第11話 少しずつ女神の信者が増えそうな場合(3)



 ムッドとスーラは、まだまだ楽しそうだ。ホームシックにかかるかと思っていたが、まだ余裕がありそうだ。

 まあ、あれか、おれが子どもの頃、一人で田舎のおばあちゃん家に行くのにワクワクしていたのと同じ感じなのだろう。


 小さなジル師範の空手道場に、子どもたちの気合いの声が響く。


 クマラの声は小さいけど。


 体操の後は参加しないノイハが、セイハに声をかける。


 もじもじしていたヨルは、おれの方にやってくる。


 ああ、いいタイミングだ。


 スクリーンを確認しながら、おれはヨルを振り返る。


「ねえ、オーバ。あれは、オーバが教えたの?」

「あれ?」

「そう、あの、殴ったり、蹴ったりする練習」

「ああ、ジルとウルにはおれが教えたけど、あとのメンバーは、ジルの真似をしているだけだろう」


「あれで、大牙虎に勝てるの?」

「勝てないよ、今は」

「今は?」


「そう。いつかは勝てるさ」

「いつかは、勝てるの?」

「ああ、勝てる」


 おれは、目の端でとらえたスクリーンに、三つの赤い点滅を確認した。


 予想通り、偵察隊だ。


 ゆっくりと数を数え始め、タイミングを計る。


「わたしは、そうは思わないよ・・・」

「どうして?」


「あんな怖ろしい獣を相手に、武器もなしで向かい合うんでしょう?」

「おれはずっと、そうしてきたけどね」

「でも・・・」


 今だ。


 おれはヨルには何も答えず、ジルに叫ぶ。


「ジルっ! 木の上にのぼれ!」


 ジルがすぐに反応する。ウルも反応が速い。


 食事中だろうが、稽古中だろうが、そんなことは関係ない。こういう時の、ジルからの絶対の信頼がありがたい。だからこそ、この子たちは絶対に守りたい。


「ヨルも、急げ!」


 びっくりしているヨルの背中を押し出す。


 ウルとジルが先に、するするっとのぼり終える。それくらいのタイミングで、ようやくノイハのロープがセットされる。石投げは、意外と難しいのだ。


 ノイハがのぼり始めたくらいで、ムッドはウルのいる、スーラはジルのいる枝に手をかけている。


 クマラとセイハものぼり始めたが、するするとのぼるクマラに対して、セイハはうまくのぼれず、一度、落ちてしまう。何か、ぶつくさ言いながら、のろのろと再びロープを掴む。


 ノイハがのぼり終えたので、ノイハのかけたロープに、ヨルが手をかけて、のぼり出す。


「あいつらだっ! 急げ、ヨル、セイハっ!」


 ノイハが叫んだ。

 大牙虎が駆け寄ってきている。


 ヨルはもう、枝に手をかけていたが、セイハはまだ一メートルものぼれていない。

 それどころか、ノイハの声に驚いて、また落ちた。


「お兄ちゃんっっっ!!!」


 クマラの大きな声が響く。

 クマラも叫べるのか。よかったよ。


 セイハがもう一度ロープを掴んで、のぼろうとしたところに、突進してきた大牙虎がとびかかった。


 セイハの表情が固まる。


 クマラの悲鳴が響く。


 赤い血しぶきが、セイハの顔にかかる。





「オーバ!!」


 ジルが叫ぶ。


 セイハは、ロープから手を離して、ずるり、と地面に座り込んだ。


 おれは、全力の右アッパーカットで、おれの左腕にささった牙ごと、大牙虎を後方にぶっとばした。おれの左腕から、さらに血が飛び、セイハの顔にかかる。


「だから言っただろ。ごちゃごちゃ言わずに行動してれば、こんなことにはならなかったんだ」

「あ、あ・・・、あ・・・」


 セイハは小刻みに震えている。


 あ、下から思わず出てしまったようだね・・・。


 まあ、それはしょうがない。これは命がかかった恐怖体験だから。


 おれには効果がないので分からないが、大牙虎が『威圧』スキルを使っているのかもしれない。そうではないとしたら、セイハは本当に恐怖しているのだろう。


 ふっとばした一匹も合わせて、三匹の大牙虎がおれとセイハを囲む。


 後ろのセイハを守りながら戦うのは、やはり難しい。

 しかし、一度、セイハに怖い思いをさせないと、こいつの行動せずに言い訳ばかりするところは変わらないんじゃないかと、思ったんだよね。


 予定では、ぎりぎりのぼれるくらいのタイミングを計ったんだけど、セイハが肉体的にも精神的にもヘタレ過ぎて、下に落ちてしまったのは、正直誤算とも言える。

 時間は計算できても、人間は計算には当てはまらないということだろう。今後、気をつけたい。


 大牙虎はレベル8と、残りの二匹がレベル7だ。


 これまでの偵察隊より、少しレベルが高い。アコンの群生地の偵察だからかもしれない。それとも、人間の村を襲撃することで、スキルを獲得する個体が増えているのか・・・。


 そうだとしたら、やっかいだな。


 おれが血を流しているので、タイガースはやる気に満ちている。


「そこで反省しろ、セイハ。大牙虎を甘く見過ぎだ。日頃から、努力し続けた者だけが、生き抜くことができる。これからは言い訳を考える前に行動するんだな」


 そんな言葉を聞く余裕なんかないだろうれど、言っておく。


 のそり、と大牙虎が距離を詰めてくる。


 おれも、小さく、すり足で前に出る。


 予想外だったのか、大牙虎はぴくり、と反応する。


 その一瞬で前に詰めて、レベル8の鼻面に前蹴りをかました。


 その反動で後ろへ跳んで戻る。


 ひるんだレベル8は少しだけ後退したが、逃げたりはしない。おれの左腕の血を見ている。


 そう、逃げられては困る。

 この三匹は、ここで仕留める。


 こいつらの数は、できる時に着実に削っていく。

 逃がして本隊に合流されては、数が減らないし、キリがない。


 だから、まだ、セントラエムには治癒の神術を待ってもらっている。そのことは昨晩、いろいろと話し合っておいた。





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