第114話 王国の巡察使は重要人物 内乱の終焉(6)



 東の軍勢の精鋭、とはいっても、ジッド殿や私からすると、そう大して強くはない。リィブン平原の会戦で相手をしたカイエン候の軍勢の先鋒たちと同程度の強さだ。


 ただし、こちらは剣を差し出し、預けたまま。


 兵士の振るう剣を避けて、拳を打ち込む。


 大森林では無手での修行も積んだ。


 このくらいの力の差がある相手なら、それほど問題はない。

 問題はないが、一撃で相手を行動不能にできるわけでもない。


 私はジッド殿と並んで、互いの背を合わせながら、シャンザ公の精鋭に対処していた。


 ちらりと見えたが、カイエン候の護衛たちでは一対一で相手をするのがやっと、というところ。シャンザ公の精鋭には銅剣があるので、次々に傷を負っていく。


 カイエン候自身は割と余裕がある。侯爵として磨いてきた力はシャンザ公の精鋭よりもはるかに上をいく。それでも、剣を振るわれると相手を圧倒するところまではいかない。


 軍師ヤオリィンは、完全に別だ。シャンザ公にとってヤオリィンはカイエン候殺しの犯人である。捕えて処刑することになるので、ヤオリィンはシャンザ公の精鋭の狙いから外されている。


 かわして殴る、かわして蹴る。


 しかし、オーバ殿のように、相手を殴り倒したり、蹴り倒したりできるわけではない。

 打撲や鼻血は与えられても、とどめを刺せるわけでもないし、気絶させられるわけでもない。そこまで相手も弱くはない。


「剣を奪えば・・・」

「まだ言ってんのか・・・」


 私のつぶやきにジッド殿が反応する。「剣に頼るなって」


 そう言いながら、ジッド殿がシャンザ公の精鋭をひとり蹴り飛ばした。だが、すぐに別の男が剣を振るってくる。


 私とジッド殿の二人に、八人のシャンザ公の兵士がかわるがわる襲ってきていた。


 たった二人で、相手のおよそ半数を相手にしているのだ。

 八人が相手でも負けることはないが、このままではこちらにも決め手がない。


「ええい、何をしておるか!」


 いらだったシャンザ公の叫びが聞こえる。


 それと同時に、大きな破壊音も響く。

 このままなら王都の陥落もそれほどかからないだろう。


 しかし、やはり数は力。

 武器は暴力。


 カイエン候の護衛たちは傷つき、その動きが次第に鈍っていく。


 予想外に勇敢だったのはカイエン候本人の方だった。

 傷ついた護衛をかばい、敵兵を拳で殴り飛ばす。

 その強さは正直なところ、意外なほどだった。


 シャンザ公の精鋭程度なら、この人数ではカイエン候の命を奪うことはできそうにない。


 そういう心の余裕がどこかにあった。


 状況が動いたのは、宰相が閉じていた目を開き、ほんの少し手を動かしてからだった。


 奥から、二つの影が走り込んでくる。


 速い!

 シャンザ公の精鋭など、比べものにならない。


 手練れの戦士。


 いや・・・この二人・・・。


 どしんっ。


 ジッド殿が蹴り飛ばした兵士が壁に打ち付けられて動かなくなる。


「トゥリム! 集中しろっ!」


 そう言われて、私も兵士の剣をぎりぎりでかわす。


 一瞬、手練れの戦士が二人ともこちらに視線を動かした。


 しかし、そのまま、カイエン候に襲い掛かる。

 それまでのシャンザ公の精鋭たちとは隔絶した力量差。


 それが剣をかまえて、二人がかりでカイエン候へと切りかかる。


「何っ・・・ぐっ・・・」


 カイエン候の首の右側から血が噴き出し、その腹部には別の剣が突き刺さる。

 早業だった。


「ぐぅぼぅ・・・」

「よしっ」


 そのまま、血を吐いて崩れ落ちるカイエン候。

 歓喜の声を上げるシャンザ公。


 さらには、カイエン候の護衛たちも次々と打ち倒されていく。


「ありゃ、強いな・・・」


 銅剣をすれすれでかわしながら、その拳でシャンザ公の精鋭の鼻を折ったジッド殿がつぶやく。


「ええ。こいつらとは格がちがいますよ」


 私とジッド殿の周りには、四人の敵兵が倒れている。

 死んではいないだろうが、戦闘不能ではある。


 そのせいか、シャンザ公の兵士たちは、私たちにはうかつにとびかかってはこなくなっていた。


 そこへ、明らかに速さのちがう二人が飛び込んで、私とジッド殿に切りかかる。


 ジッド殿は振り下ろされてくる剣をかわしつつ、相手の肩に拳を・・・いや、相手もその拳を交わして引く。


 私は振り下ろされた剣をとっさに左の手首で受けようと・・・。


 ガリンっっ!




