第18話 女神を懐かしの電報代わりに利用した場合(2)
一度、立ち止って、ジッドを振り返る。
「ここまで、大牙虎が追ってくる気配はないようだ。どうする? ジッド? 逆襲するか?」
「・・・いや、オーバ。それはもう無理だ。村のみんなはあいつらの牙や爪で深手を負った。今さら戻っても、助けられはしないだろう」
「そうか・・・」
地図の縮尺を操作する。「それじゃ、このまま逃げよう。約束通り、ムッドとスーラはおれの村で預かってる。元気だよ」
「そうか、すまんな・・・」
「それよりも、ジッド。走るのは得意な方か?」
「ああ。昔から、走るのは鍛えてきた」
「じゃあ、大丈夫そうだな。サーラ、だったよな? 走るのは得意か?」
「いいえ、あまり走ったりは、しないので・・・」
「分かった」
おれはサーラに近づき、さっと抱きかかえた。きゃっ、という小さな悲鳴は無視する。「ジッド、かなり速めに走る。頑張ってついてきてほしい。サーラ、おれの首につかまって」
「ああ、そうしよう」
おれは全力ではないが、走り始めた。
ジッドもそのスピードにはついてきた。
さらに速くしていく。
それでもジッドはついてきた。
大したものだと思う。
『高速長駆』を使って、もう一段階、スピードを上げたら、ジッドをどんどん引き離してしまったので、スピードを落とした。
ジッドが追いついてくる。
走ったまま、横に並ぶ。
「すまない、そこまでの速さは無理だ」
「いや、十分だよ。このまま走る。日が暮れるまでに、できるだけ大牙虎から離れておきたい」
「そうだな・・・」
それから約一時間、おれたちは走り続けた。
一時間後。
スクリーンの地図で確認するが、大牙虎は虹池の村から動く気配がない。
立ち止って、サーラを下ろし、水袋から水を飲む。
サーラに両手を出させて、そこに水をそそぐ。
ジッドにも、同じようにする。
「水が、こんなにありがたいとは、な」
「ありがとう、オーバ」
ジッドとサーラも一息つけたようだ。
よく見ると、二人とも、怪我をしている。特に、ジッドの背中の爪痕はひどい。サーラは右足から血が流れていた。
「女神の力を借りれば、二人の傷を治せるけれど、治療させてくれないか?」
驚かせないように、女神の力だと説明しておく。
「女神の力?」
「そんなことまで、できるのか?」
説明しても驚くのか・・・。
まあ、説明せずに治療したあげく、疑いの目で見られるよりはいい。
二人の反応は驚きの声だったが、治療に対する拒絶はないとみなして、『神聖魔法:治癒』のスキルを使う。
サーラが光に包まれて、足の怪我が消えていく。
続いて、ジッドが光に包まれて、背中の爪痕が消えていく。
さらに、『神聖魔法:回復』のスキルも使って、少しだけれど、ジッドの生命力も回復させた。
サーラのおれを見る目が、信仰の対象のような感じで怖い。
女神の奇跡を操る、とでも思ったのかもしれない。
かなり薄暗くなってきていたが、あともう少しは動ける。
「ジッド、あと少し、走ろう」
「分かった。オーバのおかげでまだまだ走れそうだ」
おれは再びサーラを抱き上げたが、今度は、悲鳴は上がらなかった。
もうこれ以上、走って移動するのは危険だろうという暗さになって、おれは皿の形の石を用意した。
その皿石に獣脂をのせて、火起こしを始める。
火起こしでできた火種を、拾った小枝のはしで皿石へのせると、獣脂に火がついた。
「もう暗くなり過ぎた。走るのは危険だ。ここからは歩く。明かりはこれだけだから、できるだけ間を詰めよう。ジッド、その子はおれが抱いてもいいけど」
「いや、大丈夫だ。心配いらない」
「サーラ、足元に気をつけて」
「はい」
暗闇の中で、獣脂が燃える小さな光は、まるで人間の弱さの象徴のようだった。
それでも、闇が濃くなればなるほど、光は確かなものになっていく。
何度か、獣脂を補充して、二時間は歩き続けた。
「そろそろ、サーラが限界だ、オーバ」
「そうか。じゃあ、ここで野営するしかない。一番安全なのは、木の上で休むことなんだが、練習もせずに、できないよなあ」
「木の上で、ですか?」
サーラが興味をもったらしい。
「木のぼりの経験は?」
「ないです」
じゃあ、無理ですよ、はい。
「どうやって木の上で寝るんですか?」
サーラは知りたがりなのかもしれない。
「二つ方法がある。木の上で枝にまたがって幹にもたれた後、ロープで自分と幹を結びつけるやり方。安全は確保できるが、ぐっすりとは眠れないな。もうひとつはハンモックだ」
「ハンモック?」
「ああ、実物があればすぐ分かるんだけど・・・おれの村に着いたら分かるよ」
しかし、村が滅んだというのに。
村長の孫が、あんまり落ち込んでないな。
ジルやウルも、死に対するあきらめが良かったような気がする。
生への執着は強いのに、死んだ人に対しては気持ちをあまり残さないような、そんな感じだ。
逆に、アイラのような感じで、父親のこれまでの在り方が、自分たち姉妹の生きる道において障害となっていることを心に引きずっている。
ヨルの、自分の責任だ、という感覚も、生きていこうとするからこそ、なのかもしれない。
死生観のちがいが、日本で生きた前世の記憶があるおれとは、特に差があるのかもしれない。この世界はあまりにも簡単に人が死に過ぎる。
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