第11話 少しずつ女神の信者が増えそうな場合(2)



 おれは先に寝て、より危険な深夜の見張りをすることにした。まあ、スクリーンで確認する限り、今のところその危険もないはずだが、あえてそれは言わない。


 セイハはおれにいろいろと聞きたいことがあるようだが、とりあえず放っておく。話は、アコンの群生地についてからでもできるし、今、セイハの質問に答えても、セイハは納得しないことが多いだろう。甘えた考え方をしているのだから。


 予想通り、何事も起こらない夜を過ごし、見張りの時間は、道具作りをしながら、セントラエムと、この世界のことを議論したり、これからのことを話し合ったりして過ごした。






 深夜の見張りの間に、大牙虎の胃袋でつくった新しいくつは、朝の出発前にスーラにはかせた。

 大牙虎の胃袋は頑丈で、それでいて柔らかい。かつてここで消化された誰かがいるかもしれないということを忘れてしまえば、最高の材料のひとつだ。

 ムッドがとてもほしそうな目をしていた。あと二つ分、材料はあるが、まだ乾燥が足りない。


 朝の祈りはジルが中心となって進めている。


「女神に祈らなければいけないのか?」


 などというセイハには、別に祈る必要はないと告げた。

 やれ、と言えばやるのだろうが、こういうところが、いらっとするのだ。本人は他人を不快にさせている自覚がない。おれも気をつけたい。

 不信心なセイハには、セントラエムの罰が当たればいい。


 ジル、ウル、ノイハに、ムッドとスーラ、クマラが加わって祈っている。

 クマラの声は、びっくりするほど小さい。何か、自信を失うようなトラウマがあるのだろうか。

 ムッドとスーラは、ジッドからいろいろ学べ、と言われてきたので、とにかく真似をしようと、努力している。


 ヨルはどうしようか、と悩んでいるようだったが、悩んでいる間に祈りは終わってしまった。

 ヨルがどうしようか、と悩んでいる理由は、女神がいることを信じていても、これまで女神に守ってもらえなかったことに対する、不平不満のような感情があるから、だろう。


 続けて、あの、いつもの体操と、正拳突き、左右の前蹴り、左右の回し蹴り。ここまで、小さなジル師範のマネをして、ムッドとスーラとクマラがつきあっていた。


 ノイハはさぼっているが、まあ、こういう訓練は自由意志だ。

 クマラが兄のセイハとは全く違う行動をしているのが気になるが、それもそのままスルーして、放っておく。いずれ分かるだろう。


 移動して、木登りして、休憩。


 移動して、木登りして、休憩。


 移動して、木登りして、休憩。


 移動して、木登りして、食事と休憩。


 移動して、木登りして、ハンモックをしかけ、たき火の材料を集め、火起こしをして、野営する。


 単調なくり返しだが、森の奥地に突き進んでいく一日なんて、こんなものだろう。


「こんなに奥まで、森に入った人が、今までにいたのかな」

「そりゃ、いないだろ」


 セイハの問いかけに、ノイハが答える。「これだけ似たような木ばっかりだと、どっちに向いて歩いてんのか、分かんねえし、な。オーバがなんで迷わず進むのか、どこで、方向を判断してるのか、想像できねえ」


「緩やかだけど、もう、かなり登ってきていると思う。ずっと、緩やかな上り坂を歩いてる」

「そっか。おれもそんな気はしてたぜ」


 なるほど、ノイハはそんな気がしてなかったんだな、と判断して、全体に休憩を告げた。






 虹池の村を出て四日目。


 一緒に旅する人数が増えたことと、虹池の村から森に入ったことで、アコンの群生地までが思っていたよりも遠い。

 大量に水が入るとはいえ、あの水袋は無限の量ではない。さすがに、水は節約しながら使っている。


 『鳥瞰図』を最大に広げて、いつもの小川と滝が確認できているので、森の中で迷っている訳ではない。

 順調なのだが、鳥瞰図の端に赤い点滅がある。遠い距離だと、数がよく分からない。おれたちを示す青い点滅も、仲間は九人いるのに、点滅はひとつだ。


 まだまだ距離があるし、おれたちに向かって進んでいる訳でもない。


 どちらかと言えば、アコンの群生地をめざしているように見えるので、大牙虎の本隊ではなく、偵察隊の可能性が高い。


 さて、どうしたものか。


 おれは少しだけ、進行ルートを変えた。






 五日目。


 朝の祈りには、セイハは無関心、ヨルは悩みながら参加できない。

 毎朝、そういう光景を見てくると慣れるものだ。

 祈りが始まると、ヨルはもじもじしていて、動かないんだけど、動きたい、みたいな感じになっている。

 ジルもそれには構わない。おれが、そう言い聞かせている。信じたい者が、祈ればいいのだ、と。


 セイハは、やらない理由を探すタイプだと、断定はせずに、心にメモをとっておく。女神への祈りが必要かどうか。こういう奴は、必要だと思ってやるだろうから、そもそもやる意味がない。

 神への祈りというのは、信じるか、信じないかであって、必要かどうかではない。


 信仰とは、信じているから祈るもの。

 そして、信仰は自由。

 それだけだ。


 まあ、ジルとウル以外は、ノイハも含めて、どこまで信じているのか、分からないけどね。特に、ノイハは、ね。


 いつもの体操が始まる。腕を前から上にあげて、背伸びをするクマラの表情が以前よりも明るい。このメンバーに慣れてきたことと、大牙虎に対する恐怖が薄まったことが重なったのかもしれない。


 大牙虎とは二度と関わりたくない、と思っているようだ。そういう訳にもいかないのだけれど・・・。





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