 切り落とされるはずの私の手首から異常な音が響き、手練れの目が見開かれた瞬間、私はその腹部を蹴り飛ばした。


 左の手首には、短いテツの棒を三本、仕込んであった。剣を取り上げられることを予想して準備しておいた切り札だ。


 転倒して、そのまま転がり、すぐに立ち上がる手練れの男。


 ジッド殿の拳をかわして下がった手練れの男も私を見て口を開く。


「何か仕込んでるのか、トゥリム?」


 手練れの男が、私の名を呼ぶ。


「隠しているものを教えるはずはないだろう、エンヤ」


 互いの名を呼び合う私と手練れのやりとりに宰相が目を細める。


 この二人の手練れは。

 私にとっては、よく知っている男だ。

 かつて、巡察使として辺境都市アルフィに潜入した同僚。


 エンヤとノール。


 スィフトゥ男爵に襲われたオーバ殿に助太刀しようと、スィフトゥ男爵を三人で無力化したこともある。二人がかりなら、カイエン候を殺すことも難なくできる手練れである。


「これは、やっかいな相手みたいだな」

「ええ。覚悟してください。ここが正念場でしょう」

「手首の仕込み、ばらしちまったら・・・」


 ジッド殿が言いかけて・・・同時にエンヤが動く。


 ひと突き目は半身に足を引いてかわし、ふた突き目はそのまま後ろに下がってジッド殿が銅剣をかわした。「・・・突き技でくるよな」


 私も下がって、ジッド殿と並ぶ。


 エンヤとノールも並んで立つ。


 その後ろには、シャンザ公の兵士たちもいる。


 戦闘音や破壊音が聞こえる。

 王都内での戦いがある限り、これ以上、敵の増援はない。


 この二人の後ろのシャンザ公の精鋭たちは相手にならない。


 つまり、この二人さえ倒せば。

 私たちの勝ちだ。


「剣の腕ならおれと互角ってところか・・・」


 ジッド殿がささやく。

 私はうなずく。


「なら・・・」


 連続で銅剣を突いてくるエンヤとノールをかわして抜け、私とジッド殿はその位置をエンヤとノールと入れ替わるように立つ。「剣さえあれば、トゥリムが勝つか・・・」


 そのジッド殿の言葉の意図が、私にはすぐには分からなかった。


 振り返って剣を引いたノールの突きを私はかわして・・・。


「ぐっ・・・」


 その瞬間、押し殺したジッド殿のうめきが聞こえた。


「なっ、こいつ・・・」


 エンヤの戸惑ったつぶやき。


 血のにおい。


 エンヤの銅剣の柄を握ったジッド殿が、エンヤの腹部をこれでもか、と強く蹴り飛ばす。


 自身の腹部を背中まで銅剣に貫かれたまま。


 エンヤが倒れ、私はノールを離れてジッド殿へと身を寄せる。


 私を狙って動くノール。


 そのノールに体当たりを喰らわせる軍師ヤオリィン。


「ジッド殿っっ!!」


 ジッド殿は私を見て笑うと、自身の腹に刺さった銅剣を抜いて私へと差し出し、そのまま膝から崩れ落ちていく。


 血が噴き出す。


「ジッド殿っ! なぜっ!?」


 私はジッド殿の手から銅剣を受け取る。


「剣、が、あれば、おまえは、負け、な・・・い・・・」

「ジッド殿っっ!」


 ノールが軍師ヤオリィンを殺さないように殴り飛ばしている。


 銅剣を奪われ、立ち上がって殴りかかってきたエンヤの右腕と右ふとももに、私はすばやく連撃。


 エンヤのうめきを後ろに、振り返ってノールの銅剣をその指ごと切り落としてから、さらにそののどを突き抜く。


 目を大きく見開き、目玉がくるりと白目に変わるノール。


 軍師ヤオリィンが殴られた頬を片手で押さえながら微笑む。


 ノールののどから剣を抜いた勢いを利用して、銅剣の柄頭でエンヤの額を殴り割る。


 衝撃で目を閉じて後方に倒れるエンヤへ、追うように胸を突き抜く。


「ほ、ら・・・な・・・」


 口から大量に血を吐くジッド殿。


 私は銅剣をエンヤの胸に残したまま、ジッド殿に駆け寄り、抱き上げた。


 私は気づくのが遅かったのだ。


 ハナさまの預言で私が王になると決まっていたとしても、それは何の犠牲もともなわないということではないのだということに。


「ジッド殿ぉぉっっっ!!!」


 ドンガラグシャっっ!!!


 私の叫びを打ち消すように。

 これまでで一番大きな破壊音が響いた。





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