第114話 王国の巡察使は重要人物 内乱の終焉(5)
ハナさまの預言に関するカイエン候からの一言。
預言を知る宰相と、それを聞かされていないシャンザ公。
なぜ、王都にいなかったカイエン候が知っているのか、という話に持ち込まれることは目に見えている。
それはカイエン候と辺境伯とのつながりを見抜かせてしまうかもしれない危険な一手だ。それでもここではそうやって踏み込み、宰相とシャンザ公の関係を見極めていかなければならない。
「王都に入ったシャンザ公の檄を受け、軍を南下させましたところ、精強な辺境伯軍と戦うことが数度ありました。やつらは強い。そして、巫女長ハナさまの預言によって戦っていると、自信をもっていたのですよ。
預言については捕虜にした辺境伯軍の兵士から聞きました。
王国は内乱によって荒れるが、南の辺境伯領がこの内乱をおさめ、王家を支えるのだ、と。それが、捕虜どもが話していた預言ですがね。
公の檄とは、まったく逆のとらえのようだ」
あくまでもカイエン候は捕虜とした辺境伯軍の兵士から聞いた、ということにしている。「シャンザ公の檄では、辺境の聖女が国王を害した、心あるものは辺境伯領へ攻め入り、逆賊たる聖女を討て、という内容だったはず」
「・・・いかにも」
苦々しいといった表情でシャンザ公がうなずく。「国王を害した辺境の聖女を討たねば、われらの正義は通らぬ」
「・・・ま、そこはともかく。公の檄と、巫女長さまの預言が、まるで正反対です。そして、公の檄に応じ、実際に辺境伯の軍勢と戦ったところ、これは言いにくいことですが、あやつらはとても強い。ご存知の通り、この王都が、ぼろぼろにされるくらいに、です」
「だから、何だというのだ?」
「・・・あの強さ。まさに、王国の内乱に終止符を打ち、王家を支えるだけの力だと思えるのです。すなわち、巫女長さまの預言の通りの力である、と」
カイエン候は嫌らしい笑みをシャンザ公に向ける。「宰相殿が謁見の間で国王陛下へと語られた巫女長さまの預言を聞いていなかったはずがない。だから、宰相殿にうかがいたい。はたして、巫女長さまの預言はどのようなものだったのか、と」
シャンザ公の不信の視線が宰相へと向けられる。
それはそうだ。
シャンザ公の飛ばした檄と正反対の内容の巫女長ハナさまの預言がすでに示されていたのなら、宰相はシャンザ公の檄を止めることができたはず。
少なくとも、この時点で、シャンザ公と宰相は必ずしも心の底から協力し合っているとは限らない、ということだけは見えてきた。
しかし、宰相がこちらの味方かといえば、そうでもない。
だから、宰相にはハナさまの預言について語ってもらう必要がある。
苛立ちと不信を見せたシャンザ公をあざ笑うかのように見ていたカイエン候も、宰相へと視線を移す。
この場の視線は宰相に集まった。
宰相がハナさまの預言を正しく語るか、偽るかで、私の味方かどうかの判断材料となる。
「巫女長さまがこの場で預言として申されたことは・・・」
どごん!
がぎん!
ずがん!
大きな音が外から響く。
宰相に集まっていた視線がばらばらに周囲を確認するように散らばっていく。
ごん!
ばきん!
どがん!
大きな音は少しだけ間をあけて繰り返されている。
「な、なんだ・・・?」
カイエン候が周囲を見渡しながら、つぶやく。カイエン候にとっては初めて聞く音だろう。
「まさか・・・」
シャンザ公も謁見の間の壁の向こうを睨むように見つめる。宰相も同じように壁を見つめていた。その視線は南壁へと向けられている。
「始まったな」
小さな声で。他の誰にも聞こえないような本当に小さな声で、ジッド殿が表情ひとつ変えずにそうつぶやく。
私はそのつぶやきに小さなうなずきを返すにとどめた。
何かが破壊される、その音は、ひたすら繰り返されている。
これは、辺境伯軍による投石機の攻撃の音だ。
もう少しだけ、攻撃を待っていてほしかったが、そうそう都合よく物事は進まない。
表情を大きく歪めた係官が小走りに謁見の間へと入ってきた。係官は宰相へとささやくように何かを報告した。
シャンザ公とカイエン候が宰相を見た。
「宰相殿?」
「何が?」
戸惑うカイエン候と、苦りきった顔をしたシャンザ公。
シャンザ公には答えが予想できているのだろう。このあいだまで、さんざん聞かされた音なのだ。
「・・・南の蛮族どもが王都への攻撃を再開したようだ」
「やはり・・・」
「これが、攻撃ですと?」
カイエン候が驚きに目を見開く。
「カイエン候、もう一度やつらを追い払うのだ!」
シャンザ公が言う。
大きな音は、相変わらず響き続けている。いったいどれほどの王都の建物が被害を受けているだろうか。
「・・・はあ? 公は何を言うのです?」
大きな音に動揺しながらも、シャンザ公には動じず、カイエン候はシャンザ公の要請に応じない。
爵位の上下はあっても、諸侯は対等が原則。
だから、シャンザ公にできたのは檄を飛ばすことだったのだ。
「公には私に命令することはできんはずですがね?」
「くっ・・・そんなことは分かっておるが、王都が攻められておるのだ! こまかいことを言っておる場合ではない! カイエン候はやつらを追い払った力があるではないか!」
「我が北の軍勢を王都に迎えいれないと決めたのは、シャンザ公ではないのですかね? 辺境伯軍を追い払おうにも、ここに我が北の軍勢はない。不可能ですな」
「なっ・・・」
シャンザ公が絶句する。
「カイエン候よ、それでも、どうにかすることはできんのか?」
宰相がさらに問う。
「・・・これは、難しいものですな。王都への入城を拒否されたということは、我が北の軍勢は信頼されておらんということ。ですから、その不信を打ち消そうとできるだけ我が軍勢は王都から離しましたゆえ・・・」
「なんと、そのような疑いはもっておらぬ」
「ならば、王都に入城させなかったのはいかなる理由か? こちらが気を遣ったことが間違っているとでも?」
「むう・・・」
「まあ、そのことは今は言いますまい。それで、ここから指令を出すのに半日、我が軍勢が動いて王都まで来るのに半日。援軍として王都に来るのは明日以降ということになるでしょうな」
「明日、か・・・。明日までもつものか・・・」
宰相の表情が大きく歪む。
「シャンザ公がその武勇を示し、東の軍勢で外の辺境伯軍を打ち破ればよいのでは?」
カイエン候は挑発するように笑みを浮かべてシャンザ公を見ながらそう言った。
悔しそうな顔をしたまま、何も答えないシャンザ公。
辺境伯軍の再攻撃は、シャンザ公の想定外だったのだろう。
そこへ、再び、慌てた係官が謁見の間へと飛び込んできた。さっきの小走りとは違い、完全に作法を無視した慌てぶりだ。
報告を受けた宰相の表情がさらに歪んだ。
「何があった、宰相殿! まさか、南門が破られたのか?」
シャンザ公が叫ぶ。
カイエン候も宰相を見つめる。
次の一手が動いたようだ。
あの、どうしようもないという表情は間違いない。
「・・・王都の民が、北門から逃げ出そうとして集まり、北門を守るシャンザ公の兵たちと戦っているようだ。それに、南壁の守りを離れた王家の兵たちも加わっている・・・」
絞り出せないものを無理矢理絞り出すかのように、宰相の言葉が謁見の間に漏れ出た。
追い詰められた王都の混乱は極みに達した。
王都を守るのは、王家の兵たちと、東からやってきたシャンザ公の兵たち。
シャンザ公は辺境伯軍の攻撃を受ける南壁を王家の兵に押し付けていたようだ。投石機を、辺境伯軍をもっとも怖れていたのはシャンザ公なのだろう。それもそのはず。シャンザ公は三千の軍勢を率いて戦い、アイラたちに完敗している。
