第35話 女神の癒やしの力は大草原でも効果があった場合(2)



 近づいてきたナルカン氏族の男が、色川石に手を出したので、おれは一歩下がった。


 触らせませんよ、はい。


「おまえたちはおれを信じないと言うのに、そっちは勝手におれの手から宝を奪う気なのか? こっちとしては、交易に応じない氏族など相手にせず、別の氏族のところへ行ってもいいのだ」


 またしても、こそこそ打ち合せを開始。


 まあ、待ってあげますよ。


 おれはその間に色川石をかばんに入れた。

 ああ、というため息が子どもたちからもれた。


「色川石は、何と交換するのか?」


 族長くんが交渉のテーブルに乗った・・・フリをしている。

 他の男たちが、少しずつ、おれを取り囲む位置に移動している。


 色川石を見たら、目の色を変えるだろう、というジッドの言葉通りの反応だ。


「さっきから言っているが、おれは白い美しい布を用意した。これを交換できるのなら、少しくらいは色川石を付けてもかまわない」

「その布の代わりに何を求めるのか?」


「羊を二十頭」

「なっ・・・」


 族長くんが絶句する。


「それに、羊の世話ができる者を二人と、女を一人、だ」

「・・・取り引きをする気があるのか?」


 族長くんではなく、その隣のおっさんが口を開いた。


 おれの交換条件が想定外過ぎて、こそこそ打ち合せをする範囲を超えたらしい。

 まだ若い族長では対応できない、と考えたのだろう。


 族長の面子よりも、色川石がほしい、ということかもしれない。

 人間の欲望は醜い。


「それだけの価値はあると思うが?」

「そうは思えんな」


「この取り引きで、大草原の氏族のうち、ここのナルカン氏族だけが、おれたち大森林の村とつながりができる。大きな価値だと思うけれどねえ・・・」

「羊二十頭は、おれたちの飼っている羊の半分近い数だ。それだけ羊を渡したら、おれたちの中から飢え死にする者が出る」


 ・・・話を長引かせようとしているのが、分かる。


 おれを囲んで、逃がさないようにするために。


「だから、三人の人間を引き受けようって言っている。口減らしはどのみち必要なんだろう?」

「・・・そこまで考えての、二十頭か。それだけの価値のある布なんだろうな?」

「自慢の品だからな」


 準備完了。

 完全に、おれは取り囲まれた。


 後は、この氏族がどういう反応をするか、だけだ。


 ナルカン氏族の六人の成人男性。


 若い族長以外は、いろいろな経験を積んだ大人たちだ。修羅場を乗り越えたことも、氏族間の争いを生き抜いた経験も、あるだろう。


 それでも・・・。


 スクリーンで、ステータスを確認する。


 おれと話していたおっさんが最高でレベル4。ま、テントの中にレベル6が一人、いるけれど。


 レベルによって基本的な能力値に差が出るこの世界で。

 レベル4以下に何人で取り囲まれたとしても、おれが困ることなどない。


 さあ、ナルカン氏族は、どっちの道を選ぶのか・・・。






 おれは、族長くんの鼻先に、木剣をまっすぐ突きつけて立っていた。


 おれの周囲には、倒れてうめく、五人の男たち。


 殺してはいない。

 まあ、骨折はさせているけれど。


 無傷な成人男性は族長くんを残すのみ。


「さて、ドウラと言ったっけ。族長だったよな。ナルカン氏族は、大森林の、アコンの村と敵対するってことで、いいんだな?」

「・・・ま、待て。話し合いたい」


 何言ってんだ、馬鹿じゃないのか、こいつ。


「いきなり、たった一人を六人で取り囲み、剣を抜いて斬りかかってきたのに話し合い? ナルカン氏族の族長は、戦の勝ち負けも分からないのか? 氏族のために死んだ方がいいんじゃないの?」

「あ・・・」


 おれは木剣を振りかぶり、一気に振り下ろす。


 ぴたり、と、さっきと同じ、族長くんの鼻先で止める。

 一瞬の間をおいて、ぺたん、と族長くんが座り込んだ。


「こ、これは、い、戦なんかじゃ、ない・・・」

「馬鹿を言うな。おれは大森林の民だと名乗りを上げて、堂々と交渉をした。それを取り囲んで襲い、負けたから戦じゃないとか、その後ろの子どもたちや、テントの中の女たちまで巻き込んで、皆殺しにされたいのか、おまえは?」


