第35話 女神の癒やしの力は大草原でも効果があった場合(3)
族長くん、威厳も何も、あったもんじゃないね。
おれも気を付けよう。
「オオバどの、見苦しいところをお見せしました。ナルカン氏族は、あなたさまの下に、すべて付きます。いかようにも、あなたさまのお好きになさってくださいますよう、どうぞ、今、この場で全てをお決めください」
うまい。
今、この場で決める、という難しさ。
どうにでも好きにしろ、と言っているが、そう言うことで、こっちが本当に好きなようにできないことが分かっている。
ま、そもそも、手加減してたしね。
老獪なこの人には、おれが本気でナルカン氏族を滅ぼすつもりなんかないことは、ばればれか。
「まずは、羊を二十頭。羊の世話ができる男の子を二人と、十五歳くらいの女の子を一人。それでこの戦は終わりにするが、それでいいか?」
「・・・? ナルカン氏族の忠誠は求めませぬか?」
「今のは、最初に、交渉したとき、ほしいと言ったものだ。それがもらえたら、他には何もいらないよ。それがほしいものなんだから」
「・・・いやはや、ドウラごときでは、何ひとつ、あなたさまには太刀打ちできるはずもありませぬ。あなたさまの命を狙ったこの者たちは、いかにしましょうか?」
これも、うまい。
遠回しに、おれの許しを得ようとしている。
許しを得られると確信して、だ。
こういう交渉ができるのは、楽しい。
乱暴な立ち回りとか、勘弁してほしいよね、本当に。脳筋は馬だけにしてほしい。
でも、ま、ひとつくらいは、その上にいってみようか。
「おれの命を狙うには、弱すぎたね。残念ながら。まあ、どうするかと言えば・・・」
おれは、一人の若い男のところに行く。
二十、四、五歳くらいだろうか。
成人男性として、レベル3止まりではなく、この先も伸びていってほしいものだ。
おれの手に光があふれて、若い男を光が包み込んでいく。
「神聖魔法・・・」
ニイムがつぶやく。
おや、知っていたのか。
おれは、若い男の骨折を癒やした。
そして、次々に、男たちの骨折を治療していく。
苦痛に歪んでいた男たちの表情が戸惑いに満ちる。
で、最後の一人、おそらく、こいつがガイズ叔父って人だけれど、この人だけは、治療しない。
苦痛に顔を歪めながら、え、おれは? みたいな顔をしている。
君だけは別枠ですから、残念!
「おれに逆らう意思があったのは、このガイズっての、一人だけだろう? だから、痛い思いをさせたってだけで、もう十分だよ。後の四人は、おまけみたいなもんでしょ。骨折したまんまじゃ大変だから治療しといた。それでいいかな?」
「お慈悲に、言葉もありませぬ・・・」
「ガイズってのは、治療しないけれど、それはいいよね?」
「はい、殺して頂いて結構でございます。この馬鹿息子のせいで、孫が愚かに育っておりますので」
「いや、殺さないよ、別に」
「・・・ところで、オオバどの。先ほどの御技は、神聖魔法でございましょうか」
あら、あっさり話題を変えるもんだね。
ま、それがいいんだけれど。
「おれはほんの少しだけ、女神の力を借りただけだよ。女神が味方してくれてるっていうのは間違いないけれどね。神聖魔法っていうのかどうかは、よく分からないな」
「そうでございましたか。昔、一度だけ、見たことがあったものですから・・・」
「へえ、その話、教えてもらえるかな?」
「つまらぬ昔話でございますが、わたしめがまだ娘というような歳だったころに、一族の強者たちと共に、辺境都市まで旅をしたことがございます。
その途中で、盗賊との戦いがあり、右腕を切りつけられ、ひどい怪我をしました。
それを辺境都市の司祭さまに助けられたことがございました。
そのとき、大きく切り裂かれた右腕を、先ほどのような光に包んで一瞬で癒やしてくださったのです。その司祭さまは、その御技を「神聖魔法」だと教えてくださいました」
へえ。
辺境都市には、司祭がいて、神聖魔法を使えるってことか。
いつか、役立つかもしれない情報だ。
「おれは、そういうことはよく分からないけれど、女神に祈りを捧げて助けを願うと、女神が傷を癒やしてくれるんだ。これを神聖魔法というかどうかは、よく知らないから、すまないね」
本当は知っているけれど、知らないフリをする。
ニイムもそれを追及はしない。
「それでは、この者たちの剣については、お返し頂けますでしょうか?」
おっと、そこも交渉にくるか。
ちゃんと見てるもんだねえ。
おれがちゃっかりと剣を奪ったところまで。
「・・・戦いの最中に落とした武器を敵に拾われたら、返してもらえるのかな?」
「・・・おろかなことを申しました。お忘れください」
うん、引き際もお見事。
言うだけ、言う。でも、ダメならすぐに引く。
相手の機嫌を読む。
反応を試す。
いい交渉相手だ。
とても勉強になる。
「では、すぐにお望みのものを用意したいと思いますが、ひとつ、お願いがございます」
「何?」
「羊二十頭は、一度にお渡しすれば、わたしどもも苦しく、また、オオバどのも、連れ歩くのに困りましょう。今は、五頭、来年にまた五頭。その次の年も、そのまた次の年も、五頭。四年間で合わせて二十頭では、いかがでございましょう」
分割払いだ。うまいね。
ただし、その条件だと、甘い。
分割には利子が付くものですよ、はい。
「それなら、五年間で、合わせて二十五頭。そうでないなら、おれはこのまま二十頭、連れて帰っても別に困らないが、いいか?」
「っ! ・・・分かりました。五年間で二十五頭、必ず。ただし、わたしどもでは、大森林まで安全に羊を五頭、届けられるとは限りません。それもご了解頂けますか?」
なるほどね。
届けたけれど、届かなかった、というパターンも使えるよね。
実際には届けようとしていなかったとしても。
さすがに、うまい。
「いいや、それはちがう。必ず、五年間で二十五頭だ。ただし、おれが取りに来るから、そっちが運ぶ心配をしなくていい。それと、毎年、オスを二頭、メスを三頭。これは必ず守ってもらう」
「オオバどのが、取りに・・・。分かりました。では、そのように。男の子二人と、娘ひとりは、どの子にしますか?」
これは、ジッドから前もって言われていることだ。
「人選はそっちに任せる。誰になっても、こっちは文句を一切言わない」
これが、正解、らしい。
ニイムは満足そうにうなずいた。
「ところで、先ほどの色川石と、布の話でございますが・・・」
戦後処理と、賠償問題は終了し、交易の商談へと話が移った。
その後ろで、右手、左足、あばらの骨折でまともに歩けないガイズとやらが運ばれていく。
おれを見る目は、反発ではなく、怯えだ。
それならよし。
ジッドと立てた計画は、予定通りに完遂したのだった。
正直なところ、族長が予定と違って孫になっていたので、計画していた以上に、楽に実行できたと言える。
まあ、賠償の話を終えて、すぐに商談を続けるニイムのたくましさにはしてやられた気はするが、それも含めて、楽しい時間だった。
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