第8話 女神にこの世界の厳しさを諭された場合(3)



 必要なものの回収が済んだので、『鳥瞰図』で『範囲探索』をして、集落の周辺をチェック。


 黄色い光が点滅して、こっちに近づいている。

 おや、初めてのパターンだ。


 中心にある、青い点滅はおれ自身のはず。

 赤ではなく、黄色。


 信号みたいなもんか?


「セントラエム、『範囲探索』で地図に出る黄色い点滅は何だ?」


 ・・・それは、敵でも、味方でもない存在です。


「それは、場合によっては、敵になるかもしれないし、味方になるかもしれないってことだな」


 ・・・その通りです。


 会ってみないと、分からない。


 しかし、逃げるにしても、もう近すぎる。もう見える位置にいる。


 西からこっちへ走ってくるのは、人間だった。






「あんたは、オギ沼の村の人か? 見た覚えがないけど」


 傷だらけの若い男が、おれに話しかけてきた。

 この爪痕のような傷は、間違いなく、大牙虎と戦って、逃げてきたのだろう。


「おれはオーバ。この村の者ではない。だが、この村の子、ジルとウルを連れて、この村のようすを確認しに来た」


 ジルとウルは、おれの後ろに隠れて、顔だけを出している。


 傷だらけだが、それほど怖い人物ではなさそうなのだが・・・。


「ティムとハルの子どもたちだな。オギ沼の村は・・・全滅か?」

「この子たちは見ての通り、逃げのびたが、あとは、死んだ。一人だけ骨がなかった」


「! その一人は、うちの村に助けを求め来た。コームとカルの子、ヨルだ」

「ヨルは生きてるの?」


 ジルが喜びで大きな声を出した。


「うちの村に来たときは、な。今は分からない」

「・・・どういうこと?」


 一転して、ジルの声は不安に染まる。


「おれは、ダリの泉の村、タルハとセカラの子、ノイハ」


 ノイハは名乗った後、いろいろと説明をしてくれた。


 ヨルが、大牙虎から、オギ沼の村を助けてほしいと、やってきたこと。

 大牙虎は二十匹以上、襲ってきたと聞き、助けに向かっても間に合わないと判断したこと。


 ダリの泉の村は、逃げるか、戦うか、意見が分かれ、逃げると決めた者は逃げたこと。


 その時に、ヨルも一緒に逃げたこと。だから、その後の生死は不明。


 ドラハという男を中心に、ダリの泉の村の人々は勇敢に戦ったが、大牙虎は考えていたよりもはるかに強かったこと。


「・・・爪で肉を割かれ、牙を突き立てられ、みんな、死んでいった。ドラハが、最後に、三匹を一度に相手をして、おれを逃がしてくれた。誰か一人でも、生き延びることが大事だ、と。おれは必死で走り、ここに来た。急いだが、三日かかった。ヨルも、うちの村まで全力で走って、四日かかったと言った。ダリの泉の村は、もう、全滅しているだろう」


 ノイハは、そこまで語って、その場に座り込んだ。


 おれは、ノイハに『対人評価』のスキルを使う。






 名前:ノイハ 種族:人間 職業:狩人

 レベル3

 生命力7/30、精神力14/30、忍耐力5/30






 ここまで来るのに、ノイハはかなり苦労したのだろう。


「オーバ、怪我を・・・」


 ジルが、おれの腕を引っ張る。

 ジル、気づいてたのか。


 おれが、ジルとウルの怪我を癒したことに。


 ジルは、いろいろと、考えながら、行動している。まあ、この子なら、考えれば、いつの間にか怪我がなくなっていたら、おれが二人の怪我を治療したんだと、分かるのかもしれない。


「ノイハ、まず、君の傷を治療しよう」

「・・・すまない。薬草でもあるのか?」


 おれは何も答えずに、『神聖魔法・治癒』のスキルを意識しながら、ノイハに手をかざす。おれの手から青い光があふれ、ノイハがその光に包まれ、輝く。


「すごい光。あの時と同じ・・・」


 ジルがつぶやく。


 光が消えた後、ノイハの傷はなくなっていた。


 精神力と忍耐力を消耗したために起こる軽い脱力感を、身体の中から吐き出すように、おれは大きく息を吐いた。


「・・・これは、どういうことだ?」


 自分の体を確認しながら、ノイハがつぶやく。


「女神の癒しの奇跡の力を借りた」


 とりあえず、それっぽく、言っておく。「傷はなくなったが、生命力が回復した訳じゃない。無理はするなよ」


「女神の癒し・・・あんた、何者だよ?」


 どう説明したものか・・・。

 うーん・・・。


「オーバは、巨大樹の森に住む、女神を信じる奇跡の人。ジルとウルも、オーバに助けてもらった」


 なんだ、それ。

 ちょっと、よく分からないんだけど、持ち上げ過ぎなのでは?


「そうか。そりゃ、すげーな!」


 え?

 それでいいんかい!


「ジルとウルも、女神さまを信じてる。ノイハも、信じた方がいい」


 ジルは、意外なことを言った。


 え、そうなの?

 そりゃ、毎朝、祈りはかかさず捧げさせてるんだけどね。


「・・・そうだな。これは、信じるしか、ないよな」


 ノイハは、そう答えた。

 セントラ教の信者が増えました。

 癒しの力は偉大なり。


 ・・・おっと、それどころじゃないね。


「ジル、ウル。今すぐ森へ戻るよ。急いで、木の上に避難して」


 『鳥瞰図』に、赤い点滅が三つ、かなりの速度で接近してきていた。


 トラトラトラ、だ。


 森へ入ると、ジルとウルはすぐに芋づるを結んだ石を上へ投げた。

 繰り返し、練習してきた通り、ぐいっ、ぐいっ、と木の上にのぼっていく。


「はあー、この子ら、すげーなー。木のぼり、達人過ぎるだろ」

「ノイハ、君も、木にのぼれるか?」


「いや、のぼれなくはないけど、あんなに速くは無理だな」

「大牙虎が三匹、こっちに来てる。できれば、なんとかのぼりきってほしい」

「えっ?」


 ノイハが驚く。「あんたは、どうすんのさ」


「おれは、あいつらをぶちのめす。今日は、ちょっと、機嫌が悪いので」


 沼に沈めた、物言わぬ骨たち。

 ジルや、ウルの、親も、いたはずだ。

 幼子を残して、どういう気持ちだっただろう。


「じゃあ、おれも、協力するぜ」


 意外な一言だった。

 いやいやいや。

 ノイハさん?


 さっき、ステータス確認した時、生命力は残り7とか、そういう状況ですよ?

 死んじゃいますから、戦ったら!





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