第36話 手乗りサイズの女神が超かわいい場合(2)



 ニイムは、族長くんに指示を出して、氏族全体を動かし始めた。


「では、その布をいただいてもよろしいですか?」

「はい、これ。それと・・・」


 おれは「荒目布」をニイムに手渡し、それからかばんに手を入れる。


 もう一反の「荒目布」をかばんから取り出す。


「これも、あげるよ」

「・・・オオバどの」

「近々、嫁入りするんだろ? ま、祝いの品、みたいなもんだと思ってくれたらいい」


 ニイムが、おれの前にひざまずいた。

 慌てて、ニイムを支えていた二人の娘も、それにならう。


「・・・感服いたしました。ナルカン氏族の者では、あなたさまの度量に何ひとつ、及ばぬことでしょう。オオバどの。あなたさまは不要と思われるかもしれませぬが、わたしめが必ず、氏族の者に、大森林、アコンの村への忠誠を誓わせます。これより先、ナルカン氏族は、アコンの村のために」


「そんな、大袈裟な」

「いいえ。オオバどの。あなたさまには、王の資質がございます。王が現れたら、それに従うことが、氏族が生き抜く唯一の道。これ以上、氏族に道を誤らせる訳にはいきませぬ」


 ニイムの言葉を周りの者が聞いている。

 わざと、そうしているのだろう。


「今回の我が子、我が孫の無礼、重ねてお詫びをいたします。それにもかかわらず、最後には、わたしどもにも損のない取り引きをしてくださいました。この御恩、決して忘れませぬ」

「まあ、また来るから、その時まで、元気でいてください、女傑ニイム」


 ニイムが、ちらり、とおれを見た。

 おれは黙って、うなずいた。


 女傑ニイム、の一言で。

 これで伝わったはずだ。


 ジッドが生きていて、おれと関係がある、ということが。


 二人の女の子に支えられて立ち上がったニイムは、族長くんのドウラを蹴飛ばし、羊を集める作業を急がせた。






 羊が十頭。オスが四頭でメスが六頭。すべてに芋づるロープが、縄抜けできないように首と前足の付け根を絡めて、結んである。


 四人の男の子が、羊を結んだロープの先を離さないように握っている。

 三本のロープを握っている子と二本のロープを握っている子、体格のいい方が三本、という感じにしている。

 族長のドウラの弟、六男のガウラ5歳、骨折男ガイズの三男バイズ7歳でレベル1、四男リイズ5歳、あとはドウラのもう一人の叔父で既に死んでいるモイルの次男マイル5歳。

 モイルはおれが殺した訳ではない。というか、おれはナルカン氏族の誰一人として、殺してはいない。


 四人の少年たちは決死の表情だ。ニイムか誰かに、羊を逃がしたら殺されるよ、とでも言われているのかもしれない。


 驚いたのは、適齢期の女の子について。


 ジッドとの事前に打ち合わせた話では、出戻りの娘が選ばれるはずだということだった。つまり、一度、どこかの氏族に嫁いで、ナルカン氏族に戻された娘。相手の氏族で、子を産むことができなかった娘、だ。


 実際のところ、大草原では嫁入りが十歳くらいだという。いわゆる幼女婚だ。


 おれの前世の常識からすると、妊娠しないのは幼いからなんだが、二、三年、妊娠しないと、離婚して追い返されるらしい。


 馬鹿じゃないのか、と思うけれど、そういう慣習なのだという。

 だから、それぞれの氏族は、あまり人数が増えないのだろう。


 たまに早熟な女の子が妊娠して一人目を産むと、二人目、三人目、四人目と産んでいくうちに、女性らしい体つきになっていて、子だくさんになる。

 六、七人産むのが当たり前、十人くらい産む者もいるらしい。大草原ではそういうものだということだ。


 だから、出戻り娘を押しつけられたとしても、出戻った結果、ちょうど妊娠できる年齢になっているのだから、アコンの村としては問題がない、という考えだったのだが、ここから先はニイムによる予想外の人選が行われた。


 族長くんであるドウラの妹、リイム14歳、レベル2、未婚。

 骨折男ガイズの娘、エイム14歳、レベル2、未婚。


 出戻りではない、箱入り娘が差し出されたのである。


 あれ、この子たちには見覚えがある、と思ったら、ニイムを支えていた二人の女の子だった。どちらもニイムの孫娘にあたる。


 ・・・ナルカン氏族的には、お姫様的な立場、もしかすると巫女的な立場じゃないのだろうか?


 ニイムの意図が、気になるが、まあ、そこの人選は任せると言ったところなので、こっちから文句は言わない。


 なんか、また、火種を持ち帰るような気もするんだけれどね・・・。


 ナルカン氏族、総出での、盛大なお見送り。


 ニイムが、歓迎の宴を用意するから泊まっていってほしい、と言っていたが、それははっきりと断った。泊まるなんて、嫌な予感しか、しない。


 実は、今回の目的は、完遂している。

 あとは、とっととアコンの村へ帰るだけだ。


 見送りの言葉を受けていると、離れたところに、馬の姿が見えた。


 ああ、あれは脳筋馬レベル5だ。


 おれのことが心配で、見に来てくれたのだろうか?


 おれは、脳筋馬レベル5に大きく手を振った。

 あ、気づいたみたいだ。

 こっちに向かって、走ってくる。


 ・・・ん。


 群れの馬たちもついて来てるな。

 脳筋馬を先頭に、三十頭近い、群れ全体が、ナルカン氏族のテントに向かって殺到してくる。


 ナルカン氏族がざわつく。


「荒くれだ!」


 荒くれ?

 何、それ?


「円陣を組め! 女、子どもは後ろへ!」


 え、何?

 あいつらと戦う気なのか?


 羊がおびえて、パニックになっている。


 男の子たちは必死でロープを握り、羊たちを押さえ込む。


「あー、ちょっと待ってくれ」


 おれはのんびりとそう言って、円陣の間を割って進み、向かって来る馬の群れとナルカン氏族の間に立った。


「あの馬の群れは、おれの友だちだから、戦闘隊形は、やめてもらえるかな?」


 おれの手前で、脳筋馬レベル5が急停止し、後ろ足で立ち上がって、大きくいななく。


 ひひひーんっっっ!


 『威圧』スキルだ。


 おれには全く効かないけれど、羊たちや、ナルカン氏族のみなさんには、効果があったらしい。


 パニック状態が加速している。冷静なのはニイムくらいか。

 やれやれ。


 おれは今回も、脳筋馬についている「馬並み」の立派なイチモツを思いきり蹴り上げたのだった。






「あの、荒くれ、が・・・」

「人を背に乗せるなんて・・・」

「信じられん・・・」


 ナルカン氏族の人たちが、いろいろと勝手なことをつぶやいている。


 おれは、脳筋馬を神聖魔法で治療した後、一度落ち着かせてから、ナルカン氏族と争わないように言い聞かせた。


 話が通じたかどうかは、責任が持てないところだ。





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