第37話 女神の作戦で獣を狩る場合(1)



 セントラエムに起こされ、『神界辞典』を使用し、スクリーンを起動した。

 さらに『鳥瞰図』と『範囲探索』で周囲の点滅を確認する。青い点滅を包囲するように、赤い点滅が移動中だ。


 ここは水場からはまだ遠い。


 セントラエムとの打ち合わせ通り、おれはかばんから石を取り出した。


 縮尺を切り替えて、敵の正確な位置を把握する。赤い点滅の数は九つあった。馬の群れが襲われる前に、思い切って、ぶうん、と石をぶん投げる。


 一頭、二頭と、石を当てる。石が直撃した赤い点滅は、きゃん、と鳴いて後退していく。五頭目に石が当たった直後、赤い点滅は全て、引き下がっていった。


 どうやら今夜の夜襲はあきらめたようだ。


 縮尺を切り替えて、撤退していく赤い点滅をスクリーン上で追い続ける。

 馬の群れから一定の距離をおいて、赤い点滅が集まる。中心にひとつ、その周りに八つ、赤い点滅が動きを止めている。


 中心にいるのが、この群れのリーダー格なのだろうと判断する。


 後退はしたが、一頭たりとも、欠けることはなかった。これで、明日も夜襲をかけてくるだろう。


 しかし、投石の対策はできていないらしい。まあ、スクリーンを使って、正確に投げてくるなんて思ってないだろうからな。


 明日の夜、もう一度追い払って、本番は明後日だ。


 それまで、追う側で楽しんでいるがいいさ。






 翌朝、再び馬上にて移動する。


 「荒くれ」の脳筋馬も学習できるらしく、今日はスピードが羊のペースで一定だ。木剣学習の成果かもしれない。まあ、単に、木剣で頭を叩かれたくない、というだけかもしれないけれど。


 朝からスクリーンは定位置で起動し、赤い点滅が一定の距離を保ちつつ追跡してきていることも把握できている。

 朝、起きてすぐ、投げた石を回収してある。血がついた石もあったので、それなりのダメージは与えられたのだろう。

 石を回収しておかないと、明日、投げる分がなくなってしまう。


 進行方向は、おれの指示に従って決まる。脳筋馬が、まっすぐ川へと進んでいる。


 まずは、川沿いへ行き、そのまま川に沿って虹池をめざす。


 三日、と考えていたが、四日くらいはかかりそうだ。それはそれで、ちょうどいい日数でもある。


 途中、その辺の草を食べさせる。馬と羊の関係は悪くない。大草原なら、馬や羊は食事に困ることはなさそうだ。


 おれたちが休憩で止まると、赤い点滅も停止する。


 かなり離れているのに、どうして休憩したのが分かるのだろうか、と疑問に思うが、答えらしい答えは見つからない。


 セントラエムに確認してみたが、おれのようなスクリーンで『鳥瞰図』を使うなどということは、獣にできるようなことではない、と言う。


 獣の本能か何かで察知している、ということかもしれない。もしくは聴力が発達している、とかいうタイプだろうか。


 昨日とちがって、今日の移動は、女の子たちが何かと話しかけてくるのが、ちょっと面倒だった。


 いちいち、オオバさま、オオバさま、と「さま」付けで呼んでくるので、初めは相手をしていたのだが、そのうち、さま付けで話しかけてきたら無視すると宣言して、さま付きの発言を禁止した。


 宣言通り、女の子たちが思わずオオバさまと言ったときは、おれは無視した。


 年少の男子たちは、おれに話しかけてこない。

 おれに話しかけるのは遠慮しなければならない、そういう空気感がある。さみしいことだ。


 そういう特別扱いはやめてほしい。しかし、セントラエムに言わせてみれば、それはおれ自身の行動の結果なのだと言われた。


 ナルカン氏族のテントの前で仕出かしたこと。


 それが女の子たちの積極的アプローチを生み、男の子たちの消極的で、奴隷的な反応へとつながっているのだと言う。まあ、その説明には、納得できる部分も多い。


 ひとつの氏族をたった一人で滅ぼしかけたのだ。


 そんな存在に対して、あっけらかんと親しげに話しかけてくる方が不自然だろう。


 どちらも、生存本能による。女の子たちは、種の保存本能で強い男を求めているし、男の子たちは生き延びるために強者に逆らわない道を選んでいる。


「わたしたちは、嫁入りをしたことはないです」


 今、話しているのは、リイム。族長くんの妹。


「そう。それで、近々嫁入りするってのは、誰のこと?」

「嫁入りするのは、モイムです」


「モイムは何歳なの?」

「10歳です」


 やっぱ、早いよ、それは。


 大草原のしきたりって、発展しにくいようになってないか?


 幼女婚が地域の伝統だとはいえ、それで、妊娠しなかったら離婚して出戻りになるなんて、やっぱりおかしいと思う。


「モイムはわたしの妹です」


 今、しゃべったのはエイム。族長くんの従妹で、族長くんの叔父のバキバキ骨折男ガイズの娘。

 氏族の家族関係は複雑過ぎて分からん。

 少なくとも、父親の骨をあちこち骨折させた男に対して、エイムは特に何も思わないらしい。


「モイムは、どこの氏族に嫁入りするんだ?」

「セルカン氏族です」


 似たような名前ばっかりで、これまたよく分からん。


 ただし、ここで出てきた、セルカン氏族は重要だ。


「セルカン氏族は、どのあたりにいる氏族だ?」

「ナルカン氏族の勢力範囲からだと、スレイル川をはさんで北側に位置する氏族がセルカン氏族です」

「ふうん」


 名前だけ聞いても、いまいちよく分からないところだ。





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