第18話 女神を懐かしの電報代わりに利用した場合(4)



 まあ、やりすぎはよくない、と思うが、大牙虎の方も、やり過ぎだ・・・いや、待て。大牙虎は、本当に村を全滅させているの、か・・・?


 滅ぼされた、と言っている三つの村も、必ず、生き残りがいる・・・。


 なぜだ?


 オギ沼の村では、ジル、ウル、ヨル。

 ダリの泉の村では、ノイハ、セイハ、クマラ、アイラ、シエラ。

 虹池の村からも、ジッドやサーラなど、生き残りはいる。


 全滅、というのは、生き残りが一人もいない、ということではない。村で暮らせなくなった、という意味での全滅、だ。滅びたのは村であり、人ではない。


 大牙虎は人間を滅ぼすつもりはない、ということか。

 そうだとすると、それは、何のためなのか。


 おれも、はじめは、大牙虎を全滅させるつもりはなかった。

 敵対していることは分かっていたが、滅ぼしてしまうより、時折間引いて、食料にできると考えたからだ。

 竹林の竹を全て切り倒さないことやきのこ類を取り尽くさないことと、ネアコンイモを掘った分だけ植えるようにしていることなどと同じように。


 ノイハは小川で魚を追ったとき、全てを捕まえずに、大きく育った魚を必要な数だけ捕まえさせた。

 これも、取り尽くさないことで、これから先も魚が食べられるようにという考え方だったはずだ。


 大牙虎の人間に対する考え方も、同じ、ということだろうか。

 自分たちが食料として生かされているというところには、おぞましさを感じるが、それはおれたちも他の生き物に対してしていることでしかない。


 おれたちが誰かと愛し合い、子を成し、育てて、そして、いつかは大牙虎の腹におさまる。考えたくもないことだが、立場を変えれば同じことをしている。


 それが弱肉強食という自然の摂理か。


『ついたぞ、偉大なる森の王よ』


 大角鹿に声をかけられて、我に返る。


 水音が聞こえる。

 小川の流れと、滝の音。


『そなたらがいつも集まる小川だ』


 なるほど、そういうことまで大角鹿は把握していたのか。おれたちのことも、その他のことも、この森のことなら、おれたち以上に何でも知っているのだろう。


「おれのことを王だと言うが、あんたたちは夜の森の王だな」


『我らはたとえ夜でも、この森の全てを手にしようとは思わぬ。偉大なる森の王よ、この小川を渡ってより先は、そなたら人間と大牙虎のいさかいの場。先程の約束、忘れぬことを願う』


 前足を折ったかがんだ大角鹿の上で、おれはサーラを抱き上げてから、地面に降り立つ。


 どういう意味だ?


 まさか・・・。


 『神界辞典』でスクリーンを開き、『鳥瞰図』と『範囲探索』で大牙虎を確認する。


 アコンの群生地の青い点滅に近づいてくる、赤い点滅があった。


 虹池の村を襲った大牙虎に動きはない。


 花咲池の村の方にいた大牙虎か!


 まさか、最初の偵察隊から全て、おれをおびき出すための罠だったとでも言うのだろうか。


 縮尺を変えて、くわしく確認する。


 大牙虎は五匹いる。まだ、アコンの群生地まではたどり着いていない。


 おれたちが間に合う、このぎりぎりのタイミングを大角鹿は狙っていたのだろうか。

 もし、大角鹿に乗せてもらわずに、ジッドと歩いて戻っていたら、この時間に戻れるはずがない。そうなると、ジルたちがどうなっていたか、分からない。


 そうだとすると、こいつらもかなりの曲者だということになる。


「これは、大きな借りが、できたみたいだな」


『借りの大小は、そなたが決めるがよい。では、我らは行く。いつか、また会おう、森の王よ』


 大角鹿の群れの気配が、波が引くように消えていく。


 ジッドの持つ皿石の火が消えかかっていた。


 おれはサーラを下ろして、獣脂を取り出し、皿石に追加する。消えかかっていた火は勢いを取り戻した。


 さらに、獣脂を詰めた竹筒と薪を取り出し、竹筒に薪の先端を突き入れて、薪をくるくると回す。薪の先端に獣脂を塗り、浸み込ませる。二本分、そういう状態のまま、竹筒に薪を差しておく。


「オーバ、あの大角鹿たちは、いったいなんだったんだ」

「おれたちとの、共存を願う、森の生き物だな。おれたちと大牙虎との全面的な戦いを見て、この森の生き物たちの行く末を心配しているんだろう。ジッド、すまないが、サーラを起こしてくれ。おれたちの村にも、大牙虎が近づいているようだ」


「何っ!?」

「ここから、おれたちの村までは近い。でも、暗闇では危険だ。火を大きくしてから、移動する。セントラエム、聞いてるか?」


 ・・・はい、スグル。聞いています。


「ジルをすぐに起こして、伝えてほしい。大牙虎が来たから、全員、樹上にのぼれ、と。できるはずだよな?」


 ・・・そうですね。できます。それだけでいいですか?


「ジルはそれでいい。クマラとノイハには、調理室で火を起こして、さっき、おれがやっていたみたいに、薪に獣脂をからめておくように指示をしてくれ。十本くらいは必要だ。それと、おれも、もう近くまで戻っていると伝えてほしい」


 ・・・すぐに伝えます。その前に・・・。


 セントラエムの神術の光がおれを包み、生命力が回復していく。


 ・・・精神力と耐久力は、昨日からの無理がたたって、苦しい状態です。大牙虎との戦いは、十分に気をつけてください。


「ああ。ありがとう、セントラエム」


 おれはセントラエムに心から感謝した。


 皿石の火に、獣脂をねっとりとつけて浸み込ませた薪を寄せる。獣脂が燃えはじめる。しばらくすれば、薪自体も燃え出すだろう。


 起きたサーラに、皿石を持たせる。

 二本目の薪にも火をつけて、ジッドに渡す。


 歩いて行くには、十分な明るさだ。


「小川を渡って、村をめざす。歩いていくから足元は大丈夫だと思うが、大牙虎も近くにいる。油断はできない」

「分かっている」


 ジッドが答える。


「じゃあ、ついてきてくれ」


 おれは先頭に立って、小川へ足を踏み入れた。





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