第23話 女神の黙認の元、殴り込んだ場合(3)



「この前から、話し合ってきたことの先にあることだけれど、おれがこのアコンの群生地に転生させられたのは、実は、上級神たちが想定していたよりも、高いレベルの人間が転生することになって、本来転生する者たちが行くはずの町や都市に行かせてしまうと、その町や都市の支配者たちが創り上げたさまざまな社会体制を転覆させたり、崩壊させたりできてしまうからなんじゃないかって思ったんだ」


 ・・・それは、ありそうな考え方です。


「そっか。それでさ、実際、この大自然の空間でも、元々あった秩序が崩壊しているようなもんだろ? 初めはおれがひとりぼっちでこの森の中に放り出されて、孤独に生きていくことを想定したんじゃないかな。だけど、この森の頂点に位置していた大牙虎の群れがおれの存在ではじき出されて、大森林外縁部の人たちを襲って回るってことも、その人たちの生き残りをおれが保護して、一緒に暮らし始めるってことも、実は、上級神たちでさえ、予想外なんじゃないのか?」


 ・・・それは、何とも言えませんね。ただ、スグルの言う通り、人間の社会で頂点に立つ力をもったスグルを、人間たちのいる世界から切り離そうとしたというのは、納得ができます。


「たまたま、おれのスキルが、旅に適したものだった・・・いや、前世でのおれの日常が、こういう旅に適したスキル、人々の暮らしを変え、支えるスキル、加えて戦えるスキルの構成になっていたのは、幸運だったと言える。そして、常識では考えられない、とんでもないレベルに達して、この森に村をつくっていくのも、当然、想定外」


 ・・・そうでしょうね。


「神界の神族たちの、トップの考えはよく分からないけれど、この世界のバランスは崩されたくないらしい。まあ、あっちの都合に合わせる気はないのだけれど」


 ・・・私は、スグルの守護神として、できることを全うするだけです。思ったように、やってください。


「・・・もう、クマラの時みたいな、画策はしないこと」


 ・・・あれは、あれで、女神の私を信じる少女の願いを叶えてあげただけじゃないですか。


 この画策女神は、元々ドジっ子だったくせに。

 まあ、あれの真相は、結局はセントラエムのドジだったと考えられなくもないけれど。


 この村を、上級神たちが考えもしなかった、高レベルの人間の村にして、人間が種族として大森林に君臨する。

 そして、大森林を勢力範囲とする国家を形成していく。

 狩猟採集の生活を続けながら、農耕と牧畜を取り入れて、生産力を高めていく。

 森の生き物の命を少しずつ頂きながら、森の恵みと、農産物、畜産物で飢えのない生活を実現する。


 日々、学問を続け、体を鍛え、神に祈って生活する。


 なんか、古代ギリシアのスパルタみたいなんだけど・・・。


 まあ、いいか。






 朝から祈りを捧げ、体操をして、拳法修行も重ねる。


 いつもは朝食など採らないのだが、今はたっぷりあるので、梨をみんなで食べる。


 そして、ランニングと水やりの前に、ジル、アイラ、クマラと今日の予定を確認し、おれが虹池の村へ行くことを伝える。


 三人とも、一瞬、表情を変えたが、黙ってうなずいた。


 朝、『鳥瞰図』で確認したが、大牙虎には、動きがないことは分かっている。まあ、よく分からない不確定要素として、花咲池の村で、村人たちの動きがある。


 おれが訪ねたことで、何かあったのだろうか。


 とりあえず、あの村のことはあの村の問題なので、気にしないことにして放置。


 それから、花咲池の村から、一家族、移住してくる予定だということも伝えて、おれは出発した。


 食事は戻って、みんなと食べる予定だ。






 『高速長駆』で最高速度を出し、虹池を目指す。


 時速にすれば、六十キロくらいか。なんか、初めての時よりも速い。もちろん、生命力などの消耗はあるが、これは、スキルレベルが高くなってきたのかもしれない。


 スキルというものが、現実離れしたファンタジーだと、おれに理解させてくれるのは、このスキルが一番かもしれない。まあ、神聖魔法とかもそうだけど。


 約2時間で、虹池の村の近くに到着。


 大森林は、およそ半径百キロの半円に近い形をしている。


 おれは、本気を出せば、アコンの村から大森林外縁部まで、およそ二時間でたどりつけるということになる。


 水分を補給し、梨をひとつ、丸かじりにして、少し休憩する。


 『神聖魔法:回復』で生命力を一応、回復させる。


 大牙虎のおよその位置はスクリーンで確認済みだ。


 今回、群れのリーダーと初めて接触することになる。


ここで、リーダーを討伐するべきかどうかは、悩んだのだが、統率力が弱まると、ばらばらに行動して、人間側の被害も拡大しそうだったので、狙いは他の高レベル個体にする。


 肉の量も増えるしね。


 おれは、森を出て、かつて虹池の村だったところへと踏み込んでいく。


 村の中央部で、大牙虎の群れが伏せて、休んでいる。


 おれに気付いて、えっ、何? という感じで立ち上がる。


 そのまま、ダッシュで、大牙虎の群れの中に突入する。


 唖然としている、大牙虎の中の、一番大きな個体を蹴り上げる。


 『対人評価』で確認したが、レベル12。これまでの最大レベルだ。


 そのまま、次にレベルが高い、レベル10を思いきり蹴り飛ばして、近くにいた他の大牙虎もどんどん蹴り飛ばす。


 そして、ふっとんだレベル10のしっぽを掴んで振り回し、地面に何度かたたきつける。


 大牙虎はおれを囲んでいたが、近づいてこない。


 レベル10が、びくん、びくん、と脈うって、目を白くしたので、そのまましっぽを引きずりながら、歩いて村を出て行く。


 大牙虎は、おれが近づくと、後ずさりながら、道を開けた。


 ずるずるとレベル10が一匹だけ、おれの後ろに引きずられていく。


 おれが虹池の村を出て行っても、大牙虎は追いかけても来ない。


 スクリーンの赤い点滅は、虹池の村でかたまる残りの大牙虎が動き出さないことを示していた。


 森に入って、レベル10を何度か木にぶつけて、絶命させる。


 おれは、今夜の肉を肩に背負って、アコンの群生地へ向けて、走り出した。


 心の中で、「これが、おまえたちが人間に対してやってきたことだからな」とつぶやいて、おれはさみしく笑った。


 ・・・動物虐待だよなあ。


 大牙虎がこの一瞬の暴力をどう思ったのかは、分からない。


 しかし、大牙虎には、おれに抗う術がなかった。


 レベル差とは、そういうものなのだと、おれ自身が納得した一日だった。





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