第9話 癒し系女神がいるから大きな怪我でも大丈夫な場合(1)



 ぶちのめしたレベル8の大牙虎の血抜きは、オギ沼で行った。


 オギ沼の村で手に入れた銅のナイフで、首を大きく割いて、動脈を切り、水につける。沼が赤く染まっていく。


 沼に沈めた村人たちの骨に、その仇である大牙虎の血を捧げる。


 解体作業は少し時間がかかる。


 『鳥瞰図』と『範囲探索』で、大牙虎が近くにいないことは把握している。


 ジルとウルは、文字の練習をしている。


 ノイハは、疲労がたまっているので、昼寝だ。

 さっき、大牙虎の『威圧』にやられて、失禁していたことは、本人の名誉のために、秘密にしておきたい。

 レベル8の猛獣に襲われそうになったレベル3の人間なら、そういうこともあるはずだ。


 ジルもそうだったが、ノイハも、自分が生まれ育った村の全滅を、悲しみながらも受け入れている。

 もちろん、納得しているという訳ではない。獣の群れ、という「災害」に対する、あきらめ、のようなものだろうか。


 血抜きの待ち時間に、大中小三種類の芋づるを使って、ハンモックを作る。この先、一緒に移動をする前提で、ノイハの寝床を確保するためだ。ジルやウルよりもはるかに体格がいいので、頑丈に作らなければならないだろう。


 完成したハンモックをかばんに片付けて、薄い平石のかまどを作る。竹炭と小枝、枯れ葉を並べて、獣脂を塗り、火打ち石を打ち滑らせる。簡単に着火できた。火打石も、オギ沼の村からの回収品だ。


 銅のナイフで大牙虎の腹を割き、食道から肛門まで、内臓を切り離す。そのまま、大牙虎の心臓を洗って血を落とし、一口サイズに切っていく。虎ハツの焼肉だ。同じく、肝臓に岩塩を削りかけて揉み、一口サイズに切り分けていく。虎レバーの焼肉だ。


 熱くなった平石に獣脂を落とし、油を広げる。その上に、切り分けた虎ハツと虎レバーを並べていく。


 じゅううううううううう・・・。


 やはり、焼肉の音はいい。

 最高だ。


 ここでもやはり、ウェルダンでいく。食べ物は安全が一番だ。

 今回は、内臓にチャレンジしている。


 まあ、問題ないだろう。

 においと音で、ノイハが目を覚ました。『対人評価』でステータスをチェックする。






 名前:ノイハ 種族:人間 職業:狩人

 レベル3

 生命力12/30、精神力19/30、忍耐力16/30







 一時間くらいの昼寝で、結構回復するもんだ。

 まあ、神聖魔法で怪我を全て治癒済みだからかもしれない。


「これは、さっき倒した大牙虎の肉かい?」


 正確には心臓と肝臓だが、おれは黙ってうなずいた。

 とても食べたそうなので、実験台になってもらうつもりなのだ。


「食べるか?」

「ああ、分けてくれ」


 小枝菜箸で、ハツを一切れ、右手に。レバーを一切れ、左手に。

 ノイハは両方を一度に口へ入れた。


 なんという食いしん坊・・・。

 しかし、これでは味の違いが分からない気がする。


 ノイハはよく噛んで、飲みこむ。


 毒なんかはなさそうなので、おれも美味しく頂く。


 まずはハツ。

 赤身の肉よりも、感じる歯ごたえ。日々血液にまみれた濃厚さ。


 ま、こんなもんか。

 好みによるけど、赤身の方がいいだろう。


 続いて、レバー。

 これもまた、赤身とは異なる食感。独特な臭み。滋養強壮の助け。


 うん。

 身体に良さそう。


 ジルとウルも、楽しみに待っているようなので、竹皿に焼けた分をのせて渡す。

 子どもたちは苦手な味かな、と思ったが、全く気にならないようだ。


 食べ物に対して、好き嫌いとか、うまいまずいとか、そういう感覚自体がないのかもしれない。全ては生きていくための糧。命のエネルギー。


 今を全力で生きているからこそ、悲しみながらも、死を受け入れる。

 そういうものかもしれない。


 かまどの石は回収したいから、水をかけて冷やしたいのだが、作り置きの焼き芋がまだ仕上がらないので、もうしばらく待つ。


 『鳥瞰図』に『範囲探索』を併用したが、近くに大牙虎は見当たらない。便利な固有スキルと発展スキルのコンボ技だ。


 おかわりのハツとレバーを食べ終えたノイハが、虎の皮を剥いでいるおれに話しかけてきた。


「オーバ、おれも、この子たちと一緒についてっていいか」

「かまわない。仲間が増えるのは、こちらも助かる」

「そうか、ありがたいぜ。おれの村も全滅は間違いなさそうだし、これからは大牙虎から身を守らなきゃならん。あれを殴り倒すオーバの近くいられるなら、助かるのはこっちの方だろ」


 そうか。そりゃ、そうだ、と思う。


 さっき倒した虎はレベル8だ。

 付き従っていた二匹もそれぞれレベル6だった。


 レベル3のノイハにとっては、レベルが倍以上の「勝てない敵」だろう。


「ジルやノイハの話をまとめると、だ・・・」


 おれは三人に、おれの考えを聞かせる。


 おれとジルたちが出会ったのは、およそ、二十日前くらい。その日に、アコンの群生地で、二匹の大牙虎を倒した。五匹、逃げた。


 その五日前に、オギ沼の村が大牙虎の群れに襲われている。そこでは二匹、骨になっていた。


 ノイハの暮らしていたダリの泉の村が襲われたのは三日前。


 二つの村を襲うまでの間が二十、二、三日ある。


 オギ沼の村で見つけた遺体は、共食いの虎の骨も含めて、腹が立つくらい、きれいに食べ切っている。


 あいつらは、ムラを襲って人間を殺し、食料を確保したら、それを完全に食べ終わるまで、そこに居座る。

 そういう行動をとっていると予想できる。

 だから、今回も、ダリの泉の村に居座っているはずなので、ダリの泉の村には近づかない。


 それと、ジルとウルも追跡されて、森の奥まで虎が来た。

 今回も、おそらく、ノイハを追跡して、さっきの三匹が来た。


 あいつらは、逃げた獲物に対して、群れの一部を差し向けるという行動パターンがあるらしい。


 でも、撃退すると、さらなる追っ手は来ない。


「・・・だから、このまま、森の奥へ引き上げたら安全な可能性が高い」

「なるほどな。おれにも分かる。いい説明だ」


 ノイハ、大丈夫かな。

 いや、心配なタイプなのかもしれない。


「でも・・・」


 ノイハが、おれの知らないところを踏まえて、話し出す。


「あいつらが最初に襲ったのが、オギ沼の村だったのかどうか、それは分かんねえよな。オギ沼の村の次は、おれたちの村だった。逃げたおれを追ってきた数は三匹で、群れに残る数の方がはるかに多い。だから、あいつらは、西へ、西へと進んでいくんじゃねえか?」

「なるほど・・・」

「そうすると、オーバの考えで、しばらくはおれの村に居座るとしても、次はさらに西の花咲池の村が襲われることになる」


 なんと、まだ他にも集落があったんだ。

 花咲池の村か。


 どこの集落も水源を確保して成立しているらしい。村の名前に沼とか池とか、水場の存在がある。


 話しながら作業をしていたが、その割にはきれいに虎の皮を剥ぐことができた。


「問題は・・・」



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