第38話 女神が二人同時でも熱心に勧めてくる場合(2)
アイラの妊娠が発覚して、おれは、我慢を続けてきた。
もちろん、性欲はある。
人並みか、それ以上には、ある。
しかも、しばらくぶりだ。
これはまずい。
流されそうだ。
「朝、たっぷり、食べました」
「はい。あれで、今夜は眠れないはずです」
あれって、レバーのことか?
レバーって、精力剤なの?
そんな効果、たぶん、ないと思うけれど・・・。
まあ、大草原の氏族たちの、思い込みがそうなのであれば、そういう効果は心理的に出てしまうのだろうけれど。
それに、これこそが、ニイムの狙い、という気がする。
送り込んだ娘が、おれの子を産むということ。
そして、おれの胸元に隠れているセントラエムは、スキル獲得実験だととらえているので、この状況を止めようとはしないだろう。
思えば、アイラの時は、いきなり唇を奪われ、胸を押し当てられ、その結果として、思考力が麻痺していた気がする。
そう考えると、今は、こういう状況でも、冷静だな、うん。
もはや「D」ではないから、だろうなあ。
まあ、少年たちの教育上、まだ早い、ということを心の中の言い訳にでもしよう。
そうしよう。
「はなれろ、リイム、エイム」
おれは冷たくなり過ぎないように、そう言った。
二人が、ピシリという音でも立てたかのように、固まる。
はなれろと言ったのに、固まったのではなれてくれない。
「いいか、もう一度言う。はなれろ、リイム、エイム」
ゆっくり、言い聞かせるように、言う。
リイムとエイムが、ゆっくりと、はなれていく。
・・・正直な気持ちを言えば、少し残念では、あったりもする。
「オオバ・・・」
「だめなのでしょうか・・・」
あきらめが悪い二人。
こんな感じでせまられるのは、悪い気はしないのだけれど。
「今はまだ、危険な旅路の中だ。二人は気づいてなかったかもしれないが、昨日の夜も、その前の夜も、この群れは獅子の夜襲を受けていた」
「獅子の夜襲・・・」
「そんな・・・」
「だから、今朝、獅子の群れを襲って、その主を倒し、群れを追い払った。そういうことだ。安全な旅ではない。そのことを忘れるな。油断して、女におぼれている暇など、ない」
「そうでしたか・・・」
エイムがうなずいた。「勇者に油断なし、とはこのことです。ますます感服いたしました。わたしの非礼をお詫びします」
「エイム、ずるいっ。いつも、そうやって、いい子になって」
「リイム、静かにしましょう。オオバはわたしたちの主さまです。オオバの命に逆らうのは、氏族のためにはなりません。リイムがオオバの怒りを受けて、氏族へ戻されたら、大森林とナルカン氏族の戦になります。オオバを敵に回して、ナルカン氏族に生き延びる道はありません。姻戚関係を頼って、連合を組んだとしても、それも無駄でしょう。滅びるまでの時間がわずかに伸びるだけのこと。リイム、あなたは、あの時、氏族の男たちが打ちのめされた姿を見て、何も思わなかったのですか?」
「思ったわ、もちろん。だから、ニイムおばあさまの言葉に素直に従ったし、オオバの子がほしいの。強い子を産みたいもの。間違ってるっていうの?」
やっぱり、ニイムからは、そういうことが言われていたのか。
まあ、そこは、少し訂正を。
「いいか、二人とも。おれは、十五歳くらいの女の子を要求したが、それは、おれのためじゃない」
「えっ?」
「そうなのですか?」
「そもそも、一人の予定だったのが、どっかの誰かの父親が族長くんをそそのかして、交渉よりも強奪って感じにしたから、たまたま二人になっただけだ。「荒目布」を二枚、ナルカン氏族に渡したのは、こっちとしては手違いみたいなもんだ」
「・・・申し訳ありません」
「むー・・・、そうすると、エイムなしで、わたしだけがここにいたかもって、ことじゃないの? オオバを一人占め、みたいな感じで」
「いや、それはないな」
「・・・どういうこと?」
「つまり、女の子が一人って場合は、おれとナルカン氏族は戦っていないってことだ」
「分からないんだけど?」
「・・・リイム、少し控えましょう。オオバが言いたいのは、オオバとナルカン氏族が争わずに交渉した場合、口減らしとして女の子を布と交換したとしても、それはわたしたち以外の女の子になる、ということです」
「・・・ああ、そういうこと。つまり、出戻りの誰かが差し出されてたって、ことね」
「おれたちの予定では、戦ったとしても、そうなるはずだった。リイムやエイムは、氏族の宝だろうしな」
「えへへ」
「それほどでも、ありませんが」
「それを送り出す決断をしたのは、ニイムなんだろ?」
