第18話 女神を懐かしの電報代わりに利用した場合(3)



 いろいろ話しながら座っていると、いつの間にかサーラがおれにもたれて眠っていた。


「眠ったか」

「みたいだ」


「すまなかったな、オーバ。おかげで、大牙虎から、逃げ切ることができた」

「いや、それはまだ、分からない」


「どういうことだ?」

「あいつらは、夜でも動けるってことさ」


「そうか・・・」

「ジッド、皿石を持てるか?」


 おれは皿石に獣脂を補充しながらそう言った。


「ああ、大丈夫だ」

「なら、頼む。前を歩いてくれ。おれはまたサーラを抱えて歩くよ」


 ジッドは木剣を腰にさして、左腕に子どもを抱き、右手で皿石を持った。


 まだ歩くのか、などと言わないところがジッドの強さだろう。


 ここが生死の境目だと考えている。

 大牙虎を甘く見たりしていない。


 恐怖をごまかすために、おれとジッドはアコンの森の暮らしのことや草原での暮らしのことを話しながら、森の奥へと進んだ。


 それから三時間は歩いただろうか。


「オーバ、何か、いるぞ」


 ジッドが止まった。


 スクリーンの地図での反応は、特にない。だから大牙虎ではない。


 しかし、前に、光る点がいくつも見える。

 直感で、動物の目の光だろうと思った。


 地図の縮尺を変えて、改めて『範囲探索』を使用する。


 やはり、たくさんの動物がいる。

 黄色の点滅は、敵でも、味方でもない、中立の存在。


 だから、大牙虎ではない。

 大角鹿だった。


 十数匹はいる大角鹿の群れだ。


『女神の加護を得た偉大なる森の王よ。我らの助けを求めるか』


 なんだって?


「オーバ、今、しゃべったか?」


 ジッドがそう聞いてきた。


「いや、しゃべってない」

「そうか。でも、何か、聞こえたぞ」


『女神の加護を得た偉大なる森の王よ。我らの助けを求めるか』


「やっぱり、しゃべったんだろう?」

「しゃべってない」

「でも、聞こえたぞ」


 そう、聞こえた。


 それが、おれでもなければ、ジッドでもないとなると・・・。


 大角鹿が話しかけてきたってことになるようだ。


 しかも、直接脳に響く、この感じ。

 スキルの力、なんだろうな。


『女神の加護を得た偉大なる森の王よ。我らの助けを求めるか』


 やっぱり、そうみたいだ。

 大角鹿が話しかけてきているらしい。


「おれたちを助けてくれるのか?」


『偉大なる森の王の願いならば』


「乗せてくれるといろいろ助かるのだけど」


『それはお安いご用だ。乗るといい。はじめから、そのつもりであった』


 え。

 乗せてくれるんですか?


 それは助かる。


 しかも、ファンタジーだ。


 大角鹿が二匹、おれとジッドの前に進み出て、前足を折ってかがんだ。


『さあ、乗るといい。連れていくのは、大樹の森でよいな』


「大樹の森っていうのは、アコンの木の群生地のことでいいんだよな?」


『この大森林で最も太いのは、大樹しかない。呼び名が異なっても、同じものであろうよ』


 おれとジッドは、それぞれ目の前の大角鹿にまたがった。おれは、サーラを抱き上げていたし、ジッドは子どもと明かりで手がふさがっていた。


 起き上った大角鹿は軽やかに駆けた。


 足を必死で踏ん張って耐える。

 落ちたら、大変なことになりそうだ。


『その娘は、我の背に乗せて、片腕で支えるがよかろうて』


 ああ、なるほど。

 抱き上げ続けたら大変だしね。


 言われた通りにすると、少し楽になった。


「助けてくれて、ありがとう。それで、おれたちに、何を求める気なんだ?」


『恩を受けたままにせぬつもりとは、良き王かな。そういう話は大樹の森まで届けてからでいい、と思っておったが、まあよいか。偉大なる森の王よ。そなたら人間と大牙虎との、このいさかい、どのように終わらせるつもりか』


「どのように終わらせるのかって、言われてもな」


『森に王が現れたことは、人間と話せる者も、話せぬ者も、みな、勘付いておる。我らの力では、王の力にあらがうことはできん。だからこそ、王たるそなたに問いたいのだ』


「大牙虎は、これで、人間の村を三つ、滅ぼした。それを忘れる訳にはいかない」


『そなたは森の王。その気になれば、我らの全てを奪い尽くせる存在。大牙虎は断罪されるということでよいか』


「断罪、ねえ・・・。おれが王かどうかってのは、気になるところだけれど・・・。大牙虎と戦える力があるおれとしては、大牙虎が人を襲う限り、戦うしかない」


『大牙虎が人を襲わなければ、戦わない、ということか』


「それも、難しいな・・・。おれたちも、食うために戦うことだってあるからな」


『ならば、対等』


「そう言われたら、そうだな」


『大牙虎だけを責めることには、ならんのではないか、森の王よ』


「殺すなって、ことか?」


『大牙虎のことまで、我らは気にかけられん。しかし、大牙虎のことは、我らの行く末かもしれん』


「あんたたちの、大角鹿の求める対価は?」


『我らは、滅ぼされることは望まん。森の王の慈悲のもと、対等でありたいと願う』


「対等で、この借りを返せるのか?」


『庇護を求めたとて、食うために殺すのは止められぬのだろう』


「まだ、大角鹿を殺したことはないね」


『しかし、食うために互いに戦うことは否定できん。我らは肉を食わんが、人間たちと肉ではない食べ物を奪い合うこともあろう』


「戦って殺されることは、仕方がないって、ことでいいのか」


『そうだ。しかし、滅ぼされるのは、望まん』


「殺し続けたら、いつかは滅ぼすことになるよな」


『そこに、森の王の慈悲を求めたい』


「ひとつ知りたい。大牙虎とも話はできるのか?」


『それは分からん。我らは大牙虎と話したことはない。ただ、互いに生き抜くために戦うことはあるというだけだ』


「それでも、互いに滅びず、やってきたってことか」


『偉大なる森の王よ。そなたは強過ぎるのだ』


「おれが、この森の調和を乱している、ということだな」


『・・・我らは、大角鹿への、森の王の慈悲を求める。滅ぼされてはかなわん。しかし、殺すなとまでは言えん。我らも食べて生き抜くために、行うべきことは行う。そういうことだ。戦うときには、こちらも手加減などしない』


「・・・分かった。おれが生きている限り、大角鹿を滅ぼすことはない。約束する」


『その言葉、感謝する、森の王よ』


「・・・まあ、大角鹿と言いながら、大牙虎にもそうしろって、言ってるように聞こえるけれど」


『奴らは、王が現れるまで、森の頂点にあった。王が現れ、頂点ではなくなったことを認められぬまま、森をさまよっておるだけだ。力ある王が現れたのだから、あとは王が勝手に決めればよい。我らは大角鹿のことだけを願い、求む』


 あくまでも、大牙虎のことは言っていない、ということか。





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