第8話 女神にこの世界の厳しさを諭された場合(2)



 獣ごときに、怯えて暮らすなんて、まっぴらごめんだ。


「だけど、ジル。オギ沼の村には、行くよ」

「……誰も、生きてない」

「そうだとしても、だ」


 ジルを抱きしめる腕に力を込める。


「いいか。あの虎は、ここまで、お前たちを追ってきた。あの群れが一部だというのなら、いずれ、もう一度ここまでやってくる。ここで待ってても、こっちから行っても、どうせあいつらとは戦うことになる。それなら、おれたちが動いたって同じだ。ジルとウルは必ずおれが守る。おれが森を出ていくのに、ウルと二人で、ここで待つつもりか?」

「それも、嫌」


「きちんと対策を立てれば、ジルとウルだって自分の身は守れる。だから、おれと一緒に来い。それとも、おれがあいつらに負けると思うか?」

「……オーバは負けない」


 抱きしめていた腕を解いて、ジルの両肩に手を置く。


「心配するな。必ず守るから。だから、おれについておいで」


 ジルの目をまっすぐに見つめる。

 ジルもおれを見つめ返す。


「……うん。ついていく」


 おれは、ジルとウルの頭を何度も何度もなでた。






 ジルとウルが逃げてきた方向、だと考えられる方へ、進んでいく。


 いつものように、『神界辞典』でスクリーンを出し、『鳥瞰図』で周辺地図を広げて、『範囲探索』で赤い点滅がないかどうか、確認する。


 セントラエムにも、安全を確認することを忘れない。


 二時間ほど進めば、休憩する。

 休憩の時には、水を飲んだ後、必ず、ジルとウルを木の上にのぼらせる。


 端に石を結んだ芋づる(太)を、ジルとウルは木の枝に向けて投げ、芋づるを引っかける。石の重みで芋づるが二本、掴めるようにする。


 二本の芋づるを両手で握り、芋づるをまたいで両足は木の幹に。

 手を上へ上へと動かす度に、木の幹を軽く蹴って、身体ごと上へ。


 安定した枝をまたいで、幹に背中を預けて、幹と身体をロープで固定する。上手に石を二、三回、投げるとくるくると身体が幹と一体化する。


 大牙虎と遭遇した場合、ジルとウルは樹上に避難させる。ロープで固定するのは、不注意で落ちないようにするためだ。それなりに太い木もあるが、アコンの木のようなものは群生地を離れたら、ない。


 虎がいないと分かっているうちに、何度も練習させておきたい。


 四回目の休憩の時、ウルが樹上で木の幹と自分を固定しようと石を投げた拍子に、芋づるを放してしまって、根元に落としたのはご愛敬。ウル本人は泣き出してしまったが、下にはおれがいるから、石を投げて枝に引っ掛けてあげた。


 五回目の休憩では、干し肉と焼き芋を分け合って食べてから、樹上へ行かせた。


 『鳥瞰図』に赤い点滅は出ない。


 六回目の休憩は、二時間、先へ進むのではなく、方向は維持したままで、樹上で寝るために大きな木を探しながら歩いた。


 幹の太さが大人二人分くらいの大樹を寝床に定めて、二人を樹上にのぼらせる。今回は、おれも二人の後にのぼって、しっかりした太い枝と枝の間に、ハンモックを強く結びつける。


 ジルとウルをハンモックの中で横にならせて、別のロープでハンモックを結んで、包むようにする。二人がみの虫状態になるが、これならおかしな寝返りをうっても落ちないはずた。


 二人が眠ったのを確認して、おれも自分のハンモックに入る。


 前世を生きていた頃は、こんなところで寝るなんて考えもしなかった、みたいな話をセントラエムとしながら、寝るまでの時間を楽しく過ごした。






 アコンの群生地を出発して四日目の昼前に、森の境目が見えた。


 『鳥瞰図』には虎が出てこないので、森の外を歩いてもいいのだが、森の中の方が目立たない上、涼しいので、森の中を移動した。


 『鳥瞰図』には、西に水源らしいところがある。


 ジルに確認したら、オギ沼の村は近いと思う、と答えた。ジルの緊張が表情に出ている。


 無理もない。


 それから一時間も経たずに、オギ沼に着いた。


 沼のすぐそばに集落がある。二メートルほどもない二本の柱に、麻で作ったテントをかぶせた、いわゆる竪穴住居的な、テントハウスが三つ、見える。柵もなければ、堀もない。これでは、獣の群れに襲われた時、まともに戦えるはずがない。


 いや、そもそも、獣の群れに襲われるということなど、考えてもなかったに違いない。


 いくつも、骨が見える。


 どれもが、うつ伏せの状態で、仰向けのものは見当たらない。戦おうとしたし、実際、戦ったのだと思うが、最終的には、逃げようと背中を向けて、力尽きたのだろうと思う。


 こう言っては何だが、きれいに骨だけが残っている。折れた骨もあるが、骨だけなのだ。髪などは風に吹かれたのだろう。


 虎の野郎、全身、くまなく、すみずみまで、食べやがった。


 大牙虎の骨も二匹分、あった。集落の人たちが倒せたのは二匹らしい。これもきれいに骨だけが残っている。かばんから石を出して、頭骨をかち割って牙を四本、確保した。


 ジルとウルは無言だ。


 暮らしていた村が滅んだのだから。

 予想はしていた、とはいえ、暗い気持ちになる。


 どうやって、弔うのか、ジルに聞いてみたが、よく分からないらしい。

 遺体の数は九体あった。


「オーバ、数が足りない」


 ジルが、はっとしたように言う。

 遺体の数が、村人の数に足りない、ということか。


「一人、いない」


 生存者がいる可能性が見えた。

 それだけでも、ここまで来たかいがあった。


 骨は、全て集めて、沼に沈めた。村の生活を支えてきた水源に、死者を返してやるのがいいような気がしたからだ。


 大牙虎の骨はそのまま放置した。


 おれは、大牙虎をぶちのめすことを九人の遺体に誓った。


 オギ沼の村の集落から、使えそうなものはみな、回収することにした。こちらとしても生きていくのに必死なので、遠慮はしない。


 おれのかばんは、神器なのでものがたくさん入る。


 麻のテントは三軒分、全て回収し、折りたたんで片付けた。


 土器の壺と、そこにたっぷり入ったどんぐりも回収する。土器があれば煮たきが直火でできるので、楽になる。


 柱の木はほしかったが、さすがにかばんにおさまらないのであきらめる。


 黒曜石の石器は回収。


 装飾品らしい、貝とか、エメラルドグリーンの石とかは、沼に沈める。


 銅のナイフを見つけた。片刃で、少しだけ刃こぼれしているが、これはありがたい。金属器の存在はこれからの生活の希望だ。


 大牙虎の骨の近くにあった槍も回収し、ジルに持たせる。





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