「はい。ニイムおばあさまの命令に、族長のドウラは全く逆らえませんから」
「まあ、妹としては、情けない兄なの」
「ニイムの勘違いは、差し出した女の子がおれのものになるって考えたところだ」
「オオバのものには、なれないってこと?」
「・・・なんというか、うちの村にも、いろいろと事情があってだな。もう成人しているノイハに嫁がいないし、もうすぐ成人するセイハにも、嫁の当てがない。だから、大草原から嫁を探してこよう、というのが今回のおれの旅の目的だ」
「あ、そういうことでしたか。それは、困りましたね」
「どうして困るのよ?」
リイムがエイムに尋ねる。
二人は同い年の従姉妹同士なのだが、エイムが姉、リイムが妹、という感じだろうか。
「わたしたちは、オオバと結ばれ、オオバと子をなし、氏族を遠くから援護する、というのが、ニイムおばあさまの考えた、ナルカン氏族のための策です」
「それは分かってる」
「ですが、オオバは、大森林の、自分以外の男に、嫁を連れて帰るつもりなのです」
「・・・それがどういうことなの?」
「わたしや、リイムは、オオバ以外の男に嫁ぐ、ということです」
「ええーっ?」
「そして、それは、オオバの自由、です。なぜなら、わたしたちは、オオバを主として、氏族から差し出された者ですから」
エイムは冷静にそこまで言い切ったが、後半は冷静ではなかった。「いつまでも嫁に出されず、そのうち、これはもう氏族に残るのだと分かって結婚をあきらめていたところに、オオバが現れて・・・。せっかく、すごい夫と巡り合えたと思ったのに・・・。実はただの奴隷扱いだったなんて・・・」
そこは、おれの責任ではない。
ニイムの認識の誤りだ。
・・・それとも、おれは、女が欲しそうな顔でもしていたのだろうか。
まあ、この二人がどういう扱いを受けたとしても、ニイムから文句が出ることはない、ということは理解できる。
勘違いしたのはニイムの方だからだ。
恨むのなら、ニイムを恨んでほしい。
「わたしたちって、奴隷扱いなの?」
「ま、形式上は、そうだな。物々交換で、渡された品物だ」
「・・・そうよね。今までだって、いろんな子たちが、そうやって、いろいろな氏族へ送られたり、辺境都市へ送られたりしたんだから、わたしだけ、特別なはず、ないか」
「オオバ、今、形式上は・・・と言いませんでしたか?」
「ん・・・まあね。リイムも、エイムも、それにバイズやガウラたち、ナルカン氏族の男の子も、アコンの村にくれば、実質上は奴隷ではなく、ごく普通に村人として、暮らしてもらう。うちの村は、ある意味では特殊な村だけれどね」
「・・・意外です」
「何が?」
「大草原では、そういうことは、あり得ないでしょうから」
「そうか。そりゃ、どうも」
「ところで、オオバ」
「何?」
「大草原では、族長の妻が、氏族の誰かに下賜されて、妻となるということが普通にあります。ですから、今からわたしたちを妻にして、それから、その、ノイハさんやセイハさんと娶わせるということもできると思うのですが・・・」
何それ?
何なの、その族長お得設定?
女に飽きたら部下にぽい、みたいな感じ?
「そうすることで、氏族の忠誠が高くなるのです」
無茶苦茶だなあ、大草原は。
「うちの村では、そういうことはないから」
「・・・残念です」
「もう、自分の馬のところに戻れ。馬との信頼関係がないと、いざというとき、命に関わる。それに、まだまだ旅は続くからな」
おれはそう言って、二人を追い払った。
それと、うちの村から、大草原に嫁に出すのはなし、と決めた。
翌朝、女神への祈りを教え、体操をしてから、川沿いを約三キロくらい、走って南下。それから馬に乗って、羊のスピードに合わせて移動。
途中、対岸にバッファローらしき動物の群れを発見。
互いに関わり合うことなく、通過した。
陽が傾いて、野営準備。
今日の焼肉は、パイナップル漬け。
これも好評。ちなみに、明日も同じ。明後日も同じ。
銅剣が肉串になるのは、エイムが複雑そうな思いのある視線で見ていたが、文句は言わない。
カタカナを練習してから、夕日が沈むと、乗馬とともに寝る。
リイムとエイムは、来なかった。
安心したような、残念なような。
セントラエムは二人を呼べと、さかんに訴えていたが、それは無視。不思議と腹は立たない。しかし、フィギュアサイズとはいえ実体化しているセントラエムの前でナニをするというのはどうか。考えられない。おかしい。
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