第115話 王国の巡察使は重要人物 畏れるは王国にあらず(2)



「巡察使トゥリム、そなたでは宰相たるこの私を裁くことなどできぬ」


 宰相はセンリの戦棒を突き付けられたまま、矛盾するようだが、実に堂々と、そう言った。


 血と埃にまみれた王宮の謁見の間で。

 私は今、スレイン王国の最高位の諸侯と、王の代理たりうる宮廷最高位の宰相と、対峙している。


 巡察使はそれなりの高位とはいえ、二人の前では小者にすぎない。


 宰相の言葉のあと、沈黙が広がる。

 いつの間にか、あれだけ響いていた破壊音は聞こえなくなっていた。


「北門からいろんな人が逃げ出して、南門からはアイラたちが攻め込んでたから、そろそろ王都全体が制圧された頃かもねー」


 小さな声でウル殿がそうつぶやいた。


 そうか。

 血を流す戦いは終わったのか、と。


 残るは、道理を示すことのみ。


 ・・・それなら、宰相は後回しだ。


 巡察使の私では宰相にはまだ対抗できない。


「シャンザ公には、カイエン候殺害という諸侯不殺の約定違反がすでにあるとして、もう一点、気になることがあります」

「な、何を・・・」


「カイエン候を殺したのは宰相たる私だとすればその約定違反も成立せぬが、まずは申せ」


 うろたえるシャンザ公と、平然と答える宰相。


 申すとも。

 遠慮はいらないのだから。


「陛下の殺害の容疑です」


 私が冷たくそう言うと、宰相も口を閉じ、シャンザ公を見た。


「そんなことはやっておらん! あれは辺境の聖女が神殿騎士、巫女騎士を使っておこなったことであ・・・る・・・」


 最初は叫んでいたシャンザ公が、言葉尻では声が小さくなっていく。


 その視線はウル殿へと向けられていた。

 シャンザ公が辺境の聖女であると勘違いしている、ウル殿へ。


 私がちらりと後ろを振り返ると、ウル殿はそれに合わせて首を横に振ってくれた。


 その、ウル殿の動きをシャンザ公も宰相も確認した。

 私は再びシャンザ公を振り返る。


「王国のもっとも端にある辺境都市アルフィの神殿にいた男爵令嬢キュウエンに、王都の国王を暗殺するなど、できるはずがありません。なお、巫女長さまが亡くなられてから、王都には神殿騎士も巫女騎士もいなくなっていたことも周知の事実。シャンザ公の言い分には無理があります」

「しょ、証拠があるのだ! 辺境の聖女が暗殺させたという証拠だ!」


 ・・・それは驚いた。


 どんな証拠があるというのだろうか。


「巡察使トゥリム、係官を動かしたいが、どうか?」


 宰相が言う。

 私はうなずく。


 いちいち許可を求めてくるのは、謁見の間の武力制圧が済んでいるからだ。


 あとからとやかく言われてもいいのなら、もうすでに宰相とシャンザ公を殺している。

 私がそうしないことを宰相は理解し、それでいて丁寧にこの場を動かそうと・・・いや、ごまかそうとしている。


 命の危険はない、と見切って。


 今に見ているがいい。


 必ず、どこかで立場を変えてみせる。






 呼ばれた係官は、黒く汚れた服を一着、持ってきた。あの黒い汚れは、血、だろう。血がついてからかなりの時間が経ったもののようだ。


 どうやらそれがシャンザ公の言う証拠というものらしい。


 係官はシャンザ公にその服を渡そうとしたが、シイナに戦棒で牽制されて動けないシャンザ公に渡してもどうすることもできないと気づき、そのまま自分の手に持ってシャンザ公の横に立ち、私たちによく見えるように捧げ持った。


「それが何だというのです?」


「これが証拠だ」


 私の問いかけにシャンザ公が嫌らしい笑みを浮かべて答えた。


 どうやらその証拠に自信があるらしい。

 正確に言えば、その証拠を創った工夫に自信があるのだろう。


 しかし、服か。

 確か辺境都市ではキュウエン殿が糸づくりや布づくりに力を入れていたはずだ。


「この黒い汚れは王の血。これを着ていたのは王を暗殺した神殿騎士だ。王を暗殺したときにその返り血を浴びた。暗殺者はその場で倒したが、王を守ることはできなかったのだ」


