第20話 黙っていたのに女神の巫女がそれを許さなかった場合(3)



「クマラは、女神の言葉を受け、女神を信じ、行動することができる。アコンの村の暮らしは、クマラの日々の働きがなければ、支えられないものだろう。もし、クマラが成人したとき、クマラ自身がおれの妻となることを望むのであれば、そのときには、クマラをおれの妻とする。それまでは、クマラはおれの婚約者であり、おれの庇護下にある。たとえ何者であったとしても、おれからクマラを奪うことはできない。成人まで、クマラはおれが必ず守る。クマラ、セイハ、それでいいか」


「はい・・・」

「分かった」


 クマラは涙ながらに短く返事をし、セイハはぶっきらぼうにそう言った。


 これで、妻ひとり、婚約者ひとり。


 サーラが期待に満ちた表情をおれに向けた。


「虹池の村の血を継ぐ娘、サーラ。虹池の村は我が友ジッドが愛した村であり、おれ自身も、虹池の村を大切に思う気持ちを持っている」


 ジッドも、うんうんとうなずいている。


「しかし、サーラはまだ成人を迎えていない。それに、我らの女神の言葉を受けることができない。女神の加護のない者と、女神の加護を受け、その代弁者となるおれが、夫婦となる訳にはいかない」

「オーバ、そんな・・・」


 サーラではなく、ジッドが口をはさんだ。


「ジッド。おれたちは女神に守られてこの森を生きている。心から女神を信じ、女神の加護を得られたアイラやクマラならば、おれは妻に迎えられるが、サーラは、そうではない。サーラの思いは虹池の村にあり、そして、虹池の村の血を継ぐのであれば、その相手は、おれである必要はない」

「女神の言葉を受けられるかどうかなんて、どうやったって、分からないだろう?」


 ありゃ。

 ダメだよ、ジッド。


 ここ、アコンの村は、セントラ教の総本山なんだから。


「ジッド。女神の言葉を受けられる者は誰かなんて、女神がおれに教えてくれる。今、女神の言葉を直接受けることができる者は、ジルやウル、ノイハ、クマラ、アイラだ。女神がそう言うのだから、間違いないんだよ、これは。おれの持つ、治癒や回復の力はあくまでも女神の力を借りたもので、アイラの力も同じこと。女神と共に生きるおれと結ばれたいというのであれば、女神と言葉を交わせる者であることは必要なことなんだ」


 サーラはショックを受けているようだったが、それ以上に、ヨルが落ち込んでいた。

 妻になるとかそういうことではなく、女神の言葉を受けられる者の中に、自分の名前がなかったからだろう。


 正直なところ、おれはセイハとサーラが結ばれたらいいのに、と思っていた。絶対にそんなことは言わないけれど。


 まあ、そんなことは、本人が決めればいいんだけれど。


 この問答は、おれがこの世界に転生してきて、六十六日目のことだった。


 この晩から、夜におれが新居に行くときは、アイラが付いてきて一夜を共に過ごした。その間のシエラは、ジルやウル、ヨルたちと過ごすのだった。残された方の女子トークがちょっと怖ろしい。


 健全な男子として、おれはまっすぐに生きていきたいと思う。


 いつか、ノイハとセイハにも、お嫁さんを見つけてあげたい。

 心からそう思った。


 ちなみに、アイラと何度そういうことをしても、あの時みたいに、アイラにスキルが身につくことはなかった。セントラエムがそれをとても残念がっていたのが不思議だ。






 次の日から、朝の祈りは、全員が真剣に取り組み始めたように見えた。


 頑なだったセイハも、クマラが女神の言葉に従ってオーバの妻になるのに、兄のおれが女神を信じていないなんてダメだろう、とか言い出して、祈りに参加していた。


 参加していないのは、おれだけだ。

 まるで一番の不信心者は、おれみたいになっている。


 まあ、信仰の本質は、祈ることが大切なんじゃなくて、女神を信じられるかどうか、なんだけれど。


 ジル、ウル、それにノイハは、自分自身が助けられたこと。

 クマラは、大切な兄が救われたこと。

 アイラは、大切な妹と自分自身が救われたこと。


 そのときに、心から、女神の存在を信じた。

 おれの守護神である女神セントラエムは、信じる者しか救わないのだ。


 別に、サーラを妻にしてもかまわなかったのだが、セントラエムのことを信じていないと、結局はうまくやっていけないんだと思う。


 だって、夜中に、夫が宙に向かって独り言を続けるんだから。


 不気味な存在だよ、それは。

 うまく行くはずがないでしょうに。






 おれたちは、日々の生活を工夫して改善し、体を鍛え、文字を学び、計算を覚え、武術を身に付け、大牙虎に備えた。


 二組の土兎から、それぞれ三匹の子ウサギが生まれた日に見た、クマラの最高の笑顔も。

 ついにジッドを打ち負かした瞬間のアイラの荒い息も。


 そういう一日の中の、小さな幸せだった。


 だから、サーラがエランを連れて、花咲池の村に行きたいと言い出したときは、その理由がよく分からなかった。


 本当の理由は、ただの失恋だったのだ。

 その時には気付かなかっただけで。


 凶悪な獣に襲われ、滅ぼされた村から脱出した後。

 圧倒的な力で自分を抱き上げ、安全なところまで走り続けた力自慢の男に。

 助けられた娘が惚れたとして、何の不思議があるだろう。


 おれからしてみれば、心からセントラエムを信じてくれれば、それで全ては解決するはずだった。

 サーラからしてみれば、そのまま自分を受け入れてくれれば、それで全ては解決するはずだった。


 ・・・スグル。あれは、あてつけ、というものです。そう言うことで、スグルの気を引きたいだけなのです。だから、本気で移住したい訳ではありません。きちんと止めてあげましょう。


「セントラエム、そうは言っても、みんながいる前で、あんなに堂々と宣言されちゃうとだな・・・」


 ・・・それは、そうなのですが。


 花咲池の村は、ろくでもない場所だと、おれは考えている。

 アイラの話から、そう勝手に思っているのだけれど、直接、自分の目で見た訳ではない。


 アイラも、止めたいけれど、どうしたらいいのかな、と悩んでいた。

 みんなも、止めたいと思っていた。でも、それと同時に、自分たちが大切に思っている、このアコンの村を否定された気持ちも、持ってしまっていた。


 そこに、サーラの自分勝手な思いが重なり、もつれた糸はほどけないくらい混乱していたのだ。

 結局、おれたちが引き止めようとすればするほど、サーラはそれをはねのけた。


 引き止めなかったのではない。

 引き止めたのに、はねのけたのだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る