第29話 怒った女神が姿を現した場合(4)



 次の日の女神への祈りの時間は、熱心過ぎて笑いそうになった。


 ジルとウルには、朝の祈りの時以外は、セントラエムからもらった神官服とやらを脱ぐように言ってある。

 二人はおれの言うことにとても素直に従った。特別扱いは、その場限りが、周囲の嫉妬につながらなくていい。


 体操、拳法の型、ランニング、水やりの後は、森小猪の狩りへ。


 獲物のたくさんいるところへとおれが案内して、ノイハの指示に従ってどんどん捕まえる。ノイハは殺すなら簡単なのに、と愚痴をこぼした。


 放牧場に詰め込まれた森小猪のうち、オスは大きいものから三匹だけを選び、後は別に移す。

 前回と今回で捕まえたメスは十五匹。同じ囲いの中に三匹のオス。そこに、アコンの果実をひとつ置き、叩き割る。


 森小猪のハーレムナイトが五日間ほど、開催された。

 精根尽き果てるんじゃないか、と思ったが、五日後は普通の状態に戻り、オスは別に隔離した上で、メスは五匹ずつに分けて保護する。


 森小猪は交尾から約二十日で、出産して授乳することが分かっている。今、前回、交尾させた森小猪が出産ラッシュだ。一匹のメスが六匹から八匹の子を産む。


 土兎より、森小猪の方が出産数の効率はいい。

 ただ、土兎の方は、収穫した後の豆の茎やすいかの蔓をエサにできるし、抜いた雑草も全てエサになる。

 その上、放牧地にまんべんなく糞尿を垂れるため、休耕地の施肥放牧としては効率がいい。


 農業と畜産のバランスでいえば、森小猪より、土兎の方が助かる。


 クマラとの話し合いで、土兎の飼育量は少し増やす方針が決まった。それで、ノイハが土兎の捕獲計画を練っている。


 森小猪は、繁殖についてアコンの果実で誘導するが、生まれた子を全て村で飼育していくのではなく、放牧地の掘り返しに必要な分だけ、大きなサイズのものを残し、離乳後は自然に帰して、育つのを待つと決めた。


 世話をするよりも楽だしね。


 次の年に狩って食べる分は、前年に逃がしてやった数の五分の三までにする。


 もちろん、来年も繁殖についてはアコンの果実で誘導する。育てる漁業の、森小猪バージョンだ。






 ツリーハウスの方も進展した。アコンの幹の中のことだ。


 しかし、アコンの木の幹の中は、暗過ぎた。


 だからといって、利用できない訳ではないので、とりあえず竹板で四角形の床を造ってみた。


 獣脂を燃やして明かりにしたが、暗い中でのかなり危険な作業だった。


 アコンの幹の中がどれだけ暗かったとしても、寝るときは、それほど問題はない。しかし、明かり取りと空気の入れ替えのために、穴は必要だ。


 九メートル地点の屋根代わりバンブーデッキから、そういう角度を意識して穴をいくつか開けていく。人間の通れるようなサイズは必要ないので、意外と作業は早かった。


 三メートルのところにも、同じように竹板で四角形の床を造った。

 六メートルのところが完成していたので、作業は慣れていたから、少し楽にできた。

 中で、上下に移動できるはしごを作るかどうかはノイハと話し合って、作らないことに決めた。暗くて危ないだろう、ということだった。


 地上部分の入り口を開通させ、中に入ると、足の裏がすこし痛かった。

 幹の中が空洞になっていく過程で、空洞の底には、アコンの幹の一部が、丸みをおびた剣山のようになっていたのだ。

 竹板で床を造るかどうか、やはりノイハと話し合った結果、倉庫にすることになった。


 時間はかかるが、まずは西階のあと二本の木も、穴を開けていく。

 いずれは東階の二本の木にも、穴を開けて、王宮の五本の木は中も利用できるようにしていきたい。






 事件は、森小猪の繁殖行動が落ち着いた次の日の、夕方の立合いのときに起きた。


 ジルと立ち合っていたムッドが大怪我をしたのだ。


 これまでの打撲程度ではなく、骨折。それも、処置が遅れたら、命に関わるレベルでの、骨折だった。

 まあ、処置といっても、外科的な手術とかではなく、神聖魔法の行使だったけれど。


 アイラやクマラの神聖魔法では対応できず、おれが駆け付けた。


 光に包まれたムッドが治っていく前で、ジルは呆然と立っていた。


 おれは『対人評価』で、スクリーンにジルのステータスを出した。






 名前:ジル 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:セントラの巫女

 レベル18 生命力360/360、精神力540/540、忍耐力270/270

 筋力146、知力179、敏捷156、巧緻135、魔力197、幸運47

 一般スキル・基礎スキル(7)信仰、学習、教授、運動、計算、説得、調理、応用スキル(4)殴打、蹴撃、解体、長駆、発展スキル(4)戦闘棒術、弓術、剣術、神楽舞、特殊スキル(3)、固有スキル(0)






 ジルは今日、7歳になったらしい。


 そして、スキルを獲得した。


 これまでの、約三か月のさまざまな修行の成果なのか、ジルはスキルを18個も持っていた。


 生命力、精神力、忍耐力にも補正がかかっている。職業が「セントラの巫女」だからだろうと考えられる。特に精神力は、通常の人間の三倍の値になっている。


 レベル18の少女。


 一撃で、ムッドを瀕死に追い込んでしまう力を。

 狩人として有能なノイハの敏捷48を100以上、上回るすばやさを。

 村の農政を司るクマラの知力54の三倍以上の知力を。

 戦士アイラの筋力71に二倍する筋力を。


 ジルは7歳になったその日に得た。


 信仰と教育は、人間を超人に変えた。





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