第19話 女神の影響力が拡大していた場合(3)



 実験水田に水を追加して、みんなで畜産場へ移動する。

 土兎と森小猪を飼っているということに、ジッドとサーラが目を丸くしていた。


 これまでの囲いの中は、土兎と森小猪が食べ尽くしたので、新たな囲いを設置して、ウサギたちを移動させる。元の囲いも取り外し、また、別のところに移設する。土兎や森小猪がいる囲いと、いない囲いがある。


「また、捕まえよっか」


 ノイハがのんびりした感じで言う。


「いや、あれは、次に移動させる予定地でいいよ。まだ、繁殖に成功していないし、今は数を増やしても仕方がない」

「そっか」

「それよりも、今から作業だ」


 石斧や大牙虎の牙を使って、これまで土兎と森小猪が暮らしていた範囲を耕す。生えていた雑草は土兎がほとんど食べているし、森小猪がある程度掘り返しているから、そんなに力は必要ない。


 掘り出した石は一か所に集め、耕した土はよく混ぜて、竹筒に貯めておいた灰や、大牙虎の骨を砕いた骨粉、それにアコンの根元の土も加える。


 アコンの根元の土は、金メダル剥奪レベルのドーピング肥料になるだろうと予想していた。それに、土兎や森小猪の糞尿もここには自然と混ざっている。


 全長八メートルくらいの畝が四本できた。


 そのうち二本にはスイカの苗を、もう二本には豆の苗を植えていく。


 竹筒じょうろでまんべんなく水を与えて、畝を固める。


 おれの指示に、クマラは分からないことを質問してくる。農業はおれの専門分野ではないので、うまく答えられないこともあるが、一応、クマラは納得してくれている。実に勉強熱心で嬉しい。


 畑の隣に、竹筒栽培の稲を並べていく。学校の教室のベランダで、ペットボトル栽培をしていたのを真似てみた。実験水田と並行して、米の生産量を増やしていきたい。倒れては困るので、掘って、埋めてを、何度も繰り返して行く。


 ビワ畑とスイカ畑、豆畑、竹筒稲には水やりが必要だ。これは明日からの日課に加えられることに決まった。


 拳法修行の後、小川までのランニングと合わせて、水やりのために三往復くらい走ることにする。いいトレーニングになりそうだ。


 セイハの顔が苦虫を噛み潰したようになっていたのは見ないふりをした。それでもセイハは我慢してやるはずだ。実は、サーラも、えっ、という顔をしていた。

 そういえば、サーラはセイハとちがって、スキルやレベルの話を知らないのだから、そういう風に受け止めるのも無理はない。






 それから、三軒目のツリーハウスの建設をできるところまで進めて、みんなは小川へ、おれはヨルとノイハを連れてパイナップルの群生地へ走った。


 ヨルとノイハにはおそらく『長駆』のスキルが既にある。


 ジッドにもあると思うが、ジッドにはみんなの護衛として残ってほしかった。


 おれたち三人でパイナップルを収穫して、小川にいるみんなと合流する。


 竹筒の芋スープは最近、竹筒に味が浸み込んできたからか、濃厚さが増した気がする。美味しくなっているのだが、衛生面ではどうなんだろうかと心配になる。

 近いうちに、新しい竹筒と交換して、古い竹筒は稲栽培で使うことにする。


 焼肉は相変わらず好評だが、一人ずつ、分量は制限している。

 子どもたち以上に、残念そうなジッドをたしなめつつ、パイナップルを大牙虎の牙で割っていく。


 パイナップルは、その見た目から、最初に食べるときは、みんなが嫌がっていた。しかし、一度、あの瑞々しい黄色い果実を口にした後は、大人気フルーツとなった。

 今は、ジッドとサーラが、以前のみんなのような顔をしている。ノイハが殊更明るく、これはうまいんだ、と言っている。


 食べたら分かる。しかも、この酸味は疲れも取れるはず。


 ・・・最後は、ジッドが芯の堅いところまで噛み続けていたので、どれだけ食いしん坊なんだと、ジッドのイメージがおれの中で変化していった。


 明日用の肉をパイナップルの皮の中にのせて、別のパイナップルの皮ではさんでおく。何か、果物の果汁で肉がうまくなるという話を聞いたことがあったから、試してみる。明日も楽しみだ。


 河原の小石で、足し算と引き算の勉強を教える。

 ジルをはじめとする子どもたちだけでなく、みんなが参加する。商業が発達していないので、計算する必要がないため、成人してもまともに計算ができない場合が多い。


 やはり、必要だから、いろいろなことは身に付いていくのだ。

 でも、それでは、必要以上のスキルを獲得できない。


 スキルの獲得数がレベルとなり、生き抜く力となる世界だから、生活上の必要性とは切り離して、いろいろなことを学び、鍛え、自分を育てるべきなのだ、というのがおれとセントラエムが出したひとつの結論だった。


 以前、セントラエムから、都市の支配者層だと、レベルが高くなりやすいと聞いた。結局、それは教育を受けられるかどうか、という点に集約されるのではないかと思う。

 スキルとレベルという概念が理解されているのかどうかは分からないが、そうでなくとも、支配者層はそれを感じとっているのだろう。


 それにしても、この大森林で暮らしていると、都市というものがあまりにも縁遠い気がする。


 算数の後は、組手だ。


 ジルとウルには組手の型を終えた後、おれに向かって本気でかかってくるように言ってある。もちろん、レベルなしの二人に、わずかなダメージも与えられることはない。


 最近は、ムッドもやってみたいと言い出したので、組手の型を教えて、ジルやウルと動きを合わせながら練習している。もうしばらくしたら、ムッドも相手をしてあげよう。


 ムッドは欲張りなので、拳法の後はジルやウルと一緒にアイラから棒術を教えてもらっている。


 ノイハはこの時間を弓の練習の時間にしている。これには、ヨルとクマラ、スーラが参加している。


 セイハは、習った文字の復習を兼ねて、シエラやサーラに文字を教えている。

 できるだけ、運動や戦闘からは遠いところで自分を伸ばそうとしているセイハのことは、最近、それでもいいか、と思い始めている。

 戦闘関係のスキルがなくても、レベルそのものが高くなれば、生存確率は高まる。それなら、好きなことを伸ばすのもありだろう。


 ジッドは、木剣で、剣術の型を繰り返している。こういうストイックな姿が元のイメージだが、あの食いしん坊の姿を知った後では・・・。





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