第36話 手乗りサイズの女神が超かわいい場合(1)
「これは・・・」
「すごい・・・」
「きれい・・・」
おれが取り出した「荒目布」を見た、ニイムとニイムを支える二人が思わずそう言った。
どうやら、「荒目布」はなかなかの一品らしい。
女性陣の心を鷲掴みだ。
さすがはクマラ。
最高の特産物ができて、とても嬉しい。
ニイムたちは触りたいようだが、我慢しているらしい。
「触ってみるかい?」
「よいのですか?」
「触らずに何かと交換するってのは、さすがにひどい話だよな。それに、触れば、この布の価値がもっとはっきりと分かるはずだしね」
ニイムが手を伸ばす。
あとの二人も、おそるおそる、手を伸ばした。
「これは・・・」
ニイムが、触り、引っ張り、力を入れ・・・。
本当に遠慮しないな、おい。
「この白さ、この強さ、この柔らかさ。いったい、この布は何ですか、オオバどの?」
「おれたちは、「荒目布」って呼んでるけれどね」
「「荒目布」です、か・・・これで荒い、ということでしょうか?」
「まあ、うちの村で作る布の中では、ね」
「では、これ以上のものが、そちらの村にはあると?」
「・・・あることは、ある、かな」
「それは、どういう意味でしょう?」
「数がないから。取り引きの品にはならない。「荒目布」よりも品質がいい「本地布」や「極目布」は村の中だけでおしまいだね。よそに持ち出すことはないと思うよ」
「ああ、そういうことですか」
ニイムは納得した。
「しかし、「本地布」や「極目布」というのも、一度、見てみたいものです」
「持ってきてないからなあ。いつか、見せるだけなら、見せようか」
「その時まで、わたしめも生きながらえたいものです」
歳をとっても、女性は女性。おしゃれが気になる、ということだろうか。
ステキなことだ。
「はは、長生きしてください。あなたの孫じゃ、すぐにおれとの約束を破りそうだ」
「ドウラが約束を破りましたら、遠慮なく、ナルカン氏族を滅ぼしてくださいますように」
「ああ、そうさせてもらうよ」
おれの残酷な返答に、ニイムは当然だというようにうなずいた。
「まあ、そうなることはないと思います。オオバどのは強すぎました。見たところ、あの五人、誰もが三度、木剣で打たれておりました。剣を持つ手を砕き、逃げようとする足を折り、さらにはあばらや鎖骨を折ることでその心まで砕く。それを六対一で、しかも殺さずに・・・。あなたさまの相手になるような者は、この大草原のすべてを見渡しても、どこにもおりますまい」
へえ、さすがは、女傑ニイム。
そこまで、怪我したようすだけで判断していたとは。
「・・・ところで、オオバどの」
「ん?」
「ジッドという男を知りませんか?」
あ、その名が、ここできたか。
さてと、ジッドとの約束ではどうだったっけな・・・。
知らない、と答えるはずだった気がする。
・・・ニイムをごまかせる気はしないけれど。
「・・・ん」
おれは、何も言わないことにした。
なんか、この人に嘘をつくのは嫌だったのだ。
ニイムがおれをじっと見つめる。
おれは何も言わない。
「・・・いや、お忘れください。どうでもよいことでした」
「そう」
「それよりも、この布、どうかお譲り願いたい。近々、嫁に出す娘がございます。この布で着飾って嫁に出せば、相手の氏族も、どれほど大切にしてくれることか」
「ああ、もちろん。取り引き用に持ってきたのに、持って帰ったら売れ残ったみたいで、困るからな」
「では、羊五頭でいかがですか?」
「何言ってんの」
おれは、ニイムに笑いかけた。でも、話す内容は笑えないものだ。「羊二十頭と、男の子二人。そして十五歳くらいの娘が一人だよ。交渉の余地なし、だ。おれたちとニイムたちが対等に交渉するためには、最初からおれと争わずに交渉するべきだったな。今は、完全におれたちの力関係がはっきりした後だ。おれの方から、そっちに譲歩する必要は感じない。ちがうか、ニイム」
「・・・息子や孫は、しっかり育てなければならない、ということでしょうね。本当に残念なことです。オオバどのの言う通り、わたしどもは、交渉する立場にありません。ご無礼を申しました」
「それじゃ、これは・・・」
「お待ちください」
おれが「荒目布」を片付けようとすると、ニイムが止めた。
なんで?
買えないでしょ?
「先ほどと同じ、五年で羊二十五頭という、羊の引き渡し方でも、よろしいでしょうか?」
分割払いなら、布を買う、ということか?
「それは、一年ごとに十頭の羊を渡すってことだな?」
「いいえ、十年間、五頭ずつ、でお願いしたいのです」
「気の長い話だねえ」
「なんとか、それでできないでしょうか。どうか、お考えください」
「・・・今回は十頭。それから残り九年間は五頭ずつ。合計五十五頭、というのなら、考えようか」
「いやはや・・・オオバどの、あなたさまの歳はいくつですか?」
「おれ? 十五だよ?」
「っ! なんと、まあ、ドウラよりも年下で、これだけの交渉を。その強さ、その賢さ。孫に学ばせたいものです」
「それで、どうするの? 合計五十五頭だよ?」
「それでかまいません。来年から九年間、オオバどのが羊を受取りに来てくださいますか?」
「ああ、それでいい」
「人選は、こちらで決めてもよいですか?」
「それも、かまわない」
「では、そうさせて頂きます。この取り引きで、十年間のオオバどのとのつながりが続けられるのであれば、利益の方がはるかに大きいというものです」
なるほど、おれが毎年やってくる、ということには、それなりの価値があるし、十年間という長い期間にも、そういう価値を見出すのか。
勉強になるなあ。
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