第114話 王国の巡察使は重要人物 内乱の終焉(4)
謁見の間に入る直前、カイエン候とその護衛である私たちはその場に止められた。
「剣を渡せ、というのか?」
いらいらとしたカイエン候が、係官に直答している。
王宮の係官は宮廷貴族だ。爵位は低くとも、カイエン候に怯えることもない。
カリフから聞いたことだが、ハナさまが最後に謁見したときも、剣を渡せと言われたらしい。
そのとき、ハナさまは謁見の間で襲撃されたが神殿騎士たちがあっさりと撃退してみせたと、カリフは自慢していたが・・・。
これで、私たちも謁見の間で襲撃を受ける、ということになるだろう。それも、ハナさまがそれを王の戯れだと流してしまったようにはできずに。
そもそもカイエン候が謁見するのは王ではない。
王は殺されて、不在。
カイエン候の謁見の相手は宰相だ。そして、実質的にはその傍に控えるシャンザ公だ。
シャンザ公がカイエン候を襲撃して、それをカイエン候が戯れとして流せるはずがない。そんなことは、ハナさまの度量があるからできることだ。
それに、シャンザ公がカイエン候を襲ったとしても、カイエン候だけはその命が保障されている。
それがスレイン王国の諸侯の取り決めなのだ。この襲撃に命がかかっているのは護衛の方なのである。
何度かカイエン候と係官との間でやりとりが繰り返され、しぶしぶといった感じでカイエン候が剣を腰帯から外して渡すと、護衛たちも剣を差し出していく。
私も剣を腰帯から取り外し・・・。
「剣さえあれば、って思いは押さえろ」
ジッド殿がとても小さく、ささやく。
・・・心を読まれたのだろうか、と思ってしまう。
「トゥリムは剣が得意だという意識が強過ぎる」
「・・・普通はオーバ殿のようにいくつも得意なものがあるということはないのですよ」
「ま、そうだな。これはトゥリムに言って聞かせているようで、おれは、おれ自身に言い聞かせてるようなもんだ」
ジッド殿は大草原の天才剣士と呼ばれた剣の名人。
大森林での訓練で、剣がなくとも戦えるといえばいえるのだが、やはり剣があればちがう。
私は剣を係官に差し出すと、少しだけ口の端を上げて笑う。
そうだ、心配はいらない。
私はハナさまの預言に守られているのだ。
謁見の間の中へと進む。
正面の王座は空席。
王座の左、一段下に一人の男。以前見たときよりも白髪が増えた気がする。宰相だ。
その宰相よりもさらに一段下、王座の右。こちらは疲れた顔をしているが、その表情からは野心が隠せていない。疲れた顔はアイラたちに三千の軍を打ち破られたからだろう。王国東方の雄、シャンザ公だ。
この内乱において面を制圧して支配地を広げた北のカイエン候に対し、海に近い東方から線をつないで町を落とし、王都を押さえて権力を握った東のシャンザ公。
そして、山のように動かないことで交易によって財物を手にした南の辺境伯。
覇権はこの三人のいずれかの手に落ちるだろうと考えられていた・・・。
カイエン候も、シャンザ公も、辺境伯軍を相手にしていいところなし。
そして、カイエン候はすでに辺境伯軍と裏で手を結んでいる。まあ、裏で手を結んでいる証拠がここに私とジッド殿がいることなのだが・・・。
今のところ、その戦歴に傷ひとつない南の辺境伯。だが、だからといって王国に何か大きな功績があるかといえば、そうとも言えない。
もちろん、辺境伯領を平和に保ち、大草原や大森林との交易で豊かさを得ていることは功績と言えなくもないが。
戦績というのであれば、辺境伯よりも、辺境伯の部下である三人の男爵たちの方がはるかに大きな実績をあげているだろう。
カイエン候が立ち止まり、ひざまずく。もちろん、私たちもそれにならう。
しばらくして、宰相が口を開いた。
「立たれよ、カイエン候」
カイエン候が立ち上がり、後ろに控える私たちにも合図を出す。
そして、私たちも立ち上がる。
今回、カイエン候が宰相からの褒賞を受ける、という謁見だ。
「このたびは、南の蛮族どもを撃退し、王都を守った功績、見事である」
「王臣として当然の姿です」
カイエン候が笑顔で宰相に答えつつ、シャンザ公をちらりと見る。
シャンザ公は何の反応も示さない。いや、努めて何の反応も見せないようにしている、のか。
「今回の功績に対し、カイエン候には北方将軍の称を認めることとする」
・・・称を認めるというのは、そう名乗ってよい、ということだ。
