第17話 女神を心から信じる少女に後押しされた場合(4)
もう一本、なんとか大牙虎に近い木へ跳び移りたいが、そうするとさすがに気づかれそうだ。そこまで行けたら、樹上から跳び降りて奇襲ができるのに。
思いつきが浮かんだので、かばんから石をひとつ、取り出す。
その石を大牙虎たちの休んでいるところから五メートルくらい離れたところを狙って投げる。
石が接地するタイミングと合わせるように、隣の木へ跳ぶ。
石が落ちた音に大牙虎が反応し、警戒するが、頭上に近づいたおれには気づかない。
おそらく、樹上は奴らの意識の外にあるのだろう。
思ってもいないから、分からないのだ。
大牙虎は警戒しつつ、あたりをうかがうけれど、何も見つからない。
しばらく大人しく待つ。
そうしたら、大牙虎は、もともといた根元で、再び体を横たえた。
第一目標は、レベル9だ。できれば、ここで三匹は全滅させる。
もう一度、かばんから石を用意する。
同じように、石を投げて・・・。
それに合わせて跳び降りる。
落ちた石の音に反応して大牙虎がそちらに意識を向けた瞬間。
樹上からの落下エネルギーを加えたおれの両足がレベル9の背中をとらえた。
ぎゃう、という悲鳴のようなうめき。
着地、というか着虎の反動で後ろに倒れたおれは後転して立ち上がり、身構える。
スクリーンでレベル9の生命力が七割削れたことを確認して、スクリーンを消す。クリティカルヒットという奴だろう。
ここからは戦いに集中だ。そう考えた次の瞬間、カタメともう一匹のレベル7が顔を見合わせ、そのまま反転して逃げていった。
逃げる判断が早過ぎる。
できれば全滅という目標は、これで無理になった。
しかも、逃げて行く二匹とおれの間に、弱ったレベル9がのそりと割り込んだ。
仲間を減らしたくない、ということか?
それは、裏を返せば、群れの仲間が減ってきている、ということでもある。
大牙虎レベル9の生命力は残り35だった。
どんなスキルがあるかは分からない。
レベル差からすれば楽勝だが、油断はしない。
サイズが、大きい。
どうやら、大牙虎はレベルが上がると体格もよくなるらしい。
最初に戦ったレベル7やレベル6は、シェパードくらいのイメージだったが、こいつはもう、ゴールデンレトリーバーみたいな感じがする。
おれも大牙虎も、お互いに動かない。
もうカタメたちは見えない。
かばんから、棒を取り出す。不思議なことに、入るはずがない長さのものも、このかばんには入れられるのだ。こういう部分はファンタジーだ。
アイラの構えを真似て、大牙虎レベル9と向き合う。
棒を構えたおれに対して、大牙虎レベル9は大きく吠えて威圧してくる。
もちろん、『威圧』スキルがレベル9にあったとしても、おれには効果がない。
・・・ん、これは。
あれだ。
弱い犬ほどよく吠える的な奴だ。
実は、さっきのダメージが大きすぎて、仲間を逃がすのが精一杯だったのか。
おれは一瞬で大牙虎レベル9の前に踏み込み、跳びかかろうとしてきた大牙虎の右前脚を蹴り上げて、棒を横薙ぎに振り回した。
レベル9の横っ面がふっとぶ。
そのまま回転して左肩あたりにもう一発。
さらに回転しつつ、上段に振り上げて、レベル9の脳天へ振り下ろす。
『「戦闘棒術」スキルを獲得した』
スキルを獲得したらしい。
まあ、それを狙ってはいたんだけれど。
ふらついたレベル9が倒れ伏して、ふー、ふー、と息を吐いている。
同情はしない。
弱肉強食のこの世界。
おれたち人間も、弱ければ喰われてしまうのだ。
おれは、何度も、レベル9の頭を棒で打ちすえて、殺した。
木の枝に放り投げた木のぼりロープを大牙虎の後ろ足にしっかりと結び、ぐいっ、ぐいっと持ち上げていく。
逆さ吊りになった大牙虎の首を大きく切る。
血が、流れ出てくる。
今、この場で解体まではできないけれど、こうして血抜きだけをしておけば、あとからまだ食べられるんじゃないかと思う。皮をはがずに。
熟成肉みたいになるといいが・・・。
もったいないが、これを持ち帰っている時間はないだろう。
とりあえず、血抜きは大切。
作業を終えて、水を飲む。
『神界辞典』でスクリーンを出して固定、『鳥瞰図』で地図を広げて、『範囲探索』で大牙虎の現在地を確認。
・・・カタメたちの移動速度が速すぎる。『高速長駆』のスキルがあるのか、それとも種族固有の速さがある上に『長駆』のスキルがあるのか。
カタメたちが目指しているのは、虹池の村の大牙虎の赤い点滅だ。
そうすると、虹池の村を狙っているのが本隊、ということだろうか。
あまりにも早かったカタメたちの逃げる判断。
カタメに会ったのは二回目だから、それは不思議じゃない、とも考えられるけれど。
逃げる直前の、顔を見合わせたような二匹の動きが、気になる。
お互いに何かを確認するような・・・。
大牙虎が確認するようなもの・・・。
おれ、か。
もう一匹が、アコンの群生地で最初に戦ったときに、逃げた一匹だったとしたら。
カタメが虹池の村の近くで出会った、単独で大牙虎を倒せる存在と。
アコンの群生地にいた、単独で大牙虎を倒せる存在が。
同じ人間なのか、別の人間なのか。
確認したかった、ということか。
もし、この予想が正しかったとしたら、まずい。
虹池の村が、あそこには脅威がないと思われて、襲われてしまう。
おれは、『高速長駆』を強く意識して、走り出した。
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