 ・・・この時点で、疑問がすでにある。


「なぜ暗殺者が神殿騎士だと分かったのですか?」

「宮廷貴族たちがあれは神殿騎士だと言っておったからな」

「それだけで? では、神殿騎士の誰ですか? 名前は?」


「・・・知らぬ。東の領地にいた私にとって、王都の神殿騎士など、ほとんど名も知らぬ者よ」


「・・・そもそも、王国最強と名高い神殿騎士をどうやって倒したのです? 先程の戦いを見ても、とてもシャンザ公の兵士たちに神殿騎士が倒せるとは思えませんが?」


 シャンザ公が一瞬、言葉に詰まる。


 そこで答えたのは宰相だった。


「神殿騎士を倒したのは巡察使のエンヤとノールだ。そなたもよく知る、そこの二人よ。神殿騎士にも十分対抗できる力量であろう?」


 ・・・確かに、そのふたりならできる。それだけの強さがある。


 そして、その二人は先程私が殺した。

 もはや、その二人に真実を確認することはできない。


 そういううまい逃げ道だ。


「そうですか。しかし、それでも、どうしてそんなことで、国王陛下の暗殺という重大事件の犯人が神殿騎士だと決めつけられるのですか。まして、辺境の聖女が命じたなどと、どこにも証拠がないではないですか」


 あきれたものだ。

 あきれたものだが、証拠は創るものだとすると、この服がそれを裏付けるのだろうか?


「そこでこの服だ」


 やはりそういうことらしい。

 シャンザ公はシイナの戦棒をちらりと見てから、身体を動かさないようにして説明した。


「この服は王都にはない、普通よりも細い羊毛の糸で織った布が使われておる。このスレイン王国でそのような高級な布を使った服など、辺境の聖女が美しい服を着ていたという話しかないのだ、巡察使とやら。そこの辺境の聖女以外にはこのような服を用意できない。そして、このような服は辺境の聖女の身近な者にしか与えられない。だから・・・」


 自信満々に笑みを浮かべてシャンザ公が言い切る。「暗殺者がこの服を着ていた以上、それは辺境の聖女の関係者であり、王の暗殺ができる手練れならば神殿騎士だということだ」


 あきらかに創り出した証拠。

 それはあきらかであるのに、それがまかり通るのが王宮。


 シャンザ公が王を殺したことはもはや疑う余地がない。

 疑う余地がないのに、シャンザ公と宰相が犯人は神殿騎士で、命じたのは辺境の聖女だと言えばそれがこの王宮での真実となる。

 そして、この創り出された血で汚れた服が証拠となって、辺境都市のキュウエン殿に罪を被せる。


 シャンザ公の祖母は公爵家に嫁いだ王女で、つまりシャンザ公は王の曾孫にあたる。

 王位につくことができる成人した王族がいない現状では、もっとも王座に近い存在であり、それを宰相も受け入れようとしているように見える。


 そのことでハナさまの預言を曲げているのか、と。


 何と言い返せばよいか・・・と考えたところで。


 ゴチンっっ!!


「あちゃ~・・・」


 ウル殿?

 何が?

 何の音だ?


 ・・・は?


 あれ・・・?


 その瞬間。

 シャンザ公が打ち倒されて、その場に音を立てて倒れた。


 戦棒であごが砕かれている。


 やったのはウル殿の付き人のシイナ。


 なぜだっっ!?


「それは我らに対する侮辱であるとみなす」


 はっきりと聞こえる大きな声で。

 よく分かる流暢なスレイン王国語で。


 ウル殿の付き人のシイナがまだ立っている宰相に向かって宣言したのだった。


 そして、シイナは戦棒をさっと投げ捨てると。

 すばやく着ていた貫頭衣を脱いで。


 そのまま宰相に向かって投げつけたのだ。


 謁見の間の王座をはさんで。


 脱ぎたての貫頭衣を投げつけられた白髪の宰相と。

 胸巻と腰巻だけの下着姿になった成人前の少女が。


 にらみ合うように対峙していた。





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