第35話 女神の癒やしの力は大草原でも効果があった場合(1)



 馬の群れは、テントまであと五百メートル、というところで止まって、それ以上は進もうとしなかった。

 人間を警戒しているのか、このテントの氏族を警戒しているのかは、分からない。


 ジッドのアドバイス通りにやってきたら、たどり着いたのが、このテント。


 予定通りなら、これはナルカン氏族のテントのはずだ。


 おれは、脳筋馬から、すたっと跳び下りた。


「助かったよ。また、頼むな」


 脳筋馬の首をやさしくなでる。

 ぶるるる、とうなるように脳筋馬が応える。


 何が言いたいのかは分からないが、なんとなく、通じ合った気がした。


 馬の群れは、名残惜しそうに、少しずつ、離れていく。


 おれは、軽く手を振ると、テントへ向かって走り出した。


 『高速長駆』ではなく、『長駆』で走る。


 そこまで速く行かなくても、もうすぐだ。


 羊はおよそ五十頭。

 馬が二頭。


 子どもたちが羊の番をしながら、遊んでいる。

 馬はのんびり草を食べている。

 平和な感じがする。


 でも、油断はしない。


 子どもが一人、おれに気づいた。

 他の子の肩を叩いて、おれを指す。

 子どもたちが全員、おれを確認する。


 そのうちの一人が、テントへと走る。


 テントの中から、一人、また一人と、大人たちが出てくる。

 おれがテントの近くまで来たときには、六人の男たちと、八人の子どもたちが出迎えてくれた。


 ・・・いや、歓迎されている、ということでもないらしい。


 よく見ると、女性や女の子は、出迎えに一人もいなかった。


「ナルカン氏族、族長、ドウラ・ナルカン。見かけぬ者、どこ、来た」


 ドウラ・ナルカンと名乗った男は、意外と若い。


 まだ十代ではないだろうか。

 代替わりしたばかりなのかもしれない。


 ジッドからの情報だと、大草原の氏族たちは、直系の長兄相続で、族長の命令が最優先だという。


 ドウラの両脇には、明らかにドウラよりも年配の男が二人、立っていた。

 年上なのに族長ではないということは、ドウラの叔父にあたる存在なのだろうと予想する。ジッドと同年代のような気がする。


「おれはオーバ。大森林からナルカン氏族との交易のため、はるばるここまで来た。族長のドウラに願う。大森林の宝と草原の宝を交換したい。頼めるだろうか」


 一気に、テント前の雰囲気が変わった。


 テント内も、ざわついているようだ。


 年配のおっさんが、ドウラに何かを耳打ちした。

 ドウラもそれにうなずいた。


「見覚え、ない。大森林から、来た。信じる、ない。我ら、草原の民。羊とともに生き、草原を離れず。大森林の者、数年、知らぬ。服、ちがう」


 うーん。


 言葉が少し、ちがうからか、よく意味が分からないところがある。


 『共通語』スキルを強く意識してみる。


「大森林の各地の村は、大牙虎に襲われて滅んだ。今は、森の中で、生き残った者が暮らしている。大森林での暮らしは楽ではない。交易で、互いに豊かになりたいと、族長のドウラに願う」

「・・・大牙虎、信じる、ない。伝説、怖ろしい、獣。おまえ、服、ちがう」


 服装が、大森林の近くの村の者とはちがう、と言いたいようだ。


「大森林では、新しい糸、新しい布を作った。おれはそれを交換に来た。交易を族長のドウラに願う」

「おまえ、信じる、ない」


『「草原遊牧民族語」スキルを獲得した。』


 はい、言語系スキルを獲得しました。

 さっそく、『草原遊牧民族語』スキルを強く意識していく。

 うまく聞こえなかった、つながりの悪い言葉が、改善されていく。


「おまえが大森林から来たなどと、信じられない。テラカン氏族の回し者だろう? ナルカン氏族は、よく知らぬ者との取引はしない。このまま帰るのであれば、見逃してやる。早く、立ち去るがいい」


 さて、どうしたものか。

 言葉はよく分かるようになったが、会話がかみ合わないのは解決できていない。


 まあ、予想通り・・・いや、予定通り、か。


「大森林から来たと、信じてもらうために、何を見せればいい?」


 おれは、堂々と、族長のドウラに向かってそう言った。


 ドウラは族長だが、いまいち、堂々としていない。

 今も、隣のおじさんとこそこそ話している。こそこそと小さな声ではあるが、話している姿は誰からも丸見えなので・・・。


 しょせんはまだまだ若い、「族長くん」なんだろう。

 族長が絶対、というのは前提だが、若いのに絶対という訳にもいかないのが現実。


 さ、相談の結果が出たみたいだな。


「大森林から来たのならば、大森林からの産物を示すといい」


 はい、了解。

 簡単なことです。


 ここまで、ジッドの読み通り。


 おれは、かばんの中から、小さな石をいくつか取り出した。


 おおっ、とナルカン氏族がざわめく。


 おれが持っているのは、大森林で採れる色川石。赤や緑、紫など、何かの鉱物が、小川の流れにもまれて削られ、できた小石だ。


 大草原の氏族たちは、婚姻の際にこの色川石を加工した宝石で着飾って、嫁入りさせるのだという。

 虹池の村の近くの川に、ごく普通に落ちている、ただの石ころに、そんな価値があるのは、大草原では手に入らないから、というだけ。


 そもそも、大草原から大森林まで移動することすら、本当は困難なこと。


 道中には、危険がいっぱい、あるらしい。

 死んだジッドの嫁さんは、かなり無謀な人だったのだろう。





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