってきたリイムとエイムにとっては、貴重な石としか思えない。


 まあ、どれだけ採っても、なくなりはしないだろうから、好きなだけ採ってくれたらいい。


 あ、少年たちにも命令して採り始めた。

 やれやれ。


 おれは薪を拾い集めて、平石を用意した。


 いつもの焼肉で今夜は食べる。

 これも好評。銅剣を使わなかったので、エイムの表情はいつもよりも良かった。


 馬たちと一緒に寝るのは、今夜まで。

 ここまで、どうもありがとう。






 翌朝、女神への祈り、体操と、虹池の周囲を往復して走るランニングを終えて、おれたちは羊にロープを結んだ。


 それから、森の中へと進んでいく。


 脳筋馬も、付いて来ようとしたが、手で押し止めた。


 また、会いに来るので、心配は入らない。

 安心して、虹池で出産と子育てをするように。


 森を進み続けると、大草原とはちがう、暑さに少年たちが苦しそうだった。


「確かに、暑い・・・」


 リイムがぼやく。


「これでも、涼しくなった方だけれどな」

「え、そうなんですか?」


 エイムが驚く。


 虹池で水は大量に補充したので、しっかり水分を補給させる。合わせて、岩塩もなめさせておく。


 大森林の中は、直射日光を浴びることは少ないが、じっとりと暑い。

 大草原から戻ってきたから、今までは気にならなかった暑さを特に感じる。


 森の中の移動は、馬ペースでも羊ペースでもなく、人間ペースで、しかも少年ペースだ。


 休憩の度に、木のぼりロープでの木のぼりを教える。なかなかできない。考えてみると、大草原には極端に木が少ない。

 リイムとエイムはあきらめ気味だ。まあ、今は、大牙虎の脅威もないから、そこまで大きな問題にはならないけれど。


 今日は獅子焼肉のラスト。

 美味しく召し上がれ。


 夜は、おれ一人、樹上で寝る。セントラエムとゆっくり話すため、ということもあるが、久しぶりに樹上の感覚を味わいたかったというのが本音だ。


 翌朝、女神への祈りと、体操。ランニングは、迷子とかになっては困るので、なし。


 ひたすら歩いて、休憩しては木のぼり、の繰り返し。

 そういえば、虹池からこんな風に帰ったことがあったなあ、と懐かしく思う。


「この森、どっちがどっちなのか、分からなくて、怖い」

「リイム、ここの王たる、オオバに失礼ですよ」

「あ、ごめんなさい」


「いや、そういうことは気にしなくていい。まあ、この森で迷うことを考えたら、おれたちの村に攻め込むなんて、無謀なことは大草原の氏族にはやめてもらいたいもんだな」

「・・・攻め込むことなんて、ないと思います」

「そっか」


 エイムが何をどう思って、そう答えたのかは分からないが、そうあってほしいと思う。


「馬を置いてきたのも納得」

「そうね」


 リイムとエイムは、それでも話す余裕がある。


 少年たちは、体力的にぎりぎりだろう。


 羊を結んだロープは十本全て、おれが握っている。

 短く握って、羊を密集させて歩いている。


 ロープを伸ばすと、木にぐるぐると巻きついてしまったり、てんでばらばらな方向に進んでしまったりするからだ。


 森の中で二回目の野営。


 焼肉は品切れで、今日はかぼちゃを煮込んだものとパイナップル。パイナップルは疲れが取れるだろうと思って追加した。


 かぼちゃはナルカン氏族にも人気だ。


 食文化はかなりちがうらしいが、今のところ、大きく外れてはいないようだ。


 セントラエムを通じて、ジルには明日着くと連絡済み。


 おれはやっぱり、樹上で寝た。


 ハンモックが気になるリイムの弟ガウラが、何か言いたい感じだったので、ハンモックで寝るかと聞いてみると、目を輝かせた。


 ガウラは頑張って木にのぼり、おそるおそるハンモックの中へ。落ちないように結んでみの虫状態にして、おやすみなさい。


 もちろん、翌朝はほどいてあげましたよ。いじわるなんて、しませんから。


 大森林の朝は、神秘的な感じがする。

 マイナスイオンがあふれているのだろうか。


 清浄な空気の中、女神への祈りを捧げる。ジルがいないので、他の者の導き手として、おれ自身が意外とまじめに祈りを捧げている。


 それからいつもの体操。もう、みんな体操は覚えたらしい。

 これで、アコンの村に合流しても、朝は大丈夫だろう。


 今日、アコンの村に着くと宣言して、移動を開始。


 心なしか、歩くペースが上がったので、休憩を減らして歩き続けた。


 大草原とのちがいに、戸惑いは大きいだろう。


 特に、成人目前の二人にとっては。


 少年たちは、これから馴染んでいけばいい。


 新しい生活が、リイムやエイムにとって、どういうものになるのか。

 どうなるのかは分からない。

 それでも、やっていくしかない。


 少なくとも、おれ個人としては、リイムと、虹池の村出身のサーラとが、似てるんじゃないかということに不安を感じていたのだが、リイムの方がよっぽど素直で、前向きだったことに安堵していたのだった。


 稲が自生している池を通過。

 稲穂は全部落ちたらしい。


 そのまま、小川をさかのぼって歩いていく。

 あと少しだ。


 というか、もう、おれにとっては、いつもの場所のひとつ。


 今回、一応、余所者を迎え入れるということで、大森林の奥地まで、分かりにくいルートを選んで進んできた。


 まあ、この森を一人で行動しようという考えは、持ってはならないと分かっただろう。


 いつもの河原が見える。


 アイラが、クマラが、手を振っている。


 噂の天才剣士は、弓の天才と一緒に・・・あれは、イノシシか?


 ということは、タイガに狩らせたんだな、全く。


 こいつら、歓迎会の準備をしてやがる。


 しかも、自分が肉を食うために。

 食いしん坊だな、本当に。


 おれも、アイラやクマラに手を振って応え、新しい村人たちを振り返った。


「ようこそ、女神の守りを受けた、アコンの村へ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る