第11話 少しずつ女神の信者が増えそうな場合(4)
また、じわり、と大牙虎たちが距離を詰めてくる。
おれは、今度は動かない。
もう少し、大牙虎たちが距離を詰める。
その足が接地するかしないかというタイミングでまた飛び出す。
すれ違いざま、レベル8の左前足にひと蹴りかまして、おれと大牙虎との立ち位置を変える。
三匹とも、おれを警戒して向きを変える。
良かった。ここだけは、セイハに向かわれては困るところだった。
距離を詰めてきた三匹が、同時にとびかかってくる。
タイミングを合わせて、左のレベル7に右の連打を食らわせて、レベル8には後ろ回し蹴りをぶち込む。空を切った右のレベル7の爪が空しい。
連打を食らわせたレベル7が地面に倒れると同時にしっぽを右腕でつかんで振り回し、もう一匹のレベル7にぶつける。
もつれて倒れた二匹に飛び蹴り連打。
・・・もう待てません。まずは『治癒神術』と『回復神術』を・・・。
セントラエムがおれの傷を治療し、体力を回復させる。
おれはその効果が途中のままでも、全身が光に包まれていたとしても、攻撃の手を緩めない。レベル7の前足をそれぞれ一本ずつ折って、行動を制限し、レベル8に向き直る。
・・・さらに、『神力付与』で支援します。
レベル8のふところに飛び込んだ時には、おれの全身が光っていた。大牙虎もまぶしさで見えにくくて困っただろう。
あごを蹴り上げて腹をさらさせ、逆足でさらにその腹を蹴る。
倒れたところで右の後ろ脚を踏みつぶして折る。さらに、右の前足も折る。左側だけの足だけではもう走れないだろう。
レベル8がやられたのを見て、三本足で逃げようとした二匹のレベル7に飛びつき、そのしっぽをそれぞれ捕まえる。
まあ、一本折れた足では、スピードもでないしね。
おれの左腕はセントラエムのおかげで完治している。
しっぽを捕まえたおれの腕を振りほどくことなど大牙虎ごときの力ではできない。
逃げたいが、逃げられない。攻撃するとやられるからこっちに向かっては行けない。そういう、複雑な感情が見られる奇妙な動きを二匹がしている。
二匹まとめて、上へ振り上げて、反対側の地面に、びたん、と叩きつける。
もう一度、振り上げて、反対側に、びたん。ついでに、レベル8の頭に向けて、びたん。
最後に、セイハがへたりこんでいる木の幹にがつん。これは、セイハに対するおれのいら立ちの発散でもあるけど、それは言わずにおく。
倒した二匹を置いて、レベル8へ。ずるずると、左側の足だけで、這うように逃げようとするがどうあがいてもバランスがとれない。生まれたての小鹿が立ち上がれない感じをさらに困難にしたようなものだろうか。
同情はしない。全力で走り寄って横腹を蹴り飛ばし、後ろの木にふっとんだ大牙虎をそのまま木の幹の一部に埋め込むように飛び蹴り連打、連打、連打。
自分自身に対するものや、セイハに対するものや、この世界に対するものも含めて、なんやかんやともやもやしていたものを八つ当たりのようにレベル8にぶちかます。
既にレベル8は死んでいた。
おれは、大きく息を吐いて、みんながのぼっている木の方を向き直った。
意外なことに、クマラが真っ先に下りて来て、おれの方へ駆け寄ってきた。そして、そのまま、おれの左手を掴む。
「腕は、腕は大丈夫なの?」
クマラの声が大きくなっていることに、こっちとしては驚いているのだが、まあ、さっきもセイハに向かって叫んだりしていたからね。
「女神の癒しの力を受けたからね。もう大丈夫だよ」
「・・・本当、血の下に、傷がないわ」
クマラは自分が汚れるのもかまわず、おれの腕の血をぬぐう。
いやいや、もし、そこに傷があったらめちゃめちゃ痛いでしょ、それ。
納得したのか、クマラはおれの左腕の血をぬぐうのを止めた。それから両手で、おれの左手をぎゅっと握り、上目づかいにおれを見つめた。
「オーバ。お兄ちゃんを助けてくれて、ありがとう」
その声は、いつものクマラの、小さな声だった。
おれは右手で、クマラの頭をそっとなでてから、視線を他の子たちにそらす。
目をそらしたのは、後ろめたさでいっぱいだからだ。
わざとセイハを追いつめようとしたなんて、この際、忘れてしまおう。
ジルが、ウルが、飛びこむように抱きついてくる。
その向こうでは、ノイハが、セイハを助け起こしていた。
ヨルが、おれとクマラを交互に見つめていた。
大牙虎の偵察隊は全滅した。偵察に徹することができないのは、獣としての本能だったのだろうか。それとも、セイハという弱いエサが目の前にあったからだろうか。
今回は一匹ずつ倒していくという今までの戦い方とは、少し違うやり方を選んだ。それでも、大牙虎は三匹同時でも、おれの敵ではない、ということが分かった。
言いかえれば、おれ以外の「人間」が大牙虎より弱いから、大牙虎の襲撃が問題なのだ。
もし、村人全員が、ジッドと同じレベルがあれば。
この大牙虎の襲撃は、大した問題でもなかったはずだ。
ずっと、毎晩、セントラエムと話し合っているが、この世界は生き抜くのが難しい。
どうして、人間はなかなかスキルを身に付けられないのか。また、どうすれば、スキルを身に付けられるのか。なかなか結論は出ない。
せめて、その成長の秘密を解き明かしたい。
そして、ジルたちを育てて、自分を守れるようにさせたい。
大牙虎の群れに、慌てなくてもいい程度には。
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