第36話 手乗りサイズの女神が超かわいい場合(3)
それから、脳筋馬の背に座って、ナルカン氏族のみなさんを見下ろしていた。
他の馬たちも、おれが連れ帰る男の子たちと女の子たちをそれぞれ、乗せてくれている。
羊のロープは、誰も乗せていないオス馬にしっかりと結んだ。羊はおびえているものの、逃げ出したりはしていない。
「二十頭の羊を連れ帰るなどと、ただ脅しなのだと思っておりましたが・・・」
ニイムが頭を下げた。
おやおや、駆け引きもなく、正直に言っていいのかな?
「嘘偽りなど、どこにもなかったのですね。オオバどののお力、もはや疑いの余地はありません。大森林の王よ、我が氏族の子らをよろしくお願いします」
「王、ね。確かに、大森林の王になると、自覚はしているけれど、実感はないんだよ」
「大森林だけでなく、大草原も統べられることでしょう」
「ほめすぎでしょ、それは」
「いいえ。もう、わたしめが何も言わなくとも、ナルカン氏族の者は、オオバどのに従うでしょう。何せ、大草原の誰にも従わなかった「荒くれ」の背に乗り、その群れの全てを従えているのですから」
「・・・荒くれって、こいつのこと、だね?」
「ええ、そうです。「荒くれ」の群れには手を出さない。それが大草原に住むわたしどもの考えでした。それに、大草原のどの氏族でも、多くて馬は五、六頭しか、飼い慣らしておりません。三十頭近い馬の群れが丸ごと従うなど、わたしめの常識ではもはやオオバどのをはかることなどできませぬ」
そういうもんなのか。
もっとたくさん、馬を飼って、騎馬軍団を形成しているイメージだったんだけれど。
モンゴル帝国みたいな、そんな感じで。
大草原だもんな。
しかし、大森林が縄文時代くらいの段階からだったんだから、羊で牧畜をしていた大草原の方が進んでいるのかも、とか、勝手に思っていたのにな。
金属器もあるし、ね。
まあ、大草原で生産している訳ではない、ということはよく分かったけれど。
「それじゃ、帰るよ」
「オオバどの」
「ん?」
「あの者には、ナルカン氏族は、いつでも、そなたをかくまう用意がある、と」
「・・・さあ? なんのことかな」
「あれは、我ら、大草原の者、みなの罪です」
ニイムが神妙な顔で、小さくつぶやいた。
過去に、何があったのか、おれは知らない。
でも、さ・・・。
「・・・ニイムが言う、あの者ってのが、おれの知っている誰かだったとして・・・」
おれは、笑って、言った。「あいつは、あの食いしん坊は、今、すっごく楽しそうにしているってことは、よく分かるんだよ」
「っ!」
ニイムが、何か言おうとして、でも、言葉にはならなかった。
おれはそのまま、馬首を返して、ナルカン氏族のテントを後にした。
脳筋馬レベル5は、『苦痛耐性』スキルを身に付けて、レベル6になっていた。
アホか、こいつ。
まあ、いいけれど。
あれだけ痛い目に遭わせているのに、ずいぶんとおれに懐いている気がする。
不思議だ。
馬の群れは、羊の走るペースに合わせて、移動している。
先頭は脳筋馬。
油断すると、スピードアップしていくので、時々、木剣で脳筋馬の頭を叩いて、スピードをコントロールしている。
羊の走るスピードでの移動は、人間が走るよりは速く、馬が走るよりは遅い。
このペースなら、大草原を出て、大森林との境目までは、三日かかるかもしれない。
まあ、羊のペースじゃなく、馬のペースになったとしたら、ナルカン氏族の子たちも、馬の上にはいられないのだろうと思う。
だから、羊のペースでちょうどいいのだろう。
陽が沈む前に、群れを止めて、休む。
水を馬たちに、羊たちに与える。
もちろん、ナルカン氏族の子たちにも、水を与える。
・・・水だけじゃなく、干し肉と、パイナップル。
お馴染みの反応があった。
パイナップルの見た目に拒絶。
