第13話 女神と相談して、人命救助に向かった場合(4)



「セントラエム、西の森に、人間の遭難者がいるみたいだ。助けた方がいいかな?」


 ・・・どうして迷うのですか? スグルらしくありませんね。


「おれが単独行動することになるからな」


 ・・・みんなで行かずに、スグルだけで助けに行く、ということですね。迷いは、他の者たちを残していくことにある、というところですか。ここに残る者たちに危険がないと判断できるのであれば、助ければいいと思います。仲間は、多い方がよいと、スグルも感じているのでしょう?


「助けて、ここに連れ帰るってことだな。それが、いいかどうかは、分からないけれど」


 ・・・食料問題は、解決策をいくつも立てて、改善に向け、努力しています。もし人数が増えたとしても、半年くらいは問題がないのではないですか? それならば、人手が増えることの方がこの村にとっては重要でしょう。それに、人手が増えるだけでなく、ここに人間が集まること自体、これからの実験に都合がいいのではないですか?


 そう。

 実験なんだ。


 おれとセントラエムで話し合ってきた、これからのアコンの群生地での暮らし。

 みんなのためにもなるけれど、これは実験。


「セントラエムの判断には、従った方がよさそうだね」


 おれは、もう一度、みんなを東階の二段目に集めることにした。


 みんなが集まったところで、おれは口を開いた。


「女神さまからの神託で、西の森に倒れている人がいるという知らせがあった」


 女神からの神託、という形が一番説得しやすい。

 セントラ教の信者も増えてきているしね。


「助けに行くのか?」


 セイハが問う。


 ・・・まさか、雨の中は動きたくない、みたいな感覚じゃないだろうな。


「雨は、おれたちの体力を奪う。甘く考えてはいけないと思う。さっき、ウサギのところに行っただけで、クマラはかなり疲れてるぞ? 雨の中、行動するのは、厳しいんじゃないか?」


 セイハが正論を言う。

 確かに、その通りだ。セイハが正しい。


 正論を打ち破るには、議論をしないこと、だろう。


「女神が助けろと言う。だから、助ける。それだけだ」

「オーバ、なぜそこまで、女神を信じる?」


「それこそ、聞くまでもないよ。おれは、女神によって守られているし、女神の力を借りている。女神を信じるのはおれにとっては当然のことで、女神の命令には従う、というのも、おれにとっては自然なことだからな」

「ジルも、女神さまを信じる。だから、助けに行く」

「ウルも」


「オーバがそう言うんなら、しょーがねぇよ。おれも、怪我してたのを助けてもらったから、女神さまは信じてるしな」

「ここにいる全員が、おまえたちほど、女神を信じている訳でもないだろう」

「そりゃ、ちょっとは差があんだろよ。でも、オーバを信じるのも、女神さまを信じるのも、おれには同じようなもんだ」


 ノイハが能天気な声で、大切なことを言う。


「わたしは、女神はともかく、オーバは信じる」


 ヨルもそう言う。

 今日が初めての女神へのお祈りだったヨルは、まだまだセントラ教には染まっていないようだ。


 おれは、おれを信じるのも、セントラエムを信じるのも、同じだ、というノイハの言葉に感動させられた。ノイハはいろいろとさぼりぐせがあるけど、いい奴だよ、ホント。


「お兄ちゃん、わたしたちの長はオーバよ。わたしはオーバに従うわ」

「クマラ・・・」


 クマラの言葉に、セイハは嘆息した。「分かった。オーバが長だ。それは間違いない。オーバの決定に従おう」


 そう言ったセイハの言葉に、全員、うなずいた。


「ありがとう。では、女神の命令に従うとする。おれは、今から全力で西の森に向かう」

「おれは?」


 クマラが問う。


「そう。行くのはおれだけだ」

「・・・団体行動が基本、じゃなかったか?」


「女神さまは、ここが今は安全だとおっしゃった。そして、西の森へは急がないと間に合わない」

「その人たちが危ない状況にあるのね」


「そういうことだ。おれが全力で走れば間に合うが、みんなで行くとその速さはない。それでは助けられない」

「わたし、走るのだけは得意なのだけど」


 ヨルがそう言う。「ダリの泉の村にも、それでたどり着いたの」


「それでも、おれの全力についてはこられないだろう」

「・・・」


 ヨルは黙った。


「この家にいれば安全だ。今夜か、明日にはおれも戻る。それまでは、ジル」

「はい」


「女神の巫女たるジルがここの長だ。他の誰も、ジルに逆らうな」

「・・・分かった」


 ノイハが一番に了解した。こういう素直さがノイハを生かしてきたのではないかと思う。


「ジル、おれが戻るまで、ここは任せる」


 ジルは真剣な顔でうなずいた。






 アコンの木を下りた後、おれは全力で走ってみた。


 自分でもびっくりするほど速い上に、長距離を走ってもほとんど疲れない。


 『運動』スキルレベル10というのは、実に怖ろしい。


 マラソンでオリンピック金メダルなんて余裕じゃないだろうか。


 そう思っていると・・・。


『「長駆」スキルを獲得した』

『「高速長駆」スキルを獲得した』


 久しぶりにきました、いつもの奴です。


 しかも二連続です。

 おそらく、マラソン系スキルだろう。


 明日から、ランニング系のトレーニングも取り入れようと決心した。

 スキルを意識して、さらにスピードを上げる。


 改めて、スキルというものの怖ろしさを感じる。『高速長駆』スキルで走ると速いなんてもんじゃない。人間の走る速さではなく、何か機動力の高い乗り物に乗っているような速さだ。


 スクリーンは出さずに、脳内処理で『鳥瞰図』を開き、『範囲探索』をして目的地に向かう。途中でスキルを獲得したおかげで、目的地には予定よりもはるかに速くたどり着いた。


 そこには、二人の人間がいた。


 雨を避けようと木の根元に座り込んだ女性が右足から血を流しながら、両腕で少女を優しく抱いて、目を閉じていた。


 雨音が一層大きくなり、雨は大粒になっていた。


 新たな出会いは、大雨の中だった。





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