第8話 女神にこの世界の厳しさを諭された場合(4)
「怪我を治してもらったんだ。ここで戦わなきゃ、男じゃないって」
「・・・怪我の治療と、生命力の回復は別もので、ノイハ、君の生命力は後わずかだ。このまま戦ったら、死ぬぞ?」
「えっ、そうなの?」
「治癒の奇跡では、生命力は回復しない。怪我を治して、継続的に発生するダメージを防ぐことしかできない。だから、三日前に戦って、それから走り続けた、今の状態で、あいつらを相手に何かできると思うか?」
「思わない、な・・・」
おれは、かばんから芋づると石を出す。すぐに芋づるの端に石を結ぶ。
ジルの隣の木の、太い枝に向かって石を投げた。
するすると芋づるを送り出し、石がするすると下りてくる。
「このロープで、さっきのあの子たちのように上へ。急げ! 上までのぼったら、後はジルに教えてもらえ!」
かばんから、拳大の石をふたつ取り出す。
ノイハは見よう見まねでのぼっていくが、やはり遅い。練習していないのだから、当然だ。
目視範囲に大牙虎が入った。
『対人評価』で三匹全てを確認する。
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力65/78、精神力17/26、忍耐力29/43
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル8
生命力98/110、精神力34/40、忍耐力38/56
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力60/78、精神力14/26、忍耐力27/43
ぶちのめすのは真ん中のレベル8だ。他の二匹よりも、少し大きいが問題ない。
サイドスローで一つ目の石をぶん投げる。
左側の大牙虎レベル6の鼻先に直撃。
生命力は2しか削れなかったが、突進が止まる。
二つ目もサイドローで投げる。
右側の大牙虎の額をがつんととらえた。
生命力を3削って、こっちも突進が止まる。
レベル8は、あと五メートルまで接近。スピードは落ちない。こっちとしては、三匹同時でなければそれでいい。
ここは足場があまりよくない。
腰を沈めて、かかとは軽く浮かせ、両腕を腰へ。
ううううううおおおおおおおおっっっっ!!!!
レベル8が吠える。
「ひっ・・・」
ノイハから、声にならない悲鳴がもれ、木のぼりの途中で硬直して、滑り落ち、止まる。
地面から、高さ三メートル、ないところだ。二メートルくらいか。
まずい。
『威圧』スキルの効果だろう。
ノイハが狙われたら、爪や牙が届きそうな高さだ。
おれとレベル8との距離は、あと二メートル。
前足の爪が伸びると同時に、その勢いのまま、低く飛ぶ。
なるほど、おれの肩を爪で切り裂いて、そのままおれの肩を踏み台に、ノイハを噛み砕く気か。
なめるなよ。
おれにはおまえの『威圧』なんて、効いてないんだからな!
おれは一瞬で一歩、前に詰めて、右の正拳突きをレベル8の鼻面にカウンターでぶち込んだ。
大牙虎の顔面が、めり込んでいく。
そこから左右、左右の四連打。『殴打』スキルは意識せずとも使えるらしい。
さらに、左右の牙の間ぎりぎりを抜けて左の膝蹴りをあごにぶちかまし、ほぼ同時に握り合わせた両手で脳天をたたき落とした。
手と膝で大牙虎の頭をサンドイッチにした形になった瞬間、両手の親指を目に突き入れて捻る。
ぐるぅ、とうなった大牙虎が、苦し紛れに振り回した右前脚の爪を間一髪でかわして、一歩引く。
両目から、真っ赤な涙を大量に流して、大牙虎が一メートルほど後退する。
その両脇に、のそっとレベル6が二頭、追いついて並んだ。
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力63/78、精神力17/26、忍耐力29/43
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル8 状態:視界不良
生命力17/110、精神力18/40、忍耐力31/56
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力59/78、精神力14/26、忍耐力27/43
立ち位置としては三対一のような状態だが、レベル8は現在無力化できているので、二対一か。
まあ、目の前で親分らしきレベル8がメタメタにやられていたので、レベル6は二頭とも、うなるだけで、飛びかかってはこない。
かばんから、拳大の石を二つ取り出す。
距離およそ二メートルで、スリークオーターからの全力投石。
レベル8の右目に直撃。
ぼごっっっ、という音に、ぶつけられてもいないのに、両脇の二頭が後ずさる。
ふひっ、ふひーっ、という、うなりにすらならない音が、レベル8の喉からもれる。ステータスの状態が視界不良に加えて、麻痺が入る。生命力は残り9。
もう一発、全力投石。
コントロールが良すぎる。猫の額に直撃するなんてね。
生命力は残り4。
おれはゆっくりとレベル8に近づく。
おれが近づいた分だけ、両脇のレベル6が後退する。
状態表示から、麻痺が点滅して消えた。
とっさに後ろへ跳ぶ。スキルのせいで、軽く跳んだのに、二メートル以上離れてしまった。
さっきまで立っていたところに、左右の前足が振り回された。
そのまま、生命力が0となり、レベル8の動きは永遠に止まった。命を燃やした、最後の反攻だったのだろう。
かばんから、もうひとつ、石を取り出す。
左側のレベル6に投げ付けると同時に、右側のレベル6に向かって走る。
左目を潰された左側は、反転して逃げ出した。
右側は、動かない。正確には、すくんで、動けない。はるかにレベルの高い存在が、『威圧』スキルを強く意識して全速でせまってくるのだ。動けるはずもない。状態表示に麻痺が見える。
全速助走の勢いそのまま、思いっきり蹴り飛ばす。
大牙虎は五メートルほどふっとんで、後方の木にぶつかって落ちた。
『威圧』スキルを解除すると、状態表示から麻痺が消える。ダメージは大きいようで、よろよろとよろめきながら森を出ていく。
『鳥瞰図』で確認し、二匹がここから離れていくのを見つめる。
今回も、おれは大牙虎を撃退した。
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