 おれの言葉に、子どもたちがぴくり、と震えて、固まる。


 そもそも、身近な大人たちが、あっという間に打ち倒されていったのだ。何が起こっているのか、理解できた子はいないだろう。


「おれは交易を望んで、交渉に来た。おまえたちは交渉に応じず、戦を仕掛けてきた。その戦におれは勝った。負けたおまえにできることは何だ?」

「あ、あ、そ・・・」


 まだまだ若い族長くんでは、もう対応など、できはしないだろう。


「いいか、はっきり言う。おれは、手加減をして、殺さずに、生かしておいただけだ。おまえ、それが分かってないのか?」


 ごくり、と族長くんがつばを飲み込んだ。


「おれは、今からでも、おまえの周りのこいつらを殺すだけの余裕がある。この五人が殺されて、ナルカン氏族は、この先どうなるのか、分かるか?」

「ま、待て・・・」


「大草原の他の氏族に吸収されるか、それはまだマシだな。他の氏族に殺され、滅ぼされるか。子どもたちはどうなるかな? 女たちはどうなるかな?」

「あ、いや、それは・・・」


「おまえは族長として、おれたちと敵対する道を選んだ。その結果、こうなった。

 いいか、よく聞け。

 今から、おまえがどうするかによって、この五人が生きるか死ぬかが決まる。

 今から、おまえがどう答えるかによって、ナルカン氏族が滅ぶかどうかが決まる。

 若くても一応、族長なんだろう?

 しっかり考えろよ」


 おれは、木剣を腰におさめた。


 見るからにほっとする族長くん。


 そして、おれは、族長くんの隣にいたおっさんが落とした銅剣をひろって、素振りをする。

 見るからに青ざめる族長くん。


「これは、戦だ。そして、その戦は、おれの勝ちだ。負けたおまえは、さあ、どうする?」

「うあ・・・」


 族長くんは、答えられない。


 さらに、おれはもう1本、もう1本と銅剣を拾い集めていく。


 大森林にはない、金属器だ。


 遠慮なく、戦利品として頂いて帰ろう。


 かばんに5本の銅剣を片付ける。


「何も答えないのなら、ナルカン氏族は今から滅ぼそうと思うが、不満はないな?」

「お待ちください・・・」


 お、状況に変化あり。


 テントの中から、両脇を二人の女の子に支えられたおばさんが出てきた。

 ようやく、交渉可能な、まともな相手が出てきたようだ。


 ナルカン氏族の英雄、女傑ニイム、だったっけ。

 ジッドからのレクチャー通りの展開だ。


 この人が出てきたら、先に名乗る、という筋書きだ。


「・・・大森林、アコンの村、村の長を務める、オオバだ」


 ざわっと子どもたちが目を見合わせるが、おばさんがすぐにそれを手で制した。

 おれが、村の長、というところに驚いたのだろう。


「村長どのでしたか・・・わたしめは、大草原、ナルカン氏族、族長の祖母ニイムといいます。長老のでしゃばり、お許し願いたい」

「いや、落ち着いて話ができるのは、ありがたい。どうも、言葉よりも手の早い者がここには多くて、大変なんだ」


「お許し、感謝します」

「それで、族長の代わりに発言するからには、族長がその言葉に責任をもつ、ということでいいかな?」

「それでよろしゅうございます」


 おれは族長くんを見下ろす。

 族長くんもうなずく。


「そ、それでいい。おばあさまの言葉は、族長の言葉と同じだ」

「それで、ニイムは、この戦を、どう終わらせる?」


「ナルカン氏族は、あなたさまの下に、全て付きます。奪うなり、滅ぼすなり、あなたさまのお好きになされてかまいません。戦に負けるとは、そういうことでございましょう?」


 ニイムの言葉に、子どもたちも、ニイムの両脇を支える二人の女の子も、目を見開いた。

 族長くんも、ニイムを慌てて振り返った。


「おばあさま、それは・・・」

「お黙り、ドウラ。そんな当たり前のことも分からぬから、このように愚かな、盗賊まがいの真似をしでかすのだ。今、チルカン氏族やヤゾカン氏族に攻められたら、どうなるか? どのみちこのままではナルカンは滅ぶしかない。そんなことも分からぬ族長なら、先に滅んだ方がよいわ」


「でも、ガイズ叔父が・・・」

「ガイズが族長なのかい? あんたはちょっと黙ってなさい、見苦しい」


 ニイムは、二人の女の子に支えられながら、族長くんを蹴飛ばした。





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