第37話 女神の作戦で獣を狩る場合(2)
そういえば、いくつか、氏族の名前が上がっていた気がする。
「テラカン氏族の回し者だとか、ヤゾカン氏族やチルカン氏族が攻めてくるとか、そんな話が聞こえてたよな」
「よく覚えていますね。テラカン氏族、ヤゾカン氏族、チルカン氏族という三氏族は、わたしたちナルカン氏族と不仲な氏族です。羊の放牧地で争ったり、水場で争ったりします。テラカン氏族はスレイル川に沿って北東方面に、ヤゾカン氏族はスレイル川をはさんで北西方面にいます。チルカン氏族はナルカン氏族の南東方面が勢力範囲で、大森林から一番近い氏族ではないですか?」
へえ、そうだったのか。
なんか、知ってますよね、的な感じで言われてしまった。
知りませんよ、そんなことは。
「不仲な氏族が北東、北西、南東にいたら、囲まれてるじゃないか」
「三つくらい不仲な氏族がいるのは、大草原では普通のことです。その代わり、北のセルカン氏族、東のマニカン氏族、あと、離れているのですがヤゾカン氏族の西に位置するダリカン氏族とは、姻戚関係にあります。ニイムおばあさまはマニカン氏族から嫁入りされた方です。ただ、ダリカン氏族は、ヤゾカン氏族とも姻戚関係にありますが・・・」
エイムが言い淀む。
「ダリカン氏族は、ハシカン氏族、トリカン氏族、エレカン氏族と不仲で、隣り合うヤゾカン氏族との姻戚関係が重要だから、ナルカン氏族と不仲でもヤゾカン氏族との関係を大切にしたいのです」
エイムに代わってリイムが説明した。
また、ハシカン氏族、トリカン氏族、エレカン氏族と、新しい氏族名が出ましたよ。
もう、複雑過ぎる。
これ、覚えられるのだろうか。
ま、おれが覚えなくても、リイムとエイムが覚えているから、聞けばいいか。
「エレカン氏族といえば、「四方不仲」と呼ばれ、もっとも争いの絶えない氏族です」
リイムの口から出たエレカン氏族について、エイムが説明する。
「四方不仲?」
「ずるい、エイム。エレカン氏族のことはわたしが説明したかったのに」
ずるいのか?
氏族の説明にずるいとか、あるのか?
いや、それよりも「四方不仲」って何?
気になりますが?
「じゃ、リイムがしてよ」
「うん。オオバさま、エレカン氏族は・・・」
「リイム、さまを付けたら、お話は終了だったはずよ」
「あうう・・・」
エイムに指摘されたリイムがおれを見た。
おれはうなずいた。
リイムがうなだれた。
エイムは勝者の笑みを浮かべた。
「それじゃ、やっぱりわたしが説明しますよ。エレカン氏族は、大草原の諸部族の中で、一番、他の氏族と対立している氏族です。ダリカン氏族、アベカン氏族、ゴルカン氏族、セルカン氏族と不仲で、四方向に敵がいるので「四方不仲」と呼ばれています」
「姻戚関係はないのか?」
「トリカン氏族、ヤゾカン氏族とは姻戚関係にあります」
「ヤゾカン氏族は、また名前が出てきたな」
「ヤゾカン氏族は、わたしたちナルカン氏族、それとセルカン氏族とは不仲で対立していますが、隣り合うダリカン氏族、エレカン氏族と姻戚関係を結んでいますし、わたしたちナルカン氏族を包囲するように、テラカン氏族、チルカン氏族と姻戚関係を結んでいます。なかなか手強い氏族なのです」
「大草原にはいったい、いくつの氏族があるんだ?」
「十二氏族です」
「・・・もう、全部名前が出た気がするな」
「わたしたちナルカン氏族、それから、わたしたちとは不仲なテラカン氏族、チルカン氏族、ヤゾカン氏族、わたしたちと姻戚関係にあるセルカン氏族、マニカン氏族、ダリカン氏族、わたしたちから見て遠方に位置する、ハシカン氏族、トリカン氏族、アベカン氏族、ゴルカン氏族、そして、「四方不仲」のエレカン氏族。ああ、全部名前が出ていますね」
「エイムも、リイムも、なぜか、エレカン氏族にこだわるよな」
「はい。エレカン氏族は、争いが多い分、強い男が生まれる氏族と言われています。有名な天才剣士が生まれたのもエレカン氏族です」
「天才剣士?」
「大草原のどの氏族にも、太刀打ちできる者はいなかったと言われています」
「ふーん」
「しかし、エレカン氏族の三男に生まれたため、後継ぎになる可能性は低く、その力を十分に発揮できなかったと言われています」
「そうなんだ」
三男でも、氏族間の争いで活躍しそうなもんなんだけれど。
なんでだろう?
「リイムが話したかったのも、この天才剣士の話のはずです。わたしも、リイムも、会ったことなどないのですが、ニイムおばあさまから、よくお話を聞きましたから」
「三男なら、活躍できないって、変じゃないか」
「三男が、氏族間の争いで活躍すると、後継ぎ争いの種となりますから。実際、エレカン氏族では、後継ぎの長男が氏族内で暗殺され、二男も命の危険を感じてヤゾカン氏族のもとへ逃げました。ヤゾカン氏族は、ダリカン氏族、トリカン氏族、アベカン氏族、ゴルカン氏族、セルカン氏族という、不仲な氏族も姻戚関係にある氏族も合わせて、エレカン氏族の周りの全ての氏族の精兵をもって、エレカン氏族の二男とともにエレカン氏族のテントを急襲し、天才剣士に長男暗殺の責任を負わせます」
「うわあ、ひどい話だなあ・・・」
「ニイムおばあさまによると、天才剣士の力を怖れた周りの氏族は、はじめから結託して、天才剣士を排除するつもりだったそうです。ナルカン氏族にも派兵の要請がありましたが、ニイムおばあさまの反対で要請をはねのけた上に、派兵しようとしたテラカン氏族の一団を川沿いで襲って、川に沈めたそうです」
「おお、さすがだね、かっこいい。それで、暗殺の責任を問われた天才剣士はどうなったの?」
「テントを取り囲んだ六氏族の強者をものともせず、十人以上を圧倒的な剣技で打ちのめし、血路を開いて脱出し、どこかへ逃げたと言われています」
「強いねえ・・・」
うん。
これ、そうだよね。
ジッドの話だよね、たぶん。
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