第19話 女神の影響力が拡大していた場合(1)



 歩き慣れた小川とアコンの群生地の間が、夜だとこんなにちがって見えるのかと、驚いてしまう。


 スクリーンの地図には、動いて準備をしているジルたちの青い点滅と、近づいてくる大牙虎の赤い点滅が見える。


 なんとか、サーラともう一人の子ども、エランという男の子らしいが、この二人の安全を確保してから、大牙虎との戦闘に入りたい。しかし、タイミングが本当にぎりぎりだ。大角鹿も、もう少しサービスしてくれてもいいだろうに。


 セントラエムを通じて、獣脂を浸み込ませた薪は、火をつけて、獣脂だけでなく薪が燃え始めたら、地面の一定の場所へ五本ずつ投げ落すように指示を出している。


 暗闇のままでは、おれたちは戦えないし、大牙虎の独断場では危険過ぎる。


 戦うための明かりが必要だ。


 樹上から落とした拍子に薪の火が消えないことを祈る。


 おれがたどり着く前に、大牙虎の姿が見えたら、投石と、ノイハの弓で攻撃するように手筈は整っている。


 今は、エランをサーラが抱いて歩いている。


 ジッドは左手に燃える薪、右手に木剣を持っている。


 気持ちにあせりはある。でも、急いだとしても、うまくいくとは限らない。


 ジッドは自分で自分を守れる。


 村のみんなは樹上にいれば、とりあえずは籠城できるはずだ。


 まずはサーラたちを守ることが一番になる。


 細い芋づるの栽培場所を過ぎた。あと少しで、アコンの群生地だ。


 こんなところにまで、みんなの声が聞こえる。


 既に戦闘は開始されているらしい。


 スクリーンを確認しながら、五匹の大牙虎の位置を把握していく。


 うまく回り込めれば、新居の方にサーラたちを匿えるかもしれない。ただし、サーラは木のぼりをしたことがないと言っていた気がする。


「サーラ、縄梯子をのぼれるか?」


「縄梯子、ですか?」


 そんなものは聞いたこともない、というような口調だ。そういえばそうだ。大森林の周縁部では、縄梯子が必要になることなど、ないだろう。


 見たことも、聞いたこともないとしても、とりあえず、ジッドなら、なんとかできる、はず、かな。


 先にジッドにのぼってもらって、サーラをサポートしてもらうことにする。エランはしばらく、おれが抱いたままでいて、サーラがのぼり切ったら、ジッドに一度下りてもらってから、エランを預けて、もう一度のぼってもらうとするか。


 その間の守りはおれ一人でやる。大牙虎が近づいてこなければ、全く問題はない。


 近づいてきたら、その時はその時。


 ツリーハウスは大牙虎に囲まれている。


 ここまでやってきたはいいが、大牙虎には届かない樹上からの投石に、逃げ惑う姿が残念だ。


 おれたちはその隙に新居にたどり着いた。


「これが縄梯子だ。ジッド、のぼれそうか?」

「やってみよう」


 木剣を腰にさして、ジッドは片手で縄梯子を掴む。もう一方の手には燃えている薪がある。明かりなしでのぼれるはずはないが、片手が使えずにのぼるのもかなり難しいだろう。


 ジッドは樹上までいかずに、地上から六メートルの高さに位置する、樹間のバンブーデッキの二段目に立った。


「オーバ、一番上まで行くと、明かりが下に届かない。ここが限界だろう」

「そうか、そうだな。夜だと、いろいろうまくいかないもんだ」


「サーラをのぼらせてくれ。ここで受け止めて支える」

「分かった。サーラ、のぼれそうか?」

「やってみます」


 サーラが縄梯子に手をかけて、のぼり始める。


「ゆ、揺れます・・・」


 そういうものだからね。

 もちろん揺れますよ。


 それでも、ゆっくり、着実にのぼっていくサーラ。


 そして、おれたちの存在に気づいた一匹の大牙虎がいた。

 全速で、おれの方に向かってくる。


 その身体に、樹上から、石が、ごん、と当てられる。


 少しだけ動きがふらついたが、次の瞬間には暗がりにその姿が消えた。明るいところと暗い所の差があり過ぎる。


 これだからやりにくい。


 そして、いきなり目の前に現れた大牙虎を、おれはさっと蹴り上げた。


「ジッド、サーラはのぼったのか」

「もう少しだ!」

「そうか」


 そして、持っていた燃えている薪の火を大牙虎の目に押し当てる。


 じゅうっ。


 うなりながら、地面にぐるぐると転がる大牙虎。


 今までの殴る、蹴るでのダメージとは異なる反応が新鮮だった。


 そのまま、大牙虎の首を踏み潰す。


「サーラはのぼった!」

「分かった」


 まだとどめは刺していないが、そのままおれはアコンの木に向かってダッシュする。


 そしてジャンプし、アコンの木を蹴って、バンブーデッキの一段目へ。さらに加速し、もう一度ジャンプ。そこからアコンの木を蹴って、そのまま二段目へ。『二段跳躍』のスキルはこういう時にとても便利だ。


「・・・オーバ、どうやって?」


 隣に立ったおれを見て、ジッドが驚いている。


 おれは、サーラにエランを差し出した。サーラがエランを受け取り、抱き上げる。


「ジッド、ここでサーラたちを頼む。おれは、残りの大牙虎を追い払う」


 そう言い捨てて、すぐにバンブーデッキから跳び降りる。

 そのままさっきの大牙虎の上に着地して踏み潰す。

 今度は死んだ。


 さて、と。


「ジル! 投石と弓矢を止めろ!」

「オーバ!」

「あとはおれがやる!」


 残り四匹の大牙虎。

 光と闇がまだらになる中での戦いが始まる。





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