切り割って、中の色にびっくり。
食べてその味に二度びっくり。
結果として、パイナップルは大好評を得た。
・・・いつか、トマトを食べさせてやろう。
そのうち、アコンの村の食事に慣れたら、どうなってしまうんだろうか。
ガウラ、バイズ、リイズ、マイル、リイム、エイムにそれぞれ、自分の名前のカタカナを教えて、何度も何度も、くり返し、練習させる。
夕日が沈む頃には、馬にもたれるような姿勢で、みな、眠りにつく。
ひょっこり、セントラエムがおれの首元に顔を出した。
残念ながら、その位置では、かわいいセントラエムが見えない。
おれはセントラエムを掴んで、首元から取り出した。
「あ、スグル、ちょっと・・・」
そのまま、手の平の上に立たせる。
「もう、強引ではないかと思います。もう少し、優しい取扱いを希望します」
かわいい。
両手を腰に当てて、ぷんすかと怒っている。
これもまた、かわいい。
手乗りセントラエム。
体長十五センチメートル。
生身で、自分の意思を持ち、動く、フィギュア。
いや、フィギュアじゃないか。
確かに、手の平に重みを感じる。
守護神として、見えない状態で背後霊のように控えていたときとは、全くちがう、この感覚。
実体化している、という現実。
そういうスキルを身に付けた、と、セントラエムはいう。
いや、とにかく、かわいい。
なんだ、この可愛さは。
怖ろしい。
オタクと呼ばれる人たちが、フィギュアを愛する気持ちが、今なら分かるかもしれない。
おれもそうだけれど、セントラエムも、おれが転生したばかりの頃よりも、かなりレベルアップしている。そもそも、最初は初級神だったのに、途中で中級神になったくらいだ。
最初はできなかった、おれ以外への神術の行使も、信者の獲得、信者への加護という形で、可能になってきている。
「セントラエム、昨日の夜のことなんだけれど・・・」
「・・・あの、襲ってこようとしていた、獣たちのことでしょうか?」
「ああ、あれ、動物だったのか。見えないから、ひょっとしたら、ナルカン氏族の人たちだったのかと思ってたよ」
「彼らは、人間ですから、特殊な力がない限り、あの暗闇でまともに動けるはずがありません」
「そうだよな」
おかしな疑いをかけていました。
ナルカン氏族のみなさん、すみませんでした。
「アコンの村のようすは?」
「無事ですよ。変わりないようです。そもそも、大丈夫だと信じたから、大草原へと踏み出したのでしょう?」
「そうなんだけれど、心配は心配なんだ」
「・・・なんだか、転生したばかりの頃に、何度も何度も、危険はないかと尋ねられたことを思い出しました。懐かしいですね」
「そんなこともあったなあ・・・」
「それで、昨夜の獣を、スグルはどうしたいのですか?」
「ん、なんていうか、この馬たちに、懐かれちゃったし、ね。守ってやりたいというか、守ってやらないとっていうか、そういうことだよ」
「確かに、懐いていますね。もちろん、強者に守ってもらおうとして懐いている面もあるはずです。しかし、そうは言っても、暗闇でスグルにできることは限られていますね」
「うーん。何か、いい方法はないか?」
「それなら・・・」
セントラエムは、おれに、作戦を説明する。
おれも、その作戦にいくつか意見を述べて、お互いに議論を深め、改善策を出していく。
完全に陽が沈み、セントラエムの顔がよく見えなくなった頃、作戦は決まった。
「それでは、とりあえず、スグルは休んでください。昨夜と同じように、私がスグルを起こしますから」
「分かったよ」
おれは、素直にセントラエムの言葉に甘え、目を閉じた。
眠りに落ちるのは早かった。
どうせ、夜中に眠りは破られるんだろうけれど。
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