第19話 女神の影響力が拡大していた場合(2)



 ツリーハウスを囲むように、4匹の大牙虎がいる。


 ちょうど、光と闇の境目に姿を隠すようにしている。

 本当に、賢い生き物だ。


 残念ながら、樹上の人間を攻撃する手段はなく、一方的に石や矢で追い立てられていたのだが、今のところ、まだこの村から逃げる気はないらしい。


 こっちとしては、できれば、あと2匹はここで仕留めたい。


 持っていた燃えている薪は手放し、足元に。


 大牙虎が完全に闇に消える。

 逃げた訳ではない。


 おれに襲いかかる準備だ。


 どこにいるのか、分からない状況から、不意打ちをしようとしている。

 だから、不意打ちができると思わせる。


 残念ながら、スクリーンで地図を出している限り、おれに不意打ちはできない。そんなことは大牙虎には分からない。


 大牙虎たちは、4匹、同時に襲いかかるタイミングを計っている。

 おれは自分をエサに、大牙虎を釣る。


「セントラエム、噛まれた後、治癒を頼む」


 ・・・あまり無理をしませんように。


 心配をかけます。


 でも、逃がさずに倒す、という感じにするには、ある程度、チャンスがあると思わせないとね。


 スクリーンに集中する。


 来た。


 前と後ろは、うまくかわして、右からの奴には右腕を、左からの奴には左腕を噛ませる。

 痛いのは、我慢あるのみ。


『「苦痛耐性」スキルを獲得した』


 痛みを我慢するスキルを獲得したらしい。


 まあ、致命傷という名のクリティカルヒットさえ、避けてしまえば。

 こっちの方が簡単に、暗闇でも逃がさずに捕まえられる。


 噛みつかれたまま、おれは回転して、コマのように回り、大牙虎をアコンの幹にぶつける。アコンの幹はとても堅いので、大牙虎の腰あたりに何度も衝撃が加えられる。


 5回転くらいで、大牙虎の口がおれの腕から離れた。


「セントラエム!」


 ・・・はい。治癒します。


 光がおれを包んでいく。


 その光をまとったまま、おれの腕から離れた2匹の大牙虎のしっぽを掴む。他の2匹が前後から跳びかかってきたが、前後にそれぞれ蹴りをかまして吹っ飛ばす。


 光が消えた後は、噛まれた傷も消えた。


 しっぽを掴んだ2匹は、またしてもコマのような回転で振り回し、今度は頭をアコンの幹に打ち付けていく。


 十回くらいは、ごん、ごん、と頭をぶつけただろうか。


 いつの間にか、他の二匹は、アコンの群生地からすごい勢いで離れていった。そのうち一匹がカタメだったことに気づく。


 また、カタメを逃がしてしまったか。


 おれはしっぽを掴んでいた二匹を放す。


 ひゅう、ひゅう、という苦しそうな息をしている。


 大角鹿の言葉が頭をよぎるが、そのまま、とどめを刺す。


 少なくとも、逃げた二匹と、虹池の村の七匹。合わせて九匹の大牙虎がいる。

 群れは半減していると考えられるが、まだまだ大牙虎は全滅ではない。


 そういう言い訳は思いついた。


 それから、燃えている薪を集めて、みんなも呼び寄せた。そして、ジッド親子の再会をみんなで見守った。さらに、サーラとエランがジッドによって、みんなに紹介された。


 戦闘の興奮が、眠気をとばしている。


 暗闇の中ではあるが、そのまま薪を持って、みんなで小川に向かう。


 大牙虎の血抜きを小川にしかけて、すぐにアコンの群生地に戻る。


 その間に、大角鹿に助けられた話を、女神のおかげで、という一言を勝手に加えて、しておいた。

 大角鹿は全滅させてはならないし、そういうことは大角鹿だけではない、とも言った。


 通じたかどうかは、分からないが、これから先もそういう話はしていくことにする。


 新居の二段目にジッド、ムッド、スーラの親子、その樹上にサーラとエラン。ツリーハウスの西階、二段目にジル、ウル、ヨル。一段目におれ。東階、二段目にセイハとクマラ。一段目にアイラとシエラ。樹上にノイハ。


 ようやく、新居がその役割を本格的に発揮しはじめた。


 火をつけた薪は一か所にまとめ、延焼しないように気をつけておく。


 このまま徹夜で、森の中に吊るして血抜きをしかけた大牙虎を取りに行こうか、とも考えたが、さすがに止めておいた。


 他の誰よりも高い数値だとはいえ、おれの精神力や忍耐力にも、限りがある。


 スクリーンで虹池の村に向かう赤い点滅と、虹池の村から動かない赤い点滅を確認して、セントラエムと少しだけ話した後、おれはようやく、目を閉じた。


 長い一日だったが、十日を予定していたことが一晩の中に省略されたのかと思うと、明日からはのんびりできるのではないか、と期待して、眠った。






 翌朝は、いつものように女神への祈りから始まった。ジッドやサーラも、当然のように参加していたし、小さなエランもサーラの膝の上で参加している。


 セイハも意地を張らずに参加すればいいものを。


 それと、昨夜の戦いで、ノイハのレベルが上がっていた。おそらく弓関係のスキルを獲得したのだろうと思う。これは助かる。


 いつもの、日本人なら誰でも踊れる体操と、拳法修行はジル師範にお任せ。


 おれはその間に、ジッドから剣術を学ぶ。

 アイラもこっちに興味がある・・・というか、強い相手とは手合わせをしたい、という、やや戦闘狂なところがある。怖ろしい美女だ。


 朝の修行の後は、ノイハやセイハ、アイラにみんなを頼んで、竹の伐採と製材、ランニング付き。

 小川での食事の準備と、大牙虎の解体を任せた。

 クマラはヨル、シエラ、スーラと細いネアコンイモの芋づるからの糸の確保し、布を織る。これにはサーラも加わるらしい。

 そういう合間で文字の勉強も忘れずにやるよう、ジルには言い含めてある。


 おれはその間に、昨日の大牙虎レベル9を取りに行く。貴重な肉をそのままにはしておけない。『高速長駆』で往復三、四時間というところ。


 おれが戻ると、今までにない大きな大牙虎に、みんながおおーっと感嘆した。一番年長のジッドでさえ、大牙虎の肉には目がない。


 いや、それはたぶん、死んでいて肉だと思ったからで・・・。

 このサイズが生きている間は、そういう感じにはなれないと思うぞ・・・。


 そういうのは、戦って生き延びたジッドが一番分かっていると思うんだけれどね。


 解体した肉は、今日の分、明日の分だけは分けておき、後は干し肉として処理する。


 これにはジッドがうなった。焼肉祭りになると思っていたらしい。

 おっさん、大人になりやがれ。息子も娘も我慢してるよ。


 いつもの芋スープに焼肉が追加されるんだから、今日と明日は豪華メニューだ。





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