第20話 黙っていたのに女神の巫女がそれを許さなかった場合(2)



 ある日の、食事のとき、ジッドがこんなことを言い出した。


「オーバ。大牙虎が、三つの村を滅ぼした。それで、たくさんの人が死んだ」


 言われなくても、みんな知っている。

 できれば、思い出したくもない。


「だから、我々も、その分、子どもを増やさないといけない」


 おや。

 ここで、そうきたか。


 そういうタイミングがいつか来るとは思っていたけれど。


 ジッドは年齢的に、この若者の村のご意見番だ。

 その言葉には重みがある。


「強い者から、強い子は生まれる。オーバ、早くアイラと暮らすべきじゃないか」


 ノイハとセイハが、おれを見る。


 サーラも、ジッドとおれを交互に見ている。


 クマラは、おれではなく、アイラを見ている。


 アイラは、おれを見ている。


 ジルたち、子どもたちは大人しくしている。ヨルは、どっちつかず、という感じか。シエラは自分のお姉さんのことなので、そわそわしている。


 正直に言えば、異論はない。

 全然ない。

 全くない。


 そもそも、ステータス上では、アイラは既に「后」の地位にある。


 おれに、前世の記憶がないのであれば、こういうことを気にする必要は全くない。


 それはこの世界では、とても自然な、普通のことで。

 人の数は、すなわち、村の力、そのものだ。


 生産力の向上、というスローガンを掲げているのであれば、それは、人口の増大にも当然、貢献するべきだろう。


 しかし。

 しかし、だ。


 この前、セントラエムがいろいろと仕出かしたせいで、クマラはおれの婚約者になってるし、この前からサーラの視線は気になるしで、とってもややこしいことになっている。


 アイラは、当然、わたしはあなたのものです、みたいな顔をしている。

 それも否定はしない。


 アイラは成人で、結婚するのも問題はない。

 おれはアイラにひとつも不満はない。


 セイハが、クマラはどうするんだ、というような顔をしている。というような気がしないでもない。いや、そういう顔をはっきりとしている気がする。


 ノイハも、この前、クマラに一票、投票している。


 みんながおれの答えを待っているようだが、おれはどう答えたものか、熟慮していた。


 そこで発言した者がいた。

 とても小さな声で。


 でも、誰もがおれの言葉を待っていたため、その声だけが、全員に届いた。


「わたし、成人したら、オーバの妻になるように、女神さまから言われていますから・・・」


 クマラだった。

 いや、クマラしかいないだろう。


 それがセントラエムの仕出かしたことなんだから。


 アイラがクマラを見た。

 クマラもアイラを見ていた。


 セイハとノイハは知っていた。

 アイラとジッドは知らなかった。


 クマラが成人したら、おれの妻になるということについては、おれには異論はない。


 成人したら、異論はないのだ。

 不満もない。

 全然ない。

 全くない。


 ここはもう。

 おれは何も言わないようにしよう。


「女神さまが、そう言ったのね?」


 アイラが、クマラに問う。

 クマラはうなずいた。


「・・・それは、そうするしかないわね。じゃあ、オーバの妻はわたしと、クマラで」


 なにいっ?

 どうしてそうなる?

 それでいいのか、アイラ?


 なんでみんな、そんなにセントラエムの言いなりなんだ?


 セイハとノイハの顔が、クマラを見たり、アイラを見たり、おれを見たりと忙しい。


「いや、オーバは大角鹿からも認められた、この大森林の王だ。妻は二人などと・・・」


 ジッドが、立ち上がって言う。「・・・そんなに少なくていいはずがない」


 なあにいっっ!?

 何を言い出してんだ、このおっさんは!?


「虹池の村を守れなかった、情けない男の最後の願いだ。オーバ、頼む。我が妻の妹、サーラを妻に迎えてくれ。それが、虹池の村の血をつなげていく、大切な絆となるのだ」


 そっちもですか!


 サーラがうつむいてしまった。


 いやいや、サーラはまだ確か13歳だよね?

 成人まであと二年、ありますけれど・・・。


 それにさ、いや、ジッドよ。


 あんた、アイラといろいろ、企んでなかったか?

 アイラをおれの妻にしようと、密談を重ねて、そういうことじゃなかったのか?

 それとも、そのアイラすら丸め込んで、サーラをねじ込んできたのか?


「どうか、森の王、オーバ。わたしをあなたの妻にしてください・・・」


 うつむきながら、上目がちに、サーラがそう告げた。

 弱った。


 ジッドが勝手に言ってるって形じゃなく、サーラ本人が口にしてしまった。


 ノイハとセイハが。

 アイラとクマラとサーラが。

 ジッドが。


 無言でおれに返答をせまる。


 困った。

 沈黙は金、じゃないのか。

 雄弁は銀、だろうに。


 微妙な年頃のヨルと、関係者の妹であるシエラは、おれとみんなを見比べてドキドキしている。


 子どもたちは、大人たちの真剣なようすに・・・。


 ・・・黙っているのかと思ったら、ジルが一言、こう言った。


「女神は、オーバの言葉に従え、と言っている」


 ・・・おい、ジルよ。


 本当にセントラエムがそう言ったんだろうな・・・。


 ジルの一言で、どうしても答えなければならないようになったので、おれは言葉を紡いだ。


「・・・アイラは、おれの妻とする。アイラはすでに成人であり、日々の修行で、この大森林を支え、守る力を身に付けつつある。おれに守られるだけでなく、おれとこの村を守る力を磨いている。おれの妻としてふさわしいと言える。女神の信任も厚く、治癒の神術も使えるようになった。ただし・・・」


 嬉しそうに聞いていたアイラは、さっと表情を変えた。

 いや、悪いことを言う訳じゃないよ。


「・・・日々の暮らしは、シエラとともにあること。夜伽は、完成した新居で」


 シエラが、安心したような、満たされた笑顔になった。


 夜伽の部分に過剰に反応するのはノイハだ。


 やれやれ。

 おまえは健全な男子だよ、ノイハ。


 ちらりと見ると、クマラが泣きそうな顔をしている。


「クマラはまだ成人ではない。確かに女神の言葉は重いが、それはクマラを縛るものではない」


 クマラの泣きそうな顔が一段階進化した。


 というか、泣いた。





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