第20話 黙っていたのに女神の巫女がそれを許さなかった場合(4)



 ジッドの説得で、エランはアコンの村に残していくことになった。


 どこの村でも、年長者は、年下の子の面倒を見るようにして育っている。エランの世話ができる者はうちの村にはたくさんいる。


 サーラのような美しい娘が一人で移住するなら、花咲池の村は喜ぶかもしれないが、それがこぶつきだと、移住後の関係がうまく行かないのではないか、というジッドの説得が、最後は届いた。

 サーラは最後の最後まで、エランを連れて行きたいと言っていた。


 でも、現実として、エランを連れて、エランを守りながら、サーラが旅することは難しい。それも含めて、サーラは泣く泣く、エランのことをあきらめた。


 じゃあ、出て行かなければいいのに、とは誰も言わない。


 特に、アイラとクマラは、サーラに同情していた。オーバへの想いが叶わなかった、もう一人の自分だとでも思っていたのかもしれない。


 結局は、甘やかされた村長の孫、ということかもしれない。

 おれの評価は、残酷だけれど、そんなものだ。


 ジッドに言わせると、ジッドの妻となった歳の離れた姉に、憧れていたからだという。余所者のジッドと大恋愛の末に結ばれた姉。そして、生まれたかわいい二人の甥と姪。

 サーラには、自分もそんな恋愛をしてみたい、という願望があるのではないか、ということだ。


 そんなにいいもんじゃなかったがな・・・というジッドは遠い目をしていた。


 どうやって花咲池の村に行くのかも、いろいろともめたが、最終的にジッドが護衛として付いて行くことに決まった。


 サーラが花咲池の村へと出発したのは、おれが転生してきて、七十二日目のことだった。






「あの子、大丈夫かしらね」


 アイラがまだサーラのことを心配している。


「本当に。花咲池の村は、まだ大牙虎が来ていないけれど、それでも安全とは言えないはずなのに」


 クマラも、心配している。

 おれは沈黙。


 アイラとクマラが話しているのなら、それでいい。


 わたしたちの村はオーバがいるから安全だけれど、他の村は守りも固められないのに、とか、なんとか、そんな話を続けている。


 サーラが出て行ってから、五日。


 出発前の計算では、明日か、明後日くらいには、花咲池の村に着くはずだ。


 スクリーンに映る大牙虎たちの赤い点滅はまだ動かない。


 アコンの村は、三軒のツリーハウスと、開墾した畑、小さな放牧地、近くの小川と滝、きのこや果物の群生地、竹林で成り立つ村だ。


 それが、昨日から、喜んでいいのか、慌てなければならないのか。


 大きな異変と向き合っている。

 まさに、大きな、異変。


 それはアコンの果実だ。


 大きさは、バスケットボールよりも大きく、形はりんごに似ていて、突然、ぷつり、と枝から離れて落ちる。落ちたら果実は割れて、透明の液体と、オレンジ色のヨーグルトのような液体をアコンの木の根元にまき散らすのだ。


 落ちた果実が頭に当たれば、かなり痛いはず。

 そういう意味では危険なのだ。


 クマラと話し合ったが、アコンの木の根元の土が、植物を育てる肥料としてあり得ないような効果を発揮するのは、この果実が破裂してまき散らされる液体が原因ではないかという結論に至った。


 バンブーデッキの三段目に落ちるときは、まだ落下の加速が足りないのか、割れたりはしない。


 そうして手に入った果実に、大牙虎の牙で穴を二つ、あけて、一方の穴から、中の液体を飲んでみたところ、これがかなり美味しい。


 透明、といっても薄いコハク色という感じなのだが、味で言うなら、桃とりんごのミックスジュースみたいなものか。


 さらにその底にある、オレンジ色のヨーグルト的な液体は、まさに乳性飲料の味がする。しかも、あの飲み物の原液のように濃い味なので、水で半分に割って飲むとちょうどよい。


 まあ、「全てを採り尽くさない」という原則に従い、一日にひとつの木からひとつだけ、採集することにした。落ちて、土の栄養になる分も必要なのだ。果実がどれくらい保存できるのかは分からないが、とりあえず食料倉庫に保存して、一日ひとつ、みんなで分け合っている。


 ちなみに、クマラが実験として、土兎と森小猪にこの果実を与えてみた。といっても、囲いの中に置いた果実をアイラに棒で割ってもらったのだが・・・。


 土兎には特に変化はなく、興味も示さなかったのだが、森小猪は液体に群がり、すごい勢いでのんだのだと言う。

 土兎の方も、液体が散ったところに猛烈に草が生えてきたので、結果として食事に困らなくなったのだが・・・。そして、森小猪は繁殖行動をはじめたのだ。


 媚薬か何かなのだとすると、人間にはまずいかも、と思ったが、特におれたちには異変がない、というか、疲れが取れるし、目覚めも快適という、薬効があるような果実だった。


 この森は、本当に、奇跡の森なのかもしれない。


 そう思うと、ここを離れたサーラの行動をどう評価すべきか。

 人間とは、いくらでも愚かになることができるのだな、とおれは思った。






 ジッドが戻ったのは、おれが転生してから八十二日目。


 サーラが出て行ってから十日後。


 帰りは、一人だったから、走って戻ったのだという。


 アイラの立ち合いの相手を一人ですると、アイラが負け続けですねてしまうので、ジッドが戻ってきてくれて良かった。


 おれの価値はそんなものか、と笑ってジッドが言った。


 アコンの村は、極めて平和であった。





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