領地の加増ではないので直接的な利益はないが、名誉が好きなカイエン候には嬉しいものであるだろう。
しかし・・・。
「・・・ほう。北方将軍の称を認めていただくのは嬉しいのですが、ね」
カイエン候はシャンザ公を見て、宰相へと視線を移し、最後に空席の王座をまっすぐに見つめた。「いったいどなたが北方将軍の称を認めてくださるというのでしょうかな?」
不敵に笑うカイエン候。
目を細めて睨むシャンザ公。
何の感情もあらわさず静かに見つめる宰相。
さあ、開戦だ。
「どういう意味だ、カイエン候」
「・・・ここでそなたが答えますか、シャンザ公?」
「だれが答えようと同じだろう?」
「・・・公の身は宰相も同じ、ということで?」
「ふん・・・」
シャンザ公が鼻で笑う。「北でそなたがせっせと土地を広げておる間に、王都を守り、王家を支えたのはわしよ。宰相の地位にはなくとも、この場での力は上。そんなことは分かっておるだろう」
「・・・王都を守り、王家を支えた、ですか。王都を攻め落とし、王を殺した、の間違いでは?」
「何をっ!?」
「・・・二人とも、口を慎むがよかろう。空席とはいえ、ここは王座の前。謁見の間である。カイエン候も、何の証拠もなく、言葉にするものではない」
カイエン候とシャンザ公の言い争いに、冷たく言葉をつないだ宰相。
それを受けて、カイエン候とシャンザ公は一度口を閉じた。
そんな流れを見ていた私は、カイエン候でも上位貴族の間でなら、丁寧な言葉を遣うのだな、などと関係のないことを思っていた。
カイエン候の話す内容は軍師ヤオリィンの仕込みだ。シャンザ公への挑発や牽制も含めて。
「・・・カイエン候の問いに答えよう。宰相である私が認めていれば、それは王が認めたことと同じである。
諸侯でも、王家でも、生まれた子には師父がつき、長じてはそのまま補佐役となる。王家の王子で王となった場合、その師父が宰相となるもの。そして、王亡きあと、新たな王が立つまで、宰相がその代わりを務めるというのも、これまでの慣例通り。
つまり、カイエン候の北方将軍の称は王が認めたものだ」
宰相の言葉に、カイエン候は満足そうに、シャンザ公は不満そうにうなずく。
これで、次の一手の準備はできた。
「では、宰相殿」
カイエン候が笑顔で宰相をまっすぐに見た。「王の代わりを務める宰相殿が、その地位にふさわしくない者であった場合も、この北方将軍の称は同じく価値あるものとして扱われるのでしょうかなあ?」
ここまで無表情とも言えた宰相が、この一言ではじめて目を細めたのだった。
ふうん、とシャンザ公が笑みを浮かべた。
「おもしろい。北の暴れ者ごときが、宰相殿を否定するか。何を根拠に?」
「宰相殿をないがしろにしておる公がそう言う方がおもしろいのでは?」
シャンザ公とカイエン候が小さく嫌味を刺し合う。
諸侯という高位の貴族らしい、醜いやりとり。
オーバ殿のもとで学んだ今だから分かる。この国はまだまだ程度が低いのだと。
「・・・根拠はないのだな?」
「そうですなあ。シャンザ公は、亡くなられた最高神殿の巫女長ハナさまの、最後の預言をご存知でしょうかな?」
「巫女長ハナさまの最後の預言、だと?」
「おや、ご存知ないようですな?」
しまった、という顔を一瞬だけ見せたシャンザ公が表情をとりつくろう。
ハナさまの預言の力を知らない諸侯など、スレイン王国にはいない。しかし、ハナさまの預言が全て諸侯に伝えられるわけではない。
この一手は、カイエン候にとっても危険な一手ではあるが、打たなければならない一手だ。
「ここ、この謁見の間で語られた巫女長ハナさまの最後の預言。それを、王都を守り、王家を支えると豪語されたシャンザ公が知らないという事実。これら全てが、そこの宰相殿がその地位にふさわしくない証となるでしょう」
カイエン候はシャンザ公から宰相へと視線を移した。「宰相殿は、その預言をご存知だと思いますがね?」
宰相は目を細めたまま、カイエン候を見つめた。
「聞こう。カイエン候はどのような預言がなされたと、聞きかじっておるのか?」
直接見たり、聞いたりしたわけではないくせに、という意味をこめて宰相がカイエン候に問い返す。
ここで宰相が自分で語らず、カイエン候の口から語らせることは、果たして毒か、薬か。
三者の視線は絡み合い、謁見の間の空気はぴんと張りつめていくのだった。
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