すでに裏で辺境伯軍と通じているカイエン候は余裕のある表情だ。投石機による大きな破壊音には慣れてきたらしい。
そして、今。辺境伯軍を避けて、カイエン候の北の軍勢を警戒するために北門と北壁を守っていたシャンザ公の兵たちは、王都の民と王家の兵士に襲撃され、戦っている。
投石機はその数を増やして運用しているはずだ。そういう作戦だから。その結果、住処を破壊された王都の民は投石機の恐怖から逃げたいと思うはず。そこへ、難民として潜り込んだ神殿騎士や巫女騎士による扇動が行われた。
王都の混乱はこちらが打った手が進められているに過ぎない。
「宰相殿! 王家の兵を止めぬか!」
「シャンザ公・・・そう言われても、命じて動いておるわけでもない兵など止められぬ。それよりも、シャンザ公の兵が王都の民を傷つけるのは防いでもらいたい」
「では、北門を開けろと? それでは王都が落ちるぞ?」
シャンザ公の言葉に、宰相は答えられない。
投石による破壊音は続いている。
時間がたてばたつほど、この状況は悪化するだけだ。
外から攻められているのに、中で同士討ち。
これで落ちない町などない。
王都の陥落は時間の問題だ。
宰相を睨むように見つめるシャンザ公。
黙り込む宰相。
にやりと笑うカイエン候。
その、カイエン候の不敵な笑みに、シャンザ公が気づいた。
シャンザ公が一段、段差を下りてカイエン候を向く。
「なぜ笑う、北の? 何がおかしい?」
「おや、笑っておりましたかな?」
「笑っておったわ」
「公の勘違いではないかと」
「・・・いや、もうよい。王都もこれまで。ならばまずは、北の? そなたを消すとしようか」
シャンザ公が右手をさっと上げると、ばたばたと兵士たちが顔を出した。その数、およそ二十。
もちろん、抜剣済みだ。
「ほう。公は、王の下に定められた諸侯の取り決めを知らぬらしい」
「取り決め? 諸侯不殺のことか?」
「おや、ご存知で?」
「これでも諸侯の最上位にある公爵。知らぬはずがないだろう」
「ならば私を消すことなど叶わぬことも?」
スレイン王国では、諸侯はその身を互いに傷つけないことが定められている。
オーバ殿が鼻で笑っていたきまりだが、それによってカイエン候は守られている。
「そなたを消すのは、そなたの軍師よ。われらではない」
「なんと?」
カイエン候が慌てて軍師ヤオリィンを見る。
ヤオリィンが首を横に振ってカイエン候に答える。
カイエン候は混乱しているようだ。
ヤオリィンから説明を受けていない、シャンザ公独自の動きが加わった途端にこれだ。カイエン候はもうちょっといろいろなことを学ぶべきだった。考える力が足りない。その欲望の大きさの割に。
「ヤオリィン、そなた・・・?」
「ちがいます、候よ。あれは、シャンザ公の言い訳です」
「何?」
「ははは、まだ分からんのか、北の? 相変わらずの暴れ者ぶり。知恵は回らんようだの」
今度はシャンザ公がにやりと笑う。「そなたをここで殺し、その罪はそなたの軍師が背負うのだ。われらは諸侯不殺の誓いを破ることはない。そなたは、そなたを憎んでおる軍師に殺されただけ。配下に諸侯が害されることはたまに起こる変事のひとつよ。それほど珍しいことではあるまい? 北の? そなたがその軍師の家族を人質にとり、さらにその人質が命を奪われたことはすでに聞いておる。それだけのことがあれば恨むも当然。そなたの護衛が少ないこの好機を復讐心にかられた天才とも呼ばれる軍師が逃すはずがないであろう?」
シャンザ公の言葉にカイエン候は再びヤオリィンを見て、ヤオリィンは再び首を横に振る。それを見たカイエン候は、今度は宰相を見た。
「宰相殿!」
だが、宰相はそのままただ目を閉じただけだった。
私は見ていない、という意味だろう。
ドズガンっっっ!!!
これまでにない大きな破壊音が響く。
「もうあまり時間もないようだ。では、そなたの軍師に殺されるがよい」
シャンザ公が手を動かすと、兵士たちが動き出す。
どうやら最後の山場を迎えるらしい。
王都の守備に兵を割かれたシャンザ公が動かせる最後の精鋭たち。
これを乗り越えれば、私たちの勝